涙日和[ナルト]


以前、参加させていただいた企画で書き下ろしたものです。

シカマル×テマリ


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「…え」

気持ち悪いくらい静まっている部屋に、たった一言は嫌に響いた。

「ど、いう、ことです、か」

言葉が途切れ途切れになる。頭がクラクラしてきた。立っているだけでも精一杯だ。

「…二度も言わせるな。」
「娶り、たい?私を?」
「ああ」

言っていることが理解できず、頭を抱える。いや、理解は出来ているのだが、頭も気持ちも対応出来ていないのだ。どうやら里の大名が私を嫁に迎えたいということだ。その大名は若く、そして記憶にないが一度助けたことがあるらしい。そこで私に惚れた、と。少女漫画の逆バージョンみたいだと思った。

「ちょっと待てよ、テマリを娶りたいって、嫁にするってどういう事だよ!」

ジッと座っていたカンクロウが我慢出来ずに喋る。なんだかんだで姉思いの大切な弟だと、こんな時なのに考えてしまう。

「どういう事も、そういう事だ。相手は我が砂隠れの里に欠かせない大名だ、簡単にはこの縁談を断る事も無かった事にもはできない。それにお前も忍びである前に女だ。身を固めてもいいだろう。相手も大名でまだ若い、金にも一生困らないような相手だ、結婚には最良物件だと思うぞ」

淡々と、仕事のようにしゃべりやがる。実際仕事なんだろうが、その言葉はまるで毒のように体に侵入してきた。そして、ゆっくり自身を犯していくような感覚にさえ見舞われた。じわじわと、嬲り殺されるように、毒で殺されるように。

「テマリの意見は無視かよ…!」
「無視?」
「フン、任務として結婚させるよりはましだろう。それに、ワシ等はテマリの事を考えてこの縁談を話したのだ。こんなじゃじゃ馬娘を欲しいと言っておる奇特な方、もうあらわれたりせんだろう」

ほかの重役たちも話し始めた。我愛羅がいないからその口は饒舌になる。あえて我愛羅がいない時に話をしたな。話をまとめると、「お前みたいな色気もないただのくノ一には勿体無い縁談だ、承諾しないほうがおかしい」ということか。酷い言いようだな、本人が目の前にいるのにも関わらず。
 ここまでくると笑えてくる。まるっきり私の意見は聞かない方向だ。どんな思いをして、今ここに立っているのか、理解する気も、わかってくれる気もない。元々、強引な重役たちだが、ここにいるのはその中でも年寄りが集まっている。里の利益を第一に考える人たちだ。それが悪いことじゃあない、むしろいいことだと思う。
しかし、私を女として扱うのに、女として意見を聞かない。そこが心底嫌だった。

「とか言って、単に里の利益のためじゃん?」
「口を慎めカンクロウ。それに、忍とはそういうものだろう。それくらい、テマリだって理解しているはずだ」
「だったら最初っからテマリを女扱いすんなよ!テマリだって、」


「黙れカンクロウ」


ピリッと空気が凍り付いた。案外腹に響く声だと自分でも思う。こんな声、私から出てくるんだな。

「でも、テマリ」
「…少し時間を下さい。私にだって整理したいこともありますし、それにこれから任務がありますので」
「わかった、なら2週間後返事をよこせ」

そう言い放ち、会議は終了した。
部屋には私と、強く、強く拳を作っているカンクロウが残った。

何も言い返せなかった。
それが一番腹が立った原因なんだと思う。
自分は忍びで、戦い生き抜くものだ。女の幸せなんて、忍びを目指した時から当に捨てていた。なのに「女としての幸せ」を強要されたみたいで、ただの小娘としてあしらわれたみたいで、ただの、手駒として、思われていたようで、私の里に対する思いや、考えもすべて頭ごなしに否定された気になってしまった。

「!?テマリ!」
「へ、」

頬にぬるい感覚、血と似たような生温かさを持ったものが頬を伝った。
どうやら私は気づかぬうちに泣いていたようだ。誰もいなくなり、心許せる弟のみになったから気持ちが緩んだのだろう。ボロボロみっともなく涙はこぼれる。

「あ、泣いていたの、か」
「…無理すんなよ、姉ちゃん」

慰めるでもなく、注意するわけでもなく、カンクロウは私の涙を見逃した。そんなぶっきらぼうな優しさに救われた気がした。泣いていい時なんて、そうそうないのだから。やさしくて、時に甘い弟の言葉に甘えて、私は忍ということを少し忘れて、声を殺して泣いた。

こんな時、アイツの事を考えてしまう私もどうかしていると思う。遠い地にいる愛しいアイツのことを考えてしまう。悪いことではないんだろうけど、泣いてる時に限ってアイツが頭の中に出てくる。チラチラと笑った顔や、安心した顔、少し困った顔、そんなアイツの喜怒哀楽が頭の中を埋める。
ああ、自分の中にこんなにもアイツがいたなんて、初めてやっと認識した。今までなぜ気付かなかったんだろう。目をそらしていたのかもしれない、忍だと一線を引いて逃げていた。自分には勿体無さすぎる幸せだと思ったから。逃げていた

「カンクロウ、私は弱いな」

そう言って泣く私をカンクロウは泣き止むまで待っていてくれた。ずいぶん優しい弟だと思い、今度はもう一人の出来過ぎる弟に甘えようと、泣きはらした目をそのままに風影室に向かった。扉を乱暴にあけるとその先には、今仕事が終わったであろう我愛羅が茶を啜っていた。大切な休息の時間を邪魔して悪い。

「我愛羅!一週間ほど休みをくれ!」
「…どうした、いきなり」

泣いて赤い目のまま言う。我愛羅は突然の申し出に瞬きを数回する。その様子をカンクロウは困ったように笑ってみている。

「何かあったのか?」
「あーちょっとな、頼むよ我愛羅、テマリの言うとおりにしてくれよ」
「これから私は木ノ葉の里に仕事に行く。あっちの仕事を終わらせ次第休みに入りたい。いや入るからな、有休をフルに使う」
「…珍しいな、テマリがここまで言うのは」
「私にだって考えがあるんだ、頼んだぞ我愛羅」

そう反ば強引に言い切ってその場から逃げるように出ていった。きっと今ごろカンクロウがさっきの出来事を話しているんだろう。我愛羅があの場にいたら今頃私はこんなに泣いてはいなかった、こんなにアイツを考えることもなかった。さっさと部屋に向かって最終準備をしよう。そして、さっさと木ノ葉に向かおう。認めたくなかったが家族以外で心休まるアイツの場所に。


▽▲▽▲▽▲…


三日後、木ノ葉いつもの業務をこなす。最近はアカデミーの忍教育を砂隠れでも応用できないかと検討中だ。アカデミーの教育は素晴らしいものだと木ノ葉に来るようになってわかってきた。案内人で仕事の相方でもあるアイツは私を見てはじめ、不思議そうな顔をしたがそのまま仕事を手伝ってくれる。普段鈍感な癖にこういう時ばかり敏くて困る。

「なんか、機嫌悪くねぇ?」

仕事が終わり、私が滞在してる旅館の部屋で夕食を取ることになった。いつもじゃ大衆食堂みたいなところで食べるのだが、誰かに会いたくなかったから、小さな座敷に二人で酒を飲んだ。シカマルはどちらかと言えば酒は強いほうなので遠慮なく飲める。

「…どうしてだ?」
「具体的なのはよくわかんねーけど、嫌なことあった時と同じ顔してるから」

そう言って熱燗を一口飲んだ。
嗚呼、こいつには一発でバレるのか。人が一生懸命平静を保とうと、仕事に支障が出ないように努力して、ため息をかみ殺しても、こいつには無駄だった。
そんな、いつもなら腹が立つポイントなのに今は、それが本当にうれしかった。
するとまた涙が出てきた。じわじわと、そしてついに涙は机に落ちた。

「お、おいどうし」
「結婚を、申し込まれた」

突然泣き出し、突然言い出したからシカマルは固まった。目を見開き、何を言っているんだと言わんばかりだ。

「砂の大名でな、私を娶りたいと言う奇特な方がいるらしい。里の重役たちはもう大喜びさ、私みたいな色気もないようなくノ一を嫁に貰ってくれるんだからな。」

何でこんなことを、こんな場所で言うのか自分の行動が理解できない。
でも、言わなきゃとどこかで思った。

「…里のため、これからの未来のためにって理解してるのに、嫌なんだ、お前以外の奴となんて、耐え難いんだ。可笑しいだろ?こんなにも、私はお前に頼りきって、安心しきってたんだ」

もう限界だった、涙でぐちゃぐちゃの顔をさらして、こんなにも弱り切った自分をさらけ出せる最愛の人、シカマルをちゃんと見る。今にも泣きそうな顔をしている。ああ我愛羅もそんな顔するな、なんて年の差を今感じている。
好きな人と結ばれる可能性は、この忍の世界じゃあり得ないようなことだと思う。いつ死んでもおかしくない状況に晒され、そうなる覚悟をもって生きている。だから、伝えたかったんだ。好きな人に、好きだと、ちゃんと気持ちを伝えたかった。

泣きはらした目を細め、弱音を吐いた口を動かして、下手くそな笑顔を作る。

「だから、頼む。私を、奪ってくれ」

するとシカマルは困った顔をした後、下唇を噛み「くそっ…」と小さく吐き捨てた。

「そういうのは、俺から言わせろよ」

手を伸ばし泣いてる私の目尻をぬぐう。

「誰にもあんたを渡さねぇ、ずっと俺のそばにおいてやる」

ああ、その言葉が聞きたかった。
その声で、その顔で、その気持ちで私を見てくれた。
もう、こいつから私は逃れられない。

「いつ死ぬか分からないぞ」
「それは俺もだ」
「色気も、可愛げもないぞ」
「んなことねぇよ」
「…しつこいぞ、わがままだぞ、優しくないぞ」
「全部ひっくるめて好きなんだよ」
「一番じゃなきゃ嫌だし、ちょっとしたことで嫉妬したり怒ったりする。そんな女でいいのか?」
「テマリじゃなきゃ駄目なんだ」

机の上に置いてあった手を握る、そしてまた揺るがない気持ちを私に向けながらシカマルは口を開いた。

「テマリ、結婚してくれ」

勝手に泣いて、今度はうれしくて泣かされて、私泣いてばかりだ。ぽろぽろ泣いて、悲しくないのに泣いちゃって目は腫れてる。
忍失格だと思う。里の利益や、今後の事を思うと大人しく受け入れればいいものの、それができなくて、こいつの処まで来てしまって、求婚されて、うれしいなんて思っている自分が、忍ではなくただの「女」みたいで、本当に砂のテマリなのかと自分で疑う。
きっとこいつに会う前の私なら、その場でこの話を承諾していただろう。
でも、出会ってしまって好きとか、嫉妬とか、愛おしいなんて感情を知ってからはもう無理だ。自分の気持ちを、相手と同じである気持ちを隠すことができなくなった。こいつ以外に唇も、胸も、足も、心も預ける事なんて考えられなくなった。

「…はい」

心からの笑顔で答える。
好きだと、愛しいと心の底から叫んでいる気持になった。

「シカマル、愛してる」
「奇遇だな、俺も愛してる」

そう言って私のそばに来たシカマルは、また涙をぬぐってくれて唇にキスを落とした。



すまん我愛羅、どうやら私は幸せになってしまうようだ。







その後、次に日に木ノ葉隠れの里で五代目火影に伝えたら、嬉しいやら羨ましいやらでどんちゃん騒ぎになった。砂隠れの里に伝えにシカマルと共に里に戻ると、我愛羅がいつもの表情で「縁談?さあ?何を言っているんだ」となかった事にされていた。

姉思いの弟たちに恵まれ、ともに道を歩んでくれるパートナーができて、もしかしたら私は世界で一番幸せなのかもしれない。

左薬指に光るシルバーリングを眺め、私は隣で幸せそうに寝ているシカマルにキスをした。



願わくば、この幸せに殺されたい。




-END-




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