「やぁ」

この世界じゃなければこんなイケメンの挨拶を無視なんかしないのだが、この状況は無視が正解だった。声をかけてきた男を通り過ぎるとすっと目の前に出てきて行く手を塞いだ。
私よりはるかに背の高い男をかわすには身体能力が全然なかった。無駄な体力を使わないためにもあきらめて返事をする。

「何のようでしょうか。」

「冷たいな。」

「私との話忘れたんですか」

ジト目で彼を見る。
関わらないという約束をしたはずなのに(まぁ一方的な約束だけど)この副官は絡んできた。どういうつもりなのだろうか。


「そうは言ったもののやっぱり気になってね。」

「ナンパは余所でやってください。」

もうどう足掻いてもこの人に殺されるという結末を知ると何でもこの人を粗雑に扱えるようになってしまった。
スティーブンさんは私の顔を覗き込み、顔へ手を伸ばしてきた。
急な距離の近さに驚いて固まっていたら、頬に痛み・・・つままれ伸ばされている。
イケメンの顔が近い。

「何してるんですか」

「うーん、やっぱり本物か…」

「痛いです。」

「変装とかの類かなと思ったんだが」

「本物と分かったんだったら離していただけませんか」

すまないといって頬を離された。
絶対反省してない顔をしている。私は頬が痛くて軽く撫でた。

「そうだ。今から暇か?ランチでもどうだい?」

「わたしお腹すいてま」

”せんから”と言おうとしたらお腹から大きな音。
空気を読んでくれよお腹さん。恥ずかしくて顔も赤くなっているだろう。
スティーブンさんの様子を見ると笑っていた。

「パスタは好きか?」

「…奢りなら行きます。」

「よし、決まりだな」

私も食欲には負けてしまう。



ーーーーーーーーーーーーーーーーー

目の前に出されたパスタを頬張り思わず声が漏れる。

「うーん!おいしい」

人のお金で食べるパスタは美味い。
じゃなくて…連れてきてもらったお店はちょっと気になっていたところだった。
しかも本当に美味しい。
夢中で食べていたところで笑い声が聞こえて、向かい側にスティーブンさんが座っていたことを思い出した。うわ完全に見られていた。

「君、随分と幸せそうに食べるんだな。」

「食べること好きなんです。」

「そうだろうな」

「その返事は私が太っていると言いたいんですか」

「君考え方が卑屈だな。まぁ確かに頬はむっちりしていたな」

「それ他の女性に言ったらアウトですからね」

ジト目でスティーブンさんを見た。なんか私の扱いが雑な気がするんだけどな。
もともと知り合いだったからかな。

「美味しいもの食べると幸せな気持ちになりませんか?」

「・・・どうだろうな」

「私は美味しいものを家族や友達と共有できたりしたらもっと嬉しいです。幸せを共有したような気持ちになって…。今回はスティーブンさんと共有ですね。不本意ですが」

そういうとスティーブンさんは目を丸めたが、いつもの作った笑顔では無く力が抜けたような笑顔でそうだなと答えた。


「そういえば本当に何の用事があったんですか?」

「いや特にない。」

「はい?」

用事もないのに私に会いにきたのか?
この男は本当につかめない。だからこそライブラの副官であるのだろうと考えたが、それにしても私のイメージのスティーブンさんとは違う気がする。アニメで見た範囲でしかスティーブンさんのことを知らないがそれにしてもだ。

「熱でもあるんですか?」

そういってスティーブンさんのおでこに触ろうとした。だがその手は彼によってつかまれたためできなかった。
普通に会話をしていたため彼との距離感を見失いかけていた。
危ない危ない。寿命を縮めるところだった。

「すみません。不用意に触られたくないですよね。」

「いや・・・」


スティーブンさんはそのまま口ごもってしまった。
私は仕方なく何気ない会話を投げかけて、微妙な空気のまま私たちは店を出た。
店を出るとなんだかいつもより騒がしい。何だろう。
少し先の道で警察と思われる武装した人たちが何かを取り囲んでいた。

「何かあったのでしょうか」

「君は先に帰ってくれ」

分かりましたと返事してスティーブンさんの向かう方と反対の方向へ歩き出した。少し気になって振り返ってみると武装した人たちの間から一人の男が見えた。
あの男を取り押さえようとしているのだろうなと思った時だった。

その男と目が合った。
私から男までかなり距離があるのに確実に見ていた。
しかもその視線はねっとりとしていて狂気を孕んでいて鳥肌が立つのを感じた。
これは危ないかも知れないから逃げよう。
そう思って前を向くとその男が目の前にいた。

「え?」

「見つけた」

男が私に向かって放った言葉は嬉々とした声色だった。
怖い。体は動いてくれない。
男が私に触れようとしている。
逃げなきゃ、危険だ。


「た、」

助けを呼ぼうとしたがハッとした。
誰を呼ぶ?知り合いがいないこの世界で。

声が出せないまま男の手が私の頭をつかもうと迫ってきた。

その時誰かが名前を呼んだ気がした。
突然氷の壁が私の前に現れ男の手を阻んだ。
そして腕を後ろへと引っ張られる。
あの男かと思って振り払おうとしたが聞こえてきた声に安心する。

「大丈夫か」

スティーブンさんは焦った表情で私を腕に抱えていた。
驚きのあまり声が出ず首を縦に振った。
そうかと安心したように彼は微笑んだが大きな音に視線を男へと戻す。
氷の壁を崩したようだ。


「牙狩りか…邪魔をするな。」

スティーブンさんは鏡を出して相手を映してみる。
そこには男の姿は映らない。

つまりあの男は、血界の眷属。

「君は、できるだけ遠くに逃げろ。ここで僕が足止めする」

大きくうなずいて、彼の腕から抜けだした。
言われた通り周りにも目もくれず走った。
遠くで大きな音がする。きっとスティーブンさんが戦っているのだろう。
何かできるなら一緒に戦っていたが、あいにく私は一般人。
足手まといになるだけ、きっとクラウスさんとレオ君が助けに行っていることを祈って私は遠くへ逃げた。

気が付いたらずいぶん遠くまで来ていた。
街で流れていたニュースで街中のあの暴走は止まったといっていた。
おそらくライブラの皆が倒したのだろう。
そこから自分がどうやって帰ってきたのかは覚えていない。
気が付いたらベッドで横になっていた。
気が緩んだのか涙が止まらなかった。
あの時死ぬんだと思ったと同時に助けを呼ぼうにも一人ぼっちなんだと認識した。
それに紙面で見ていたことがここでは現実であると…目の前に死が見えると恐怖は想像以上だった。

「帰りたい」

私の言葉は誰にも聞かれず、部屋の中へと溶けていった。


*寂寥の気配



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -