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今からさかのぼること、おおざっぱな時間にして大体4年くらい前。なんでも、私はかつての壁内、今の壁外となってしまった、さる川の畔に流れついたらしい。

雨の降る、寒い夜のことだという。

いや、自分でも全く信じられないことだが、何しろそれ以前の記憶がまったくないのだから、疑いようがない。その場にいた誰に聞いても、口を揃えてそう答えたのだから……まあ、恐らく事実なのだろう。

ここはどこ。私は誰。事実は小説よりも奇なるものというが、まさにそれだろう。まあ、少しありきたりな設定観は、否めないが。

発見当初の私は、軽度ではあるが全身にやけどを負っており、さらには擦過傷だらけ。焼け焦げたようなぼろきれのような服をまとった、ほぼ全裸に等しい姿で、河原に伏せていたというから、よく生きていたものだと思う。というか、正直、消し去ってしまいたい過去だ。恥ずかしすぎる。……だが、目撃者はもういないようだし、一応はこうして生きているのだ。恥を飲んでそれだけで良しとしよう。

まあ、そのあたりがすべて伝聞系なのには理由がある。なぜなら――――私の記憶の一番初めが、人買いに売られかけていたところから始まるのだから。

今はもういないその第一発見者兼、私の販売予定だった人によると、真夜中になにか大きな音がしたから、辺りを散策していたら川上から私がどんぶらと流れてきた、だそうだ。

川に落ちる前に受けたショックのせいか、記憶が全くないことや、その前後の関係から、川上の方で起こったいざこざに巻き込まれた女が、川に投げ込まれ、運よく――――その時点で、もうものすごい運が悪い気がするが、川岸に流れ着いたのだろうという話となったらしい。

……そして人買いに拾われるとか、やはり運が最低値を突破しているような気がする。我がことながら、スリリングな人生を歩みすぎだ。本当にここに来る以前の私はいったい何をしたのだろうか。火事か火あぶりにでもあって、川に飛び込んだとしか思えないのだが………

そんな私は、まあいろいろ、紆余曲折を経て、なんとか人買いの手から逃げ出せたのだ。が、時はウォールブレイク真っ最中。私が哀れな境遇の、だがそう珍しくもない小娘一人だということもあってか、軽い取り調べが終わり次第、あっさりと解放されて、街に放り出されたのだ。記憶のない小娘を町に放り出すとか、許すまじ憲兵団と、当時は恨みを抱いたのが懐かしい。だが、彼らを恨むのはお門違いなのは理解している。だって、あの時の私たちは、巨人襲来という未曾有の危機に瀕していたのだから、仕方がなかったとしか言いようがない。

まあ、簡単に言ってここでも私は運がなかった。ただ、それだけなのだ。だが、捨てる神あれば拾う神あり。どうやら、悪運だけは強いのが私の特徴らしい。

そんな私がどうして調査兵団なんてブラックな職場にいるのかというと、別にその働きに感銘を受けたわけでも、自主的に立候補したわけではないことは明言しておこう。



「あ!」

廊下の先に見覚えのある背を見かけて、思わず声をかけた。その声に促されたように、振り返ってくる小柄な女性。ーーーペトラだ。

「エーリカじゃない!もう、本部に戻ってきたんなら、教えてくれればよかったのに」
「ごめん、ごめん。エルヴィン団長に用事があってね、その帰りなの」
「ならこの後時間ある?ちょっとお茶しない?」
「う、誘ってくれて悪いんだけど、このあとも用が入っていて……」
「そう、忙しいんだ―――」

柔らかそうな髪を揺らして。残念そうにこちらを見つめてくるペトラの瞳に、罪悪感がうずく。まさか、この流れで商人連中との会合、そして懇親会だとは言い出せない。しかも、その会合が、次に出す商品の広報関連という、まったく調査兵団とは関係がないことだとは、もっと言い出せない。

捕捉させてもらうと、別にサボっているわけでも、ただ飯を食らっているわけでもない。気位だけは高い連中におもねって、彼らが好みそうな食事を手配して、紛糾しそうな話題の際には部屋をくつろげるように整え、彼らが望みそうな情報を仕入れる。挙句、人間関係の把握や利害関係の把握等々、準備段階からして、相当細やかな手配が必要とされるのだ。ただ暢気に食っちゃべっているわけではない、と言い訳させて貰う。そして、飲ませ、食わせた後に、ちゃんと、調査兵団としての仕事――――調査兵団広報部として予算をがっつりともぎ取ってきているのだから、それで許してほしいと思う。


胸いっぱいに息を吸って、窓から吹き抜ける風を全身で感じながら、空を仰ぐ。
抜けるような青。
空は高く、――――そして狭い。
視線の先には、地平線ではなく、さえぎるような、そそり立つ純白の壁。




そう、私は4年とちょっと前、あそこからきた。
――――――あの壁の、向こうから。



***
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