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13

だから背を向け、エルヴィンに連れられ去りゆく少女に問いかけた。これが彼女と言葉を交わす最後だろうと思っていたからでもある。

「おい」

冷えた声が少女を打ち据えるように響く。それに、少女はまるで怯えているような素振りで肩を跳ねさせて振り向いた。落ち着かなさげに視線をうろつかせている様は、まるでリヴァイの眼光に恐れおののく一般人のようでもあった。

「……あの、私ですか?」
「お前以外に誰がいるってんだ。一つ聞かせろ。―――なんでこんな馬鹿げた真似をした。兵士でもないお前が、本当にあいつをつれて巨人から逃げられるとでも思ったのか?」

リヴァイとて、自分が人好きされるような成りでも性格でもないことは自覚している。だから、彼女の振る舞いも理解できるし、単純な事実として目の前の少女はリヴァイの眼光に気圧されていた。

……だからこそ、釈然としない。納得ができない。そんなどこにでもいるような少女が、なぜこんな無謀な真似をできたのか、何がこの少女をそこまで駆り立てたのか、と。

まあ、問いかけたのはほんの気まぐれだ。どこにでもいるつまらない小娘だ……どうせ、つまらないありきたりな理由、その瞬間死ぬなんてこと頭から抜け落ちていた、などと、死を直視していないことを強さだと勘違いしている小娘の戯言が返ってくるのではないかと思っていたのだ。

そうして返された返答は―――

「まさか、そこまで馬鹿じゃありません―――ただ、死ぬとしても、止める理由にならなかっただけです」

普通の限りではなかった。

「は?」

思わず漏れた疑問の声に少女は訝しげに首をかしげて、

「ペトラが殺されかけてたんですよ。黙ってみてられるわけないじゃないですが」

迷い一つなく、さも当然のように答える。

「それでお前が死にかけてりゃ苦労ねえがな―――それで二人して死んでも悔いはないと言えるのか?」
「?、そうですけど、それっておかしい事でしょうか?生き延びる可能性は高めたいと思思っただけですし、なにより漠然としたものに心臓を預けるよりも身近な人のための方が、わかりやすいと思いますけど」

たしかに一理はある。
だが、相手はあの巨人だ。数年がかりで心と体を鍛え上げたものですら、恐れおののき力を発揮することもできない圧倒的な死を思わせる相手だ。たとえ理性が助けることを選んでも、本能が足をとどめる。リヴァイだって己の身一つであんな連中の前に身を投げ出すことなど、御免こうむるだろう。

だが、エーリカは、その無謀と断言できる暴挙を成し遂げた。そして、錯乱一つせずに、その時の自分のできる最善をつくしたのである。咄嗟の判断、一瞬の思考。訓練すらされてもいない者の中に、そんな風に命を投げ出せるものがいったいどれほどいるだろうか。それができるものは単なる命知らずか、それとも―――

「……あいつはお前の何だ?」

裡を探るような静かな問いかけ。その時初めて、少女は本当の意味でリヴァイを視界に据えて。

「恩人です―――命を賭けても惜しくないくらいの」

そう、真っ直ぐな視線で言い放った。

その発言にリヴァイは思わず、ほんのわずかに目を見張った。少女の発言に驚いたわけでも、馬鹿にしたわけでもない。ただ、その瞬間、ただ単純にその瞳に見惚れたのだ。一顧の目的のためならば、何を差し置いても迷いなく突き進むと訴えかけるその色。夜を思わせる黒色の中に宿る、火花のような輝き。夜空に瞬く星のように、小さくとも燦然と燃えるその深みと光に、ただ目を奪われた。

己の保身だけを考える醜悪さ、他者のために身を投げ出せる献身。その矛盾しかねない両方が彼女にとっては真実であり、揺らぐことなくなく両立させている女。リヴァイとて、地上でも地下でも様々な女を見てきたが、……こんな女は、はじめてだった。

その差異。
理解のできないアンバランスさ。
目を疑うほどのコントラスト。

これが、己がエーリカという人間に興味を覚えた始まりだった。





とはいえ、リヴァイはエーリカを調査兵団に入れることには、当初から反対だった。

力を籠めれば容易く折れそうな華奢な首筋。全く鍛え上げられていなそうな脆弱な肢体。鳴り物入りでむかえ入れたところで、考えるまでもなく足手まといにしかならないだろうし、よしんば自分と比類するような才覚を持っていたとしても、一匹狼だったリヴァイとは違って、エーリカの背後には金の亡者どもが控えている。兵団に忠誠心のないエーリカが下手に名を上げれば、奴らの発言権や影響力が増しかねないという配慮からだ。これは、ひいては調査兵団の私物化にもつながりかねない。


だが、この程度リヴァイでさえ想像できるのだ。エルヴィンならば十分すぎるほどに理解しているはず。だからこそ、エーリカの入団拒否にああもあっさりと身を引いたのだろう。

リヴァイはその身で知っていた。エルヴィン・スミスという男は、己が定めた目的のためならば、一般的な善悪問わず、あらゆる手段を講じることを厭わない男だということを。つまり、エルヴィンが手を引いたということは、エーリカが断ることを前提に話していたと言うことでもある。

だからこそ、この状況がリヴァイには不本意でならなかった。エーリカ自身の不手際と豚どもの身勝手な振る舞いのせいでこちらが、しかもリヴァイ自身がその尻拭いをする羽目になったのだから。ただでさえ短気なリヴァイの機嫌が急転直下したところで、誰も文句は言えないだろう。

それでもリヴァイが文句ひとつ言わずに、エーリカの訓練に付き合っているのはほかでもないエルヴィンからの命令だからである。エルヴィンが彼女を鍛えて、最低限でも生きて帰れる程度には仕上げろと命ずるからには、なんらかの意味があるはずなのだ。ならば、リヴァイとしても語るべきことはない。ただ、その責務をこなすのみだ。――――そう、どんな手を使ってでも、最低限の必須技術をエーリカの体に叩き込むという責務を。

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