春眠 | ナノ
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -

幕間:約束された勝利、あるいは敗北

雲が出てきた。
たなびく灰色の雲は、月の面を遮り、倉庫街には数日前と同じように、死んだような静寂と闇に横たわっている。
懸命に夜を照らし出そうとする街灯の明かりは、整備された路面をいっそう冷たいものにしている。
空気はますます冷え込み、夜明け前の闇は深さを増していた。
そのさなか、静寂に沈むようにたたずむ2つの影。聞こえるのは彼らの息遣いと、街灯が瞬く音、そして川のせせらぎのみが凍り付いた闇に響き渡る。


────風が吹いた。
雲の切れ間、漆黒の空に星が瞬く。
そうして、舞い降りるように現れた月光にも似た白銀の光に、その場にいる誰もが息を呑んだ。


騎士王、アーサー・ペンドラゴン。
かつて夜よりも暗き乱世の闇を、祓い照らした一騎の勇姿。
10の歳月をして不屈。12の会戦を経てなお不敗。
その勲は無双にして、その誉れは刻を越え不朽。
これこそが全てのサーヴァントの頂点に立つ、最優のサーヴァント。セイバーの名を冠するにふさわしい、勇壮なる剣の英雄。

今ここに、尽きることない勲を今なお歌い継がれる、騎士王が舞い降りた。

 
川より吹き込む冷たさの滲む陣風が、対峙する二つの陣営の間を渡る。

「待たせたな、ランサーよ」
「ああ、我が誘いに乗ってくれて、うれしいぞセイバー。あまりに遅いので怖気づいたのかとおもったぞ」
「戯言を。あのような文言を受け、挙句貴方の清冽な闘気で誘われて、尻込むとあっては英霊とは呼べまい」

揶揄するように、涼やかな視線とともに投げかけられた言葉を、セイバーは静かな闘志を滾らせ、こともなげにそう流す。


「いい返事だ。ああ、お前とと尋常に勝負できることを喜ばしく思おう」
「―――だが、その前に一ついいだろうか」

その前に、と闘志に満ちたランサーの声を遮るように、いつになく暗く沈んだ面持ちで、しばし言葉を選ぶように逡巡してから、セイバーは一つの問いを投げかけた。

「?ああ……かまわんが」
「かたじけない。―――ランサー、私の……私が剣を預けた女性を―――アイリスフィールを知らないだろうか?」
「女…お前が連れていたあの白い女の事か?いや知らないが。」
「いや、つまらないことを聞いた、忘れてほしい」

面食らったように答えるランサーに、セイバーはかぶりを振って言葉を遮った。


ここでセイバーを打ち取らねばならないことをランサーは十分に理解していたが、それ以上に騎士道を称えあったセイバーの苦悩を無視することができなかった。元よりこの男は、そういった苦悩を無視できない性分なのだ。


―――そして何より、危険と分かっていてもなお、自らこの戦場に足を踏み入れることを決意した凛とした白い女の姿。それが、先ほど別れを告げたシャノンの姿と、かぶってしまったのだ。

好敵手の苦悶に歪んだ表情から、かの女の安否と、清廉な面持ちを陰らせながらセイバーが何を苦慮しているのか読み取ったランサーは、思わず声をかけてしまった。

「―――セイバーよ」
「何も言うな、今はこの剣に誓って眼前の敵を打ち滅ぼすのみ。この剣はその程度では曇ることはないぞ、ランサー。そちらが手加減をしてくれるというのであれば、受けないでもないがな」
「……ぬかせ、迷いを払わねば膝をつくのはお前のほうだぞ、騎士王」

こんな時でもなお、いたわりの心を忘れないランサーに、セイバーの心にかかっていた暗雲は涼風にて打ち払われた。そうして、迷いを打ち払うような清廉な剣気に、ランサーも覚悟を決める。


そんな最後の会話を交わすサーヴァントを、冷静な目で見やりつつ、ケイネスは沸き立つ焦りを押し殺していた。

セイバーが、己のサーヴァントであるランサーよりも格上のサーヴァントだということは、言うまでもなく理解していた。速度以外のすべてのパラメーターで圧倒するスペック。まっすぐで正直で、それでいて圧倒的な剣線、それが許されるほどの泰然とした強さ。それは、覆すこともできない事実だった。そんなことで、ランサーを責め立てたとて、仕方のないこと。何より、ディルムッド・オディナを求めて召喚したのは他でもないケイネスなのだ。であるなら、どうして、責める事が出来ようか。

「では、われらが騎士道に則って、尋常に手合せ願う!」
「おうとも、先の一戦での借り、ここで返すぞランサー!!」
「いい答えだ、ならば手加減はいるまいな。」
「それはこちらのセリフだ」

シャノンは言った。この夜を超えるためには、セイバーと戦うより他ないと。
だが、この戦いに時間を要すれば、セイバーのマスターに襲われかねない。
あれは、魔術師としての世界の埒外に位置するもの。
そうなっては、優れた魔術師であると自負しているケイネスだからこそ、敗北は避け得ないだろう。

だが、相手は最尤のサーヴァント、セイバー。即座に決着をつけられる程、相手は甘くはない。この相手を見くびれば、死ぬのはこちらだ。サーヴァント・マスター、どちらをとっても、相手取るにはあまりにも分が悪い相手。しかし、ここで引くことはできない。魔術師としてのプライドのためにも、そしてこの数日間に彼らの間で積み上げてきた何かのためにも、勝利のためにここが死地とわかっていて赴くと誓ったのだ。


ゆえに、令呪と

「――我が僕に命ずる」

築き上げた絆をもって、この夜を、踏破する―――

「ランサーよ、全力をもってセイバーを打倒しろ―――」

聖痕が唸りを上げて、ランサーに力を与える。
それと同時に、ケイネスの身に刻まれた、何にも変えようのない令呪が痛みとともに、掻き消える。だが、その喪失感はケイネスにとって、思いのほか悪いものではなかった。

その行為は、令呪をただ無意味に消費するだけの、魔術師としては下の下の下作。
サーヴァントという獣を令呪というくびきから、またひとつ解き放つも同然の愚行。
それを、ほかでもない、誰よりも魔術師であったケイネスが命じた。
おそらくは、その枷を放棄しようとも、なお、この主従関係は壊れることがないと確信するがゆえに。

それは、失われた令呪に勝るとも劣らぬ奇跡。
その事実に、生前の力に勝るとも劣らない力で、2槍を握りしめながら、ランサーは歓喜に打ち震えた。


「主よ―――」
「つまらぬことに時間を割くなよランサー。―――お前の力のすべてを、ここで見せてみろ」
「はっ!勝利をあなたに捧げましょう!!」
「当然のことを誓うな。貴様の騎士道とやら、口先ではないことをここで証明してみるがいい!」
「無論、この槍にかけて!」

月下、夜に沈んだコンテナの海で、緊迫した闘争の空気が張り詰める。
二人の間に既に言葉はなく、交える刃のような鋭い視線と殺気だけが渡っていく。
破裂寸前の緊迫感。

そして―――

「フィオナ騎士団一番槍、ディルムッド・オディナ参る!」
「アルトリア・ペンドラゴン、受けて立とう!」

そうして、凍りついた時間を打ち壊して、苛烈な気合で一歩踏み込み、聖剣と魔槍は最後の夜を染め上げる火花を散らした。



*****

その頃、アイリスフィールは、愉悦組に―――――


prev / next
[ top ]