春眠 | ナノ

幕間:誇り2

冷たい冷気が背中を走る。
何の推察も根拠もない
だが、魔術師としてずっと生きてきた自分の感がそうなによりも鋭敏に告げるのだ

―――これが自分にとっての最大の死神なのだと
惜しむらくは、それをわかっても、留める術がないことか。


ケイネスは歯を食いしばって耐えるということをしたことがない。
そうせずとも良いほどの、才能と血筋を生まれた時から持ち合わせていたからだ。
だが、思い出した。
ソラウに関しては別だということを。
あれほど、思う様にならず、歯がゆく、それでいて慕わしい人は未だかつていなかった。


あの人に認めてほしいからこそ、さらなる武勲を欲した。
そのためにシャノンに借りを作ってまで助力を乞うた。
そのシャノンは己の家名のために、ケイネスの武勲を彩るための補佐と言う、下位の扱いをされることにも耐えた。


だから自分も、生き残るためにならば、勝利のためにならば、魔術師としてのプライドを捨ててでも、装備品にしか過ぎないと考えていたサーヴァントと向き合うべきだったのではないだろうか。
何を思い、何を信じているのか。
それで理解ができなくとも。
受け入れられなくとも、
視界に入ることくらいは、認められたのかもしれない。
そうすれば、何かが変わったのだろうか

そうして、無意味だとわかっていながらも魔術を繰りながら、その死を見つめた。
窮地における緊張から、脳は倍速で稼働している。
銃が火を吹き、銀色の鉛玉がこちらに向かってくるのが見える
まるで死の間際の走馬灯のような一瞬。
限界まで研ぎ澄まされた神経が、体感時間を延長する。
そうして、一瞬が永遠にも引き伸ばされ―――


天から何条もの銀の弓が煌めきながら、流星のように雪崩れて落ちてきた。
奔る閃光が、己の前に轟音を立てて突き刺さる。


それを転がるようにして避ける切嗣を、まるで見えているかのように容赦なく追い打ちをかける、鮮やかな銀光。


そうして一筋の閃光が男の胸を貫かんと音を立てずに静かに迫り―――

それを、駆け寄った銀の旋風が、手にしていた不可視の剣で下から一閃、弾き上げた。


キィンという高く鋭い音。
場を白く染め上げた剣閃。


風に覆われ見えない剣を携えた白銀の騎士。
瑠璃色の瞳に、風にたなびく金の髪。
最優のサーヴァント、セイバーである。 

窮地を脱したとはいえ、状況は何も変わっていない。
いや、むしろ悪くなっているといっても過言ではないだろう。
いかに、優れた魔術師でもサーヴァント、それも白兵戦に優れた剣のサーヴァントに太刀打ちできるはずもないのだから。


『一難去って、またこれか』

歯噛みしながら、今取れる全ての回避の方法を、せめて活路を導き出さんと模索し、苦く笑った。

『はっ、万策尽きたということか』

すでに直前まで迫る明確な死の気配に、抗う術などあるはずもない。
先ほどの銀光とて、セイバー相手では足止めにこそなれど、意味をなさないだろう。
残念だが、諦めるより他ないと腹を据えて、覚悟を決めたその瞬間


先ほどと同じ銀光が、音を立てて敵を足止めせんと降ってきた。
そして


『そのまま飛んでください、主よ!!』


その涼やかな声に促されるように、ケイネスは窓まで走り寄り、枠に足をかける。
背後から、疾風のようにセイバーが迫ってくる気配を感じる。
このままだと、落下中に追いつかれる、と歯噛みしたその時


自分の顔の真横をかすめるように、魔力のこもった呪具が部屋に投げ入れられた。
その呪術礼装に気を取られたのだろう。セイバーがそれを迎撃するべきか、ケイネスを追うか迷ったように、逡巡したように足を止めた、次の瞬間。
背後で爆発的に、礼装に込められた凄まじい呪が炸裂した。


「なっ、―――切嗣!」


そうして、何か重いものが倒れる音と、セイバーが立ち止まる気配を背に、ケイネスは魔術行使する暇を惜しむように宙に身を投げた。


後になって思えば、なぜその時、その言葉をそこまで信頼できると思ったのか。自分でも理解できないほどに、何のためらいもなく従ったのだ。


*****

切嗣は呪われた!
半日くらい、行動不能に陥った!

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