春眠 | ナノ

空に落ちる2

瞬間、現実は幻想に侵食された。

条理の外から奔る紅蓮の炎は瞬く間に彼らを飲み込み、キャスターの世界へといざなった。
炎が走り、世界が異界に塗りつぶされる。

それは、一言でいうならば鍛冶場だった。
燃え盛る炎と、宙に浮かび回転する歯車。
空は赤い曇天に覆われ、荒野には果てがない。
そこには、担い手の無い猛烈な魔力を秘めた宝剣が延々と続いている。
無限とも言える武具の投影。
ただそれしかない、荒れ地と鉄に囲まれた冷たい剣の墓場。



「なっ…!」
ウェイバーは思わずと言った風に零し、ケイネスはというと驚きのあまり、声を失っているようだ。

「固有、結界ですって!?」
そうして、同様に、シャノンも驚愕の声を漏らすことしかできなかった。
そう、魔術の何たるかを知るものであれば、いや知るものであればあるほど驚かずにはおれないだろう。固有結界とは魔術の奥義にして魔術師にとって、魔法に最も近いとされる大魔術。どれほど優れた魔術師であろうと、やすやすと発動する事の出来ぬ大禁呪なのである。
だが――――


荒れ地に連なる墓標をただ茫然と見つめる。
奇跡と並び称される、魔術の極限。
心象世界を具現化して、現実を侵食する大禁呪。
世界を己の心象風景で塗りつぶす人外の御業。

「―――そう、キャスターの英霊の名は、伊達ではなかったということね」

仮にも人を超えた存在である英霊が、投影魔術しか使えないはずがなかったのだ。



世界の変転の伴い、その世界に巻き込まれた者たちの位置関係は覆されていた。
キャスターのマスターはキャスターとバーサーカーのはるか向こうに。
あれでは、2体のサーヴァントの攻撃をかいくぐって、マスターを狙うことなどできるはずもない。

そして、問題なのが我らと、キャスターらの距離感である。有に500メートルはあるこの距離を詰めることがどれほど困難なことか、考えるまでもない。

「つまり、貴様の宝具は――」
誰に語るでもなく、唸るように零されたランサーの言葉は
 

「そうだな、宝具が英霊のシンボルだというのであれば、この世界、この固有結界こそがオレの宝具。武器であれば見るだけで複製し貯蔵する。それが俺の能力だ」
荒野の玉座に立つキャスターによって拾われた。




そうしてシャノンは周囲を見渡した。
無限ともいえる武具の投影。
おびただしいまでの武器の廃棄場。
この、生命の息吹を感じられないこの、数多の必殺を謳う贋作の墓場こそが、赤い魔術師の心象なのだろう。

それを見て、ふつふつとした怒りがこみ上げてくる。
「―――なに、これ」
「おや、お気に召していただけなかったかな」
流石はサーヴァント、遠く離れた呟きすらも律義に拾って、皮肉気に返してくる。

「当り前でしょう、こんなつまらない模倣しかできない贋作ばかりを見せられて、気分がいいものですか。錬鉄場のくせにこんなものしかないなんて、……本当に、詰まらない男ね」
そうシャノンは苛立つを押し殺して、呻くように返す。


そう、聖杯戦争が始まった当初のシャノンならいざ知らず、然るべき英霊が持ってこそ輝きを増す、真作の輝きを知ったシャノンにとって、宝具を複製しては使い捨てるだけのこの結界が我慢ならなかった。

それに、何故だか理解できないが、「この男」が、宝具を湯水の如く使い捨てることがどうしても許されなかったのだ。
――――そう、それを許されるのは、……


「はっ、贋作が本物に勝てぬと信じているとは、君も夢見がちだな。いい機会だ、その硬い頭を是正してはどうだね」

そのこちらの神経を逆なでするような言動で、わけのわからない霧に曇りかけていた頭がクリアになってくる。
――――盗み取ることが悪いのではない。
それに悪感情を抱いてはいないのだ。
許しがたいのは

「………ええ、そうでしょうよ。何も模倣が悪いとは申しません。でも、貴方の心象にはそれだけしかないようね、キャスター。あなたは盗み取ったそこから、何一つ生み出そうとしていない。くだらない手品の方がマシと言うものよ。
全く、……模倣しかできない男がよくも英霊なんて名乗れたものね」

そう、そこから生み出されたものが一つとして見当たらないからだ。
此処には、模倣された贋作しかない。
その虚ろな在り方と、彼の人の―――それが今のシャノンにはだれかはわからないが、モノを盗み取ったくせに、この程度しかできないということに、シャノンは震えるほどの怒りを覚えていた。

「全くだな。だが、君たち程度を相手取るには何ら問題ないのでな。安心してくれたまえ」


「しっかし、こんな面妖な英霊なぞ聞いたこともない。一体貴様、どこの英霊なのだ」
「その問いに答える必要などあるかね?」
「いいや、だがこれから殺しあう相手の名前くらいは知りたいもんだろう?貴様とて騎士の誇りがあるのなら、名乗るのが礼儀だろう」
「はっ、いや生憎と、ああ、誇りなんてものは、もとより持ち合わせていない身でね。そう言った騎士のような名乗りとは縁遠くてすまないな」

訝しげなライダーの声を遮るように、キャスターの左手があがる。
それに合わせるように、キャスターの背後に立つ剣が次々に浮遊していく。
 
「―――残念だが、先日のようにはいくと思うな」

細く眇められた射抜くように鋭い目が、己の敵を睨みつける。
そうして、号令は下された。







丘に突き立つ無数の剣が、魔術師の号令に合せ、視えない銃口より撃ち出される。
宝具を打ち出すという、アーチャーを彷彿とさせるような一斉掃射。


男の繰り出す宝具はまるで雨のよう。
一つでも直撃すれば致命傷となりかねないそれを、弾き、躱しながら機を計るランサーであったが
轟音を立てて、雨のように降り注いでくる宝具。

さらには、その合間を縫うように、爆ぜるような速さで襲い掛かってくるバーサーカー。
これで隙を見出せと言う方が酷と言うものであろう。

それでもランサーは闘志も新たに、サーヴァント随一の疾走をもって迎撃せんとひた走る。



それは昨日の焼き直しともいえる戦いだった。
だが、拮抗していた昨日とは異なり、致命的なほどに天秤の針は片方へと傾いていた。



黄槍で襲いくる巧みな剣舞をいなしながら、宝具をランサーは手にした紅槍を稲妻のように撓らせて打ち払う。
だが、その槍衾を潜り抜けて、マスターたちに迫る宝具その数、4挺。

それをライダーが打ち落とし、その隙に、シャノンもランサーに向かい行く剣の、横腹向けて魔弾を繰り出する。
剣は硬質な音を立てて、死んだように地に落ちて鋼へと帰る。


「くっ…、何たることだ!」

悔しげに悪態をつくケイネス。
それも仕方がないだろう。
自体は寸刻みで悪化の一途をたどっているというのに、手の打ちようがないのだ。
戦いが始まってから、こちらは相手に一矢報いることどころか、距離を詰める事さえできていない。
だが、相手が神秘を宿した宝具ではシャノンもケイネスもこれ以上にランサーの援護などできるはずもない。
ならば、このまま後手に回り続ければ、何れは押し切られるのは予知するまでもないこと。




ライダーが戦車で間合いを詰めようにも、宝具の雨に遮られる。この状態では無傷でたどり着くことなどできるはずもない。
いや、たとえ、辿りついたとしても、そこにはバーサーカーという関門が立ちふさがるのだ。

今のところランサーは大きな痛打を受けることなくギリギリのところで維持できているものの、それがいつまで続くことか―――。


その要であるランサーは持てる全力を振るい果敢に切り込む。
ぶつかり合う鋼と鋼。
とにかくライダーが宝具にて切り込める最低限の隙を作らなければ始まらない。
当たれば容易く穿たれる苛烈な砲撃を防ぎながら、ランサーの思考はキャスターの防御壁を打ち崩す方策を、活路を見出す為に回転する。

だが、そうして出た答えは、手詰まり。
反撃にまわる余裕などどこにもない。
ランサー一人では、この戦況を覆すことなどできるはずもないという、絶望的な答えであった。

ゆえに、この事態を打破できるのは、ランサー以外のものの力しかいない。
その瞬間を導き出すために、ランサーは一人槍を振るい続けるしかないのだ。






*****

シャノンは、無意識英雄王クラスターのため、赤弓の存在にイライラきてる。
詳しくは「暁」参照。




prev / next
[ top ]