春眠 | ナノ

終末

嵐を孕む雲のような呪いが渦巻いて、館に暗い影を重く落としている。


己が身にかけられた呪いが渦を巻いて体を蝕む。
打ち破られた窓からそよぐ冷たい風が、身体から熱を奪う。
ふと、招くような女王からの誘惑が途絶えていることに気がついた。
もう、諦めたのだろうかと思い、重く震える瞼をこじ開け、うっすらと目を開けるとそこには二人の人影がにらみ合いながら立っていた。

一つは槍を持った蒼い痩躯の男。
もう一人は白い服をまとった、薄紅色の髪の女…の影だ。

おかしい、宴にて、足止めを食らっているはずのクー・フーリンがなぜここにいるのだろうか。
いつの間に帰ってきたのか、渦巻く熱に浮かされた頭では思い出せそうにない。

クー・フーリンがこちらを振り返る。
その、心までとおるような紅く燃える目をしたその顔を見て


「ああ」


その瞬間、雷に打たれたかの如く思い出した。
婚姻を結べば死に至ると言われたその予言の意味を理解したあの日を。

遂に、あの時より定められた、命の期限がついにやってきた



*****



「これがあなたの妻であることは認めるわ。だが、その最後を、死してのちのそれからを頂くのはほかでもない私よ!!だって約束したのだから」

私から奪ったのだ
最後くらい私に譲れと

美しい薄紅の髪を振り乱し
恋した女の顔で、泣くような叫び声を上げるメイヴ。

それに

「いや、わりぃがその願いは諦めてもらう」

男は鋼のように感情のない淡々とした声で静かに返した。


瞬間、紅い槍が禍々しく不吉な胎動を始め、魔力を貪欲に食む。
呪いの魔槍が胸を貫こうと奔る、その永遠にも感じられる一瞬、死にゆく瞳が映し出した避けようのない未来が、悔いを残さないと決めた心に罅を入れる。
死を恐れず、生き急ぎ、死に走る男の姿。愛したものにも憎んだものにも取り残された女の姿。
それらがすべて過去になり、伝説となって森に響く歌のみが残される未来の欠片。


この結末は彼を受け入れたあの時からわかっていたこと。
婚姻を結べば遠くない未来に死を迎えると、生まれた時に告げられたドルイドの予言。
言い換えれば、誰とも人生を共にしなければ死は訪れないも同義だと言い聞かせてただ一人のものにならず、数多の人々の人生を渡り歩くことを良しとしたのは自分だったではないか。

そんな自分が乞われたとはいえ、それまでの人生の決断を反故にしてまで、受け入れたのは何故だったのか。

 ──何故これほどまでに胸が痛むのか。

おそらく、あの森で
黄昏色を湛えたその瞳に出会った時から、私は魅了されていたのだろう。

「…………、ああ」

皮肉にすぎる。
そんな、今まで気付かなかった本心に、
心臓を貫かれるこの状況で、天啓のように思い知るなんて。
……そう。唐突なのは今に始まった事ではない。

それで気が付いた
私は流された訳でも憐れんだ訳でもない
非業の英雄たることが運命づけられた男。
初めから報われないと知りながらも、歩みを止めないその生きざまに見とれたのだ
そう、槍を取り、一度も振り返らずに駆け抜けたその生き方そのもの
その鮮やかさに、見惚れたのだ。


月夜に鈍く重い音が響く。
沈黙の後、雲が去り再び地上に光が注いだ後、暖かい紅色の雫が音もなく床に弾けた。
月の光にぼんやりと輝いている床に吸い込まれるように、滴り落ちる雫。

「──…っあ」

そうして血溜まりの中崩れ落ちるエウェルを愛おしげに抱きとめた。


惨劇を見て動揺したからだろうか、女の魔力が揺らいだ気配を感じる。
そして、身を切られたかのように悲しげな絶叫が尾を引くように遠ざかっていった。

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