春眠 | ナノ
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介入者の宴

数秘術、数霊術を基盤とする短縮詠唱にて、刻印を通して加工された魔力が風弾となり、暴風のように放たれる。
一秒に満たぬ間に放った光弾は5つ。
唸りを上げて、石畳を抉るように標的へと押し進む。

サーヴァントといえど、対魔力のないキャスターでは、まともに当ればそれなりのダメージになることが必定だが…この程度、いくらキャスターとして召喚されたとはいえ、かつて魔術師殺しとして名をはせた男にかかれば、迎え撃つなど造作もないことだった。



そう、その光弾がすべてキャスターを狙っていれば、だが。

一つだけ外れた光弾の先が、キャスターのマスターを狙い打たんとひた奔る。
が、それをキャスターは双剣を流れるように奮い、間合い内の光弾を払ったのち、両腕を後ろに振りぬき、その反動を利用して刀身をなげうつ。

――――そうして、最後の光弾は、あっけないほど簡単に打ち消された。


『ふむ、こんなものか』

自信ありげな相手の抵抗に対して、あまりにも容易く行われた迎撃。
所詮は研究畑の魔術師の足掻きか、と嘆息し、腕を体の横にたらして敗北を受け入れるようにうなだれるシャノンに向き直る。
だが、髪の間から垣間見える、その瞳が放つ不穏な輝きに、キャスターの頭の片隅で警報が鳴った瞬間、視界の端を地面すれすれで掠め飛ぶ光を見た。

『なに!?』

瞬間、光弾の陰に隠れていた、一回り小さい弾が梓の隣に立つ電柱を直撃した。

爆音と共に梓の頭上に倒れ掛かってくる石の柱。
急いでキャスターは、梓を抱きかかえ回避する。
それは確かに、それはしがない魔術師だと思い込んでいたキャスターの意表をついた戦術だった。
だが、それだけ。
この程度では瞬きほどの時間稼ぎにしかならない。



けれど、彼女にはそれで十分だった。


*****



などと大層な大口をたたいては見たものの、勝てる見込みは0に等しいということをシャノンは痛いほどに理解していた。
だが、それほど無謀なことだと理解していても、あえて強気に出てのには、相手が最弱のサーヴァントであるキャスターだということと、何よりこのままでは、彼らを撒くことなどできずに、拠点まで付けられてしまうということが、容易に読み取れたからである。


そう目算を立てて、相手を挑発することで出方を見ようとしたものの、相手のマスターときたら戦場に全く似つかわしくない腑抜けた空気をまといながら、要領の得ない妄想を語るだけ。我が身を危機にさらした挙句、これほど益の少ない無駄な時間を取られただけだったとは、本当に無益な時間を過ごしたものだと、我がごとながらにあきれ果てる。

大方、レベルの低い魔術師が、たまたまマスターになったあげく、詭弁を弄してこちらの隙を突こうという魂胆なのだろう。そんな穴だらけの策を弄しながらも、たおやかとさえいえる風情でこちらを見つめる少女を、見ているだけでこちらの神経を逆なでさせられる。こんな世迷い事を喚き、戦いを避けようとするほど命を懸ける覚悟がすらないというのならば、早々にサーヴァントを自害させて、辞退すればよいのだ。

そう、少女の妄言がどうであれ、聖杯の真偽など関係がない。サーヴァントがこうして召喚されている以上、願望機は確かにこの地にあるのだ。その聖杯が偽物だと?外野の魔術師風情が、大それたことを言うものだ。なぜ聖杯が願いを叶える力を有していないと宣言できるのか、その証拠すら示すことなく、信じろなどと、こちらを見くびるにもほどがある、とシャノンは侮蔑を隠せなかった。


無論、シャノンは魔術師とはいえ、他の魔術師に比べ一般人との接触も、教会等と折衝役としての政治活動も相当数行っているのだ。本来であれば、対象者の言い分から、相手の信義や求めるもの、あるいはこの場合だと、その言葉の真偽を見ぬくことさえできたであろう。


―――そう、彼女がここまで追いつめられていなければ。


シャノンとて、魔術師として実際に決闘や殺し合いを潜り抜けてきた身である。だが、その闘争はいつも万全の策を敷いて、持ちうる才能を駆使して顔色一つ変えることなく、いかなる時も優位に物事を進めてきたもの。その余裕の代償は、自分が思っている以上に想定外の出来事に弱いという形をとって今ここに現れた。
そう、彼女にとってこの聖杯戦争は自分が狩られる可能性のある立場に立つ、初めての初陣だったのだ。
その上、思っていたように戦局が進まないことによる焦燥がじりじりと炙るようにシャノンをせき立て、本人も気付かないうちに自身の心を、きつく追い詰めていたのだ。

挙句、サーヴァントと単独で向き合うなどといった最悪のイレギュラーだ。
表情にこそ出ないものの、梓が思う以上に、シャノンは追い詰められていた。そうして、その焦燥と切迫感で曇った眸は、見ず知らずの魔術使いである梓の言葉を穿ったように斜めにしかとらえられなくなっていた。


もし、ここで彼女に冷静に聞く余裕があれば。
もし、ここにランサーがいて、彼女たちが対等な立場であったなら。
もし、梓が彼女を説き伏せることができるほど、知識を有していたならば。
あるいは、間桐の魔術をすべて開示することを餌にして、思うように動かすだけの悪辣さが梓にあれば。

この結末は、変わったのかもしれない。
だが、所詮はIF。
賽は投げられ、その行方は誰にもわからなかった。

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