春眠 | ナノ

戦術計画2

「ランサー、これはあくまで忠告ですけれど、貴方は自分の言葉の重みを知った方がいいわ。同じ言葉でも、発する人によって意味合いが変わってくるように、貴方の何気ない言葉で、思いもよらない感情を抱く人がいるということをね」

その言葉に、生前己が苦労した女性関係がランサーの脳裏をよぎった。

『確かに同じ言葉を友が吐いたとて、あれほど騒ぎにはなっていなかったな』

人の情欲とは理性では測れないもの、そうかなるほど、そこを理解すべきだったのか。
そうして、過去に思いをはせていると、突き刺さるような視線を感じた。

そうして、シャノンの氷のように冷たい視線に我に返る。
まずい、気がそれていたことに気づかれたのか、いつもとかわらぬ冷徹な眸には、火がともり、心なしか怒っているような気がする。

「あら……私の話、詰まらなかったのかしら?」
「い、いや、全く以て興味深い。ぜひ続けてくれ」




「一応説明しますと、予測と言うのは統計と同意義ということよ。生きていくのに必要のない膨大な情報を収集し、情報処理を施すことによる結果。貴方にも覚えがあるでしょう?何も知らない農夫が思いもよらない未来に事を言い当てたりしたこととか。あれがそう、長い人生の中で蓄積された経験を無意識のうちに統計化して、これから起こりうる可能性の高い未来を予測しているのよ」

「それに対して、私の能力の測定は行動の積み重ね。望む未来を実現させるための行動を導く、いうなればちょっとした越権能力のことを指すわ」

このように、極めることができれば望む未来を確定させることすらできるのが、彼女の魔術刻印の真髄である。そうして、未来視と魔眼の関連性や、天空の星と地上の照応性関係について、目の前の男に語ろうとして…

「あの…シャノン…?」

思わず自分の世界に入り込み、独り熱弁を振るい始めかけたことにハッと気付いた。動きと言葉が止まった私の顔を、いぶかしげに覗き込んでくるランサーの視線をよけるように、こほん、と咳払いをして、話を元に戻す。

「…ということよ、わかっていただけたかしら?」
「ふむ…説明してもらってすまないのだが、よくわからない。だが、つまりはその力俺にはないものを補い、はケイネス殿の勝利に一役買うということだろう」

そう、一転、瞳を信頼で輝かせ、自らにないものを持つ女を尊敬するようなまなざしで見つめてくるサーヴァントにシャノンはひどく落ち着かない気分になった。

『そうね、その手段が本当に実現可能であればいいのだけれど』

使用が制限されるうえに、導き出される答えは抽象的で、挙句実現可能でないことまで求めてくるのだ。この男が言うほど使い勝手が良いものではない。

「だからそんな目で、見ないで。こんなこと、そう、別に珍しくもないわけですし」
「目?…いやでも、やはり」

謙遜するなと、言葉をつづけようとしてくる聞き分けのないサーヴァントの言葉を遮るようにして、きっと睨み、緩んだ空気を引き締めようとする。
だが、神代を生き、数多の猛者どもと相対してきたランサーにとっては、そんな視線は小動物が睨んでいるのと変わらない。

「で、何が言いたいか理解いただけたかしら」
「はっ?すまないが言っている意味がよく」

その言葉にシャノンは肩を落とし、疲れたように椅子の背に体重を預ける。

「…察しが悪いのね、
つまり私の助言は推測ではなく情報と言う根拠に基づいたものだから、注意するようにということよ。どうも、貴方は人の助言よりも自分の瞬間的な判断を優先させるきらいがあるようですからね」

そう眸を眇めながら、生前の失敗を匂わせるように、冷やかに釘を刺す。

「なるほど、理解した。つまりお前からの忠告は予言に等しいということだな。心して聞くことにするさ」
「まあ、大体そういうことでいいわ。ええ、それを念頭に入れて、勝利を確実につかんでね、騎士様」

そう揶揄するような言葉を放ち、わざとらしい程に愛らしく、花が咲くような優美さで微笑んだシャノンに

どうもそういったことに鈍い男は、

「ああ、もちろんだとも、心配するな」

感謝するようで、そしてやけに真摯な声で答えた。

「――――!?」

『待って、いつ私が心配したですって。一体どこの、どの文脈から読み取ったのよ』

などと思わず目を瞬かせながら、シャノンがそう混乱していると

「それにしても、お前もこだわりがあるんだな。間違えられて怒るとは」
「―――なっ!」

挙句ほほえましいものを見るように穏やかな目でシャノンを眺めながら、ランサーはそんな馬鹿げたことまで言った。目の前で朗らかな笑い声をあげるサーヴァントが無性に腹立たしくて、と怒りをこらえるシャノン。

サーヴァントの分際で馴れ馴れしい…いつかケイネスに言って無様に自害させてやろうかしら、などと不穏なことを心中で呟いているシャノンのことを知らずに、ランサーは楽しそうである。

と、シャノンはもう一つ言い含めておかなければならないことを思い出した。


「ああ、それとこれは言っておきたいのだけれど。
貴方、私をケイネスの従僕か何かだと思っているでしょう?でもね…」

ランサーは勘違いをしていた。かつてのエリンの地において、王のそばにはドルイドや占者が侍ったように、女がケイネスの占者としての役割を担っているのだと勘違いをしてしまったのだ。

すっと、瞳から感情を消し、シャノンは冷静な態度を崩さないまま淡々と言葉を続けた。

「家や魔術師としての実力差はどうあれ、私たちは少なくとも精神的に対等。
今回、この戦争においては彼の補佐に徹するけれど、臣下か何かだと間違われるのは我慢ならないわ」

自分たちが対等だと勘違いするなと、言わんばかりの、誤ちを許さない硬質さに

「ああすまない。
君とて純粋にケイネス殿の勝利のためにここにいるのだからな。
安心してくれ、君たちが傷つかぬように、俺もこの槍を取ろう」

だから、信頼してくれ、とランサーは曇りない眼で、シャノンを見て返答した。




それを聞いて、シャノンは頭を抱えた。

頭が痛い。
分かっていない。全く分かっていないにもほどがある。
この勘違いサーヴァントは。

熟練の魔術師とて、人間としての側面がある。そうでなければ世間に溶け込むことなどできないし、ケイネスとてロードとして権力闘争に参加することすらできないだろう。ゆえに他愛ない雑談や失敗談などを語り合うことくらいはするが、道徳的な…幼馴染だから、心配だから、などと、そういった言葉からどうしようもないほどに、かけ離れているのが我々魔術師だ。他愛ない会話こそ交わせども、彼との間に心の交歓めいたことなどあったこともない。

そういった人間らしい関係なんていうもの、私たちは一番初めから持ち合わせていない。そんな人間性をはく奪して育て上げることこそが魔術師というものなのだから。
そして一度でも己の害にしかならないと考え敵対すれば、私たちは互いに容赦なく争うだろう。幼馴染であろうと友人だろうと、魔術師として戦う以上、我らは冷徹な魔術師となる。

まあ、彼の最愛の婚約者だけは別なのだろうが…
そう、言い換えれば彼女だけが、彼を人間たらしめている。
思い返せば、私たちは、彼女を介してのみ、人として言葉を交わせるのだろう。

そんな彼にわずかなりとも情を覚えていないと言ったら嘘にはなるだろうが、彼女を突き動かす最大の理由は当家の、己の魔術の研鑽にとって利益になるかならないかのそれだけなのだ。そこをはき違えるなんて魔術に己を捧げている魔術師を侮辱する事に他ならない。

と、そう口にしようとして、シャノンは止めた。単なるサーヴァントであるディルムッドに言っても意味がなく、彼にその事実を突きつけるだけ無駄であると思ったからだ。なにより、シャノンはランサーと話していると、感情の抑制がなぜかうまくいかず、理由のない苛立ちに見舞われるため、正直なところあまり口を利きたくなかったのだ。

『まあいいわ、最終的に勝てばいいんだから』

だが、望んでいたような展望が開けていないように感じるのはなぜだろう。
そう、嘆息しながらシャノンは腹立たしいほど美しい月を見上げた。

prev / next
[ top ]