春眠 | ナノ
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―――――遠い、夢のように遠い昔でもそうだった。

その道を選びとったことに、悔いはない。
それが一般的には、苦難の道であることも承知の上だった。
己に弓引く敵は、全て血祭りにあげ。
可能性のあるだけの人間も、後顧の憂いを絶つために殺しつくした。
無駄な夢を語る輩は、早々に切り捨て
昏い現実を担う輩を選別した。
そうして、仮初に縁取られた燦然たる神の威光と黄金の輝きで、その闇に蓋をしたのだ。


返り血を浴びた身体から、血の臭いがしなくなるくらい想定済み。
怯え、縋り、恐怖におののく弱者を、すべてこの足で踏みにじってきた。
それに、何の感情も感傷も覚えることはなかった。
これこそが、王の務め。労り、許し、人道を説く役割は、教会の坊主どもに投げ渡した。ならば民を慰撫する心なんてもの、もはや必要なかったのだ。
ならば、王として成し遂げるべき責務はただ一つ。国という器づくりのために、他者を食い殺していく。

最低限続く国さえ形を整えれば、あとはそこから芽吹いたものが大輪の花を咲かせるだろう。
これより、流される血と、落とされる命は、未来のための肥料に過ぎなかった。
――――そう、私も含めて。



まあ、なんてことない。単にそう言った時代だったのだ。
この程度、感傷に浸ることでもないし、誰しもが等しく経験したはずだ。
そんな皆が等しく、未来の礎になるのだから、文句もないだろう。

それに、身を削りはしたが、見返りもそれなりに得たのだ。
大体、2割くらい。その2割で、他の8の困難を吹き飛ばすくらいの幸福は得た。というか、無理やりもぎ取った。私は崇高な理念や、野心から王になったわけではないのだ。その程度の見返りなくして、王様稼業なんてやってられないだろう。

何といっても、自己犠牲と献身ほど、私から遠い言葉はない。
私も、そして周囲も、まあ死ぬ間際にいろいろあったが悪い人生ではなかった、程度には幸福だったような気もする。
呪縛で雁字搦めにした全く信用がおけなかった輩ですら、幾人かは最後は寝台の上で身内に看取られた穏やかな最期を迎えたのだ。劇的なものこそないが、これはこれで、一つの成果ではないだろうか。


それが楽しかったか言われれば首をかしげる。
苦痛であったかと問われれば、首を横に振る。
困難だったかと聞かれれば、否定する余地はない。

――――だがそれでも、自分の思った通りに生きられる人は少ない。
大方が、風に吹かれて飛ばされる、桜の花弁のよう。
散りざまで、目を楽しませ、そして踏みにじられるだけの重みしかないのだ。

そんな中で私は自分の意志で選び、生き、そして殺した。
そんな風に自分の意志で決めた道を歩めた私は、とても幸福だったのだろう。
たしかに、得たものは私にとって価値なんて全くなかった。
だって私が価値を見出すものは、誰かと共有するものではなく、個人で成し遂げなければならないものだからだ。
―――――でも、価値がないからと言って、意味がないわけではなかったのだ。


そこまで考えて、緑衣の外套をまとった男に瞳を向ける。
淡い色をした弓兵の瞳に、深海のような青がゆらゆらと妖しく揺れている。……この男らしからぬ心の揺らぎを語るかのように。そうして、ゆっくりと、どこか自分でも朗読じみている静かな声で語り続けた。

「敢えて言うなら思いつきかしら?―――まあ、たまには義理人情も捨てたものじゃないかなって」

その答えに、アーチャーは小さく息をのんだ音がする。
一体何が彼の心の琴線に触れたのか、私には理解できない。
だがまあ、つまらない義理と勢いで剣を取っただなんて理由にあきれ果てでもしたのだろう。


にしても、どうして今更こんな問いを投げかけるのだろうか。
―――――ああ、もしかして『私』の記憶でも垣間見たのだろうか。
今の私の過去を見たところで、面白みなんてないはずなのだ。
エンターテイメントとして心動かされるのは、過去の『私』の方だろう。
だが、そうだとしたら、それは悪いことをしたものだと思う。
だって、お世辞にも良い君主だと言えるはずもない王だったのだ。


武力と金銭、そして謀略で力任せに押し切った治世。
民草からすれば、横暴極まりないそれ。
弱者を切り捨て、搾取し、そうして国という箱を最低限整えただけのそれ。騎士王のそれと比べれば、まったく洗練されていないと断言できるそれ。

力ない者たちの騎士たらんとした彼からすれば、『私』のような存在は唾棄すべきもの。
殺意を抱きたくのも理解ができる。
なにせ、自分自身ですら、認めたくないほどに無様な足掻きっぷり。浅瀬でのた打ち回る魚を見るような、その醜態。魚の形をしているから、なお見苦しい。

果てない悲願、尊い理想を叶えんがために、信念によって罪科を積み上げたのならいざ知らず、そこまで大層な理想を抱いていなかったのに、血を流し続けることしかできなかったその治世。結局積み上げられたのは、罪科と財貨だけときた。


だがまあ、許してほしい。
私はしょせん庭師。
形を整え、手入れすることはできても、1から作り上げる資質も才能も全くないのなのだから。
だから、まあその―――頑張ったで賞。程度は認めていただきたいものである。


「そうっか……まあ俺には関係ないし、いいけど。だが、もうちょいキャラ作り頑張ったら?オタク、ぐだぐだじゃねーか。何だよこないだの戦いの最後」
「……ほっておいて頂戴」

悪態をつきながらも、アーチャーは軽く肩をすくめた。皮肉な仕草、それでいてどこかこちらを案じるような、素直で真っ直ぐなものが秘められたその口調。


ぼんやりとした頭で、寝そべったまま彼を眺めやる。
端正な顔立ち。
明るい色の髪で片目を隠した男。
笑えば、きっと人好きがするであろう雰囲気。
そんなものを、生涯外套で覆って、他の誰かのために戦い続けた名もなき弓兵。


彼との会話に、ふと漠然とした熾り火のような感傷が疼く。

今更だが、私はあこがれていた。
他者のために命を賭ける。
己を削り捨てて、摩耗していく。
自分に返らないもののために、命を燃やす。
そんな、正義の味方みたいな生き方に。
だが、偽善じみたその生き方は極めて非効率である。同意なんて絶対にできないと、何度だって断言できる。


だが――――――それでも、他の誰かにとっては意味がないわけではない。
いいや……そうであって欲しいと、祈った。
その願いが、のちに続く誰かの導となると、証明してほしかった。その光が無駄ではないと、信じていたかったのだ。

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