春眠 | ナノ
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -

38

◆SIDE:アーチャー(緑)

泡沫が割れるように、ふと目が覚めた。
どうやらソファーに腰を掛けて、束の間転寝をしていたらしい。
ここは迷宮の裏に創られた部屋。
迷宮に隠された、束の間の安息場である。


――――遠い、夢を見ていたらしい。
いや、寸分たがわず魂を再現するここ電子虚構世界において、そのような余計な機能はない。


あるとすれば、それは過去の記憶、あるいはだれかの記録。
かつてあった事実を、再現していただけに過ぎない。
それが、当人にとって、重要なできごとであればあるほど、過去は鮮明に映し出されるのだろう。

そう、これと同じことを、何度か月の表側で経験をしたことがある。精神的に繋がりを得たマスタ―とサ―ヴァントは、睡眠時に記憶を共有するという、迷惑極まりない設定だ。

緑衣のアーチャーはため息をつきながら頭に手をやり、髪をかき乱して、瞳を伏せる。
かつて駆けた、遠い大地にも似た戦場が、瞼の裏をよぎる。
そんな、とうの昔に過ぎ去った誰かの過去に、熾り火の様な感傷が疼いた。




戦乱の時代だった。
強大な帝国の衰退とともに、投げ渡された広大な土地。
その地を己がモノにせんと、数多の人が我もと剣を取り、湧き出ずる泡のように消えていった。

そんな、昏い時代に彼女は生を受けた。
どの時代、どの場所に生まれようとも、彼女の目的は変わらない。
高みを目指すために、知識と魂の研鑽を積み上げる。
ただ、それだけである。

だが、生まれた以上、その身に課せられた最低限の責務をこなすことに異を唱えるつもりはなかった。
とりわけ、高い地位には責務が付随する。
部族長の娘として生を受けたからには、最低限の責務こなす覚悟はあった。
すなわち、婚姻を。



そんな女に惹かれたのか、あるいはその持参金に目を付けたのか、ある国の王が彼女を妻として乞うた。――――すでに、己に妃妾が要るにも関わらす。
だが、取り立ててなじる事でもない。
強い男が、女を侍らすというのは世の摂理。
とりわけ、それよりのちの世に広まる基督教の教えによって、一夫一妻を推奨される地盤が整っていなければなおこと。


そんな――――時代だったのだ。



だが、女にも矜持があった。
責務の前には僅かな矜持だが、それこそが女を女足らしめる唯一の柱だったのだ。


『私に触れるというのであれば、相応しい男であることの証明を。
これなる条件を成し遂げてくださいませ』

婚姻の夜、女は王に条件を課した。
それすらもできないような男に、触れられることが許しがたかったのだ。
だがまあ、たとえその条件が成し遂げられなくともよかった。
つまらぬことを、と一蹴されても納得できたのだ。

女として夫に嫁したからには、服従が義務付けられるのは道理。
こと、彼女が嫁した民族における女の地位は法にも理念にも守られていない、脆弱なものだった。ならば、その理に従って求められたように振る舞うことに、なんの感傷も覚えるはずもない。


彼女は相手を支配するか、支配されることでしか関係を保てない性分だった。
であればこそ、男と言う性別程度でしか、己に勝っていない輩を上にいただけるはずもなかった。だが、役者として演じることはできる。夫婦と言う題目に沿って、最低限見苦しくない程度に踊ればよいのだ。

相手を人と思わず、己も人ではないと仮定する。それが人と人との正常な関係ではないと理解していたが、その在り方の正否を見定めるのは観衆たち。そして舞台裏は客席からは見えないもの。ならば、何一つ問題がないというのが彼女の出した結論だった。
事実、そうなったとしても、なんら困らなかったであろうことは断言できる。


だが、王はその願いを叶えようとした。
それは、妻とした女があまりにも美しかったからなのか
女からの初めての拒絶に、冷静さを失っただけなのか。
あるいは―――恋してしまったからなのか。
今となっては、それはわからない。



だが、事実として、王はその条件に挑み――――そして死んだ。
単純な実力不足。
それすらも読めずに、王は神話のイカロスのように高みへと手を伸ばして……転げ落ちたのだ。



prev / next
[ top ]