春眠 | ナノ
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27

白銀の騎士は、決意を込めて胸の内を語る。
それは、先ほどのように叩きつけるような熱さではなかったが、見ているこちらですらも身を正してしまうほどに厳かで、真摯な口調で。

「それでも、私には、………あなたの道が正しいとは思えません。あなたであれば―――我が王の願いを…尊さを理解できたでしょうに」

ただそれが、口惜しいと、心の底からガウェインは語った。
己の信念を口に出すことが少ない彼の言葉だからこそ、その言の葉は果てしなく重かった。

いっそ、彼らの間に、隔絶したものがあれば、話は早かったのだろう。
民の幸福というものを、どこに重きを置くかといった前提において、互いにとらえることのできない認識の範疇外にあるのであれば、英雄王のそれと同義。道が重なることもなく、ただ相容れぬ敵として剣を振り下ろすことだけで済んだであろう。
だが、彼女とガウェインの――――かの騎士王が掲げる理念は、あまりにも似通っていた。


民を救済する平穏の祈りと、民を育む国の安泰への願い。
国と民という、決して交わらないものを見つめながらも、最終的に求めるであろう結論に差異はない。
ならば、王の理想こそ絶対とするガウェインにとって、彼女を説き伏せたいと願うのは、道理にかなっていると言えよう。
なによりガウェインにとって彼女は信じるに値する人である。ゆえに、その願いは重さを増すばかりだったのだろう。


だが、それは敵国の王に語るべき言葉ではない。ともすれば侮辱とも受け取られかねないからだ。特に、ブリテンを代表する騎士であるガウェインにとっては、口に出す全てが王の代弁であり、その立ち振る舞いすべてが王の意志そのもの。それほど慕わしく感じようとも、容易く口に知ることのできるものではなかった。


ゆえに、その思いの一切を封じて、生涯を終えた。
だからこそ、今、この時の果てで彼は彼女に語りかけるのだ。
あの時、伝えられなかった言葉があり、その機会がこうして巡ってきたのだから、と。


だが、その言葉にシャノンは不意に表情を凍らせた。

浮かばせていた笑みを捨て、表情を硬質なものへと一変させてガウェインを見る。そこには先ほどまでに、どこか気安げな印象は、どこにもない。一体何が彼女の心の琴線に触れたのか、その変貌に、思わず息をのむ。そして、ぞっとするほどに、感情のない冷徹な声色がガウェインをとらえた。

「聞き違えですか、ガウェイン卿。この私に騎士王が掲げる王道に沿え、と聞こえたのですが?」
「ええ、間違いありません。その言葉通りに受け取っていただいて結構です」


ふと、迷宮が陰ったような気がした。
揺らめく焔を背に、シャノンは顔に影を落として、深い陰影の向こうからこちらを見つめる。冷徹なまでの冴え冴えとした濃紺の瞳の色だけが、浮き上がるように鮮やかだ。そんな彼女を息を殺して眺める。私たちを貫く様にシャノンは鋭く見遣り、激情をなでつけるように大きく息を吐いて、無機質な声色で言った。


「撤回してもらいましょう、ガウェイン卿。その言葉だけは―――聞き捨てなりません」

その声色に、背筋が寒くなる。首筋を剣先で撫でられるような、底知れない悪寒。僅かに息を詰めて、鳥肌が立った腕を抑える。震えそうな喉を、己の意志で押さえつける。今、口を開いてはいけない。彼女の気を引くような行動をしてはいけないような気がした。

「いいえ、そのようなことはできません。なぜ己が正しいと思った理念を、撤回できるでしょうか」

その愚直なまでに誠実な言葉に、シャノンは、ふ、と小さく嘲るような笑いを零した。その笑いの中に、今までは感じなかった、ささくれ立った棘の様な違和感を覚える。
――――今までの彼女の振る舞いには、どこか隠しきれない余裕があった。即ち、己を装う(SGを秘匿する)余裕があったということでもある。だが、今の笑いにはそんなものは全く感じなかったのだ。


「驚きました……そんな口も叩けたとは」


そうして、彼女は凍りつくような口調で太陽の騎士へと言い放った。

「ならばなぜ、その意思をあの時代で露わにしなかったのですか?」
「――――――それ、は」

ひたすらに感情を介した冷たい響きに、思わず目を見開く。緊張のあまりごくり、と喉を鳴らさないように、息をのむ。シャノンの剣呑な声色に、今にもきれそうな糸のように、張りつめたように空気が張り詰めたような気がした。それはまるで息苦しさを感じるほどの重さ。揺らめく焔が彼女の感情に共鳴するように揺らめいて、その能面のような顔を彩る。その顔を見ているだけで、動悸が自然と高まってくる。


そんな私の視線の先で、シャノンは拳を握り締め、耐え切れないとばかりに歯をぎりと噛み鳴らした。
――――それはまるで、もう今更どうしようもない結末を、悔やむように。



瞬間、空間の温度が一瞬下がり
    ――――世界が爆発した。


「騎士王が正しかっただ?ああ、正しかったとも、そんなこと誰よりも私がよく知っている!一度たりとも過たず、あらゆる問題を解決した王。一寸の狂いもなく国を計り、寸分の過ちもなく人を罰した剣。海を隔ててなお、あの聖剣を喉元にあてられていたのだから!いつだって、気を抜けるときなどなかったほどに!!」

びりびりと、空間が震え、鼓膜を打ち据える。
結界の炎が煽られるように、熱を増す。
まさに灼熱の怒り。
―――――彼女は本気で怒っているのだ。


「だからこそ、理解できない。なぜ……あれほどの王を頭上にいただいておきながら滅びたのか。なぜあの王を、理想の体現者たる王を活かせなかったのかが!それで―――随一の臣下を名乗るなど、おこがましい!!」

隣でアーチャーが息をのんだ音が聞こえる。
視界が真っ白になるほどの炎が吹き上がる。
先の一瞬で、生徒会室との通信が寸断された。
すなわち、ここで自己認識を融かされてもおかしくない状態と言うこと。


「今でも思い出せる。ランスロットに率いられ逃げてきた騎士どもの愚行、その筆頭のボールスが、父の敵である私に告げたあの言葉を」


だが、そんなことはどうでもよい。
そんなことよりも目の前の彼女の怒りに目を焼かれる。
そう、だって彼女は、顔を合わせたこともない、味方ですらなかった騎士王のために、本気で怒っているのだから――――

「『あなたほど人の心を介する王はいないでしょう。…あの、アーサー王とは違って』だと―――自分の理解のうちに相手がいると確信した安堵の顔。国のために私情を殺しつくした王に対してあの妄言。ああ、今思い出しても腹が立つ!」


そう、彼女は騎士道を軽んじていた。そんなものを掲げる王を嗤っていた。
腹の足しにもならないと、嘲笑し、幼い偽善にすらなっていない夢だと罵った。
人はそんな美しいものだけでくくられるものではない。
だからこそ、王の姿で人の善性を照らすのではなく、王の暴威を持って悪性を詳らかにし、法の在り方を民の身に刻み付けることが、彼女が唯一語れる理念だった。


「あなたは言いましたね。王は正しい、間違っているのは自分だと。ああ、その通りです。彼の王の選択に間違いなどひとつたりとてなかった。過ちがあるとすれば、それはその行為を、認められなんだあたな方の弱さです。だというのに、あなたは、ことここに至っても自己完結するしかできないだなんて………恥を知りなさ!」

だが、そんな無意味だと思うものを掲げながらも、過たぬその姿を見つめていたのだ。
恐らくは、彼の騎士王が愛した国の臣民たちよりも、ずっと。



そう、だから―――――だからこそ、その姿がまぶしかったのだろう。
その人の身には過ぎた願いを抱きながらも、一度たりとも曇ることなかったその理想。
不滅にして不敗。人としての生を捨てて、その理想の体現者として誰よりも完璧に走り抜けたその背中。
誰よりも正しく、全てを賭して国にささげたその姿。

決してかなわないと知ってなお、足掻き、のた打ち回りながらも、理想に手を伸ばすその道。
彼女が賢明であるがゆえに、一番初めに捨てた祈り。
彼女に力がないからこそ、一番初めに零れた願い。
絶対に選ぶことない、その生きざまを、一度も振り返ることなく走り抜ける姿に、彼女は見惚れた。
そんな鮮やかな祈りを嘲笑しながらも、それが報われることを、誰よりも――――信じていたかったのだ。


その声に胸が締め付けられる。
左手の術式が静かに鳴動を告げる。
これが彼女の2つ目のSG。隠された迷宮の鍵。
手の届かない光に焦がれる、その感情。
『憧憬』

それこそが、このSGの名称。
決して表に出すことはなく、
それでもと、過ぎ去ったまぶしい夢を尊ぶように、ずっと秘められた彼女の祈りだった。



だが、今は摘出することはできない。生徒会との通信が先ほどの彼女の怒りによって力を増した結界にさえぎられた今、桜の補佐を受けることができないのだ。なにより、それを警戒してこちらを睨んでいる緑衣のアーチャーがいる。

なにより、と横を見る。そこには、揺らめく炎に照らされて、眦を上げて怒り狂っている彼女を呆然と見つめているアーチャーがいる。
彼女の言葉の何が彼の心を揺さぶったのかは理解できないが、緑衣のアーチャーを押しとどめることができる肝心のアーチャーが、戦意を失っている以上、ここで摘出することなどできるはずもないだろう。

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