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何と言ったらいいのだろうか。今まで自分が抱いていた認識と、目の前のガウェインの姿。それにどこか符合しないような違和感を覚えた。だが、それがなんなのか、はっきりと言葉にできないもどかしさに、ただ焦燥が募る。
己の裡でひたすら煩悶する私の前で、彼らの会話は熱を帯びてゆく。
「生憎と、あなたの語るそれは騎士の姿であって王の姿ではないでしょう。相手の心慮って、人の尊さを指し示す。そんな慈善事業は暇な坊主にでも任せたらどうです?王のすべきことは、身も心も獣になった者を律する法を作ること。意に沿わない獣どもなど、並べて片っ端から首を切って行けばよいでしょう」
即ち恐怖がある限り、人が獣になることはないのだ、と人の情が介しない冷徹な理念を説くシャノン。
だが、人の情が介しないということは、彼女の感情をも入る余地がないということである。ある意味で、一つの完結した統治としての機構のあり方をシャノンは語っているのである。それが正しいか否か、その時代に生きた者ではないどころか自分の記憶すら定かではない私が論ずるところではない。
「では、そこから零れ落ちた者たちはどうするのです。それは力あるものだけが出せる答え。誰しもが強くあれるわけではないでしょう。そんな彼らを力あるものが救わずして、誰が救うというのです!」
「そんなこと私が知るものですか」
傲慢にも、一笑に付される言葉。
その返答にますますガウェインの感情は高まっていく。
「私ができるのは私が定めた法に従わぬものをすべて、切り捨てることだけ。私はそれしか知らないし―――それしかできなかった。それ以外の道を選ぶつもりなんて欠片もありません。それが私の決定です。気が食わないなら私の世界より去ればよかったはず。そこで思う存分自由を謳歌すればいい。野たれ死のうと、反旗を翻そうと自分の思うがままですよ」
清廉なまなざしに熱意を込めて語るガウェインの言を、どこか諦念の混じった吐息を零しながら、シャノンは見かえした。よりよく国を富ませるには、発育を阻害するものを間引く。それこそが、単純にして明快な答えだと、彼女は揺るぎなく語った。そこに、ガウェインの理想が介在する余地はない。
だが、白銀の騎士を煩わしげにあしらいながらも、シャノンが言葉をごまかすことも、はぐらかすことはなかった。それこそが、彼女の誠意。『彼女』が生きた時代を共に駆けたものだけが与えられる、言葉だった。
だからこそ、今ここで彼らの会話を止めるわけにはいかない。今まで見てきて、これほどまでに彼女が自らのことを、本音で語ったのを私は見たことがない。彼女は己の信念に基づいて行動こそすれども、彼女自身の感情に任せて行動することはなかった。
そう、肝心のSGの入手時以外において以外は。いつも彼女は、私たちを壁の向こうからこちらを、まるで見守るように優しげ愛おしむように眺めるのみだった。それは、対等なものだと見ていないと同義ではないか。同じフィールドに立たないものに、1つめのSGのようなそれこそ事故でもない限り、心を開く道理なんてない。
今この月の裏側で、このガウェインを除いて、彼女のSGを明確な形にできるものがいるとは思えない。彼が適わなければ、もう私も彼女と言葉を交わすことができるかわからないのだ。次は白野が出るよりほかなくなるだろう。となると、その危険度は明白。だからこそ、今回、最低でも名称だけでも明らかにしておきたいのである。
―――しかし、なんというか……小難しい話になってきた。一介の記憶喪失女子高生には難しすぎる話。というか、どっちでもよくない?ここはいったいどこの宴なのだろうか?騎士の宴?あとは、この赤い騎士が参戦して、酒を酌み交わしたら完璧なのではなかろうか。
などと、ふざけたことを思い煩うほどに私は暇だった。正直言って身の置き場がない。主人公からいきなりモブに転落した気分だ。顔だけでも地味なのに、メインポジションまで失ってしまったら、どうしたらいいのか。ここが、炎の結界内でなければ、もう少し気を抜けたのだが、今気を抜けば即意識が溶かされてしまうことは間違いない。よって、彼女のSGの揺らぎを見極めんと、気を張って彼らの言動行動を注視する。
正直に言って、私には彼らの意見が正しいのか間違っているのか、図ることは出来ない。なんといっても、善悪の基準である記憶があいまいなのだ。己の欲望のまま無作為に食い荒らす明らかな悪であればいざ知らず、彼らの言は国をどう治めるかという理念のぶつけ合い。特に、良い欲望も悪しき理想も、欲望の重さに貴賤がないとされるこの月においては同等なのだから、私が語るべき言葉などないだろう。
というか、シャノンの意見とか、ちょっとオブラートに包んだら、レオと同じことを言っているのではなかろうか……?こう、支配社会(ディストピア)万歳的な。
まあ、そんなことを今のガウェインに言ったら、消し飛ばされかねないが。
「珍しいな」
と、アーチャーが思わずといった風に呟いた。
はて、何がだろうか?と視線で問いかけてみると、アーチャーは腕を組んでわからないのかね、と肩をすくめた。
わからないから問いかけているのだ。即、答えられたし。
「まったく、こんな場所だというのに緊張感が足りんぞ……まあ仕方がないが。―――見るがいい、あの太陽の騎士の姿を」
ふっと、呆れたように零される言葉に促され、ガウェインに目をやる。
そうして、先ほど感じた齟齬をようやく理解した。
そうだ、ガウェインの騎士としての在り方は、王に全てを捧げ、必要とあらばその信念すらも曲げるのが彼の忠義だ。
たとえどんな相手でも、その意見を軽んじることなく尊重し、礼節を持って相対するその姿。その王の剣たる姿になんの欺瞞もなかったのだ。
王に曇りなき忠誠を捧げ、誠実で礼儀正しいその姿。
彼より語られるは王の理念。
その体こそは一振りの剣。
信念を押し殺してでも、王の正しさを顕現させんとするその姿は、まさに忠義の騎士そのものだろう。
「―――いいえ、あなたの語るそれは武人にのみ通ずる法。真に救いを求める民草は一体どうするというのですか。彼らには苦しみのまま、ただ耐え抜けと?そのような彼らの心にも光を灯すことこそ、騎士の本懐。地獄が顕現する戦場にても貫くことのできる尊いものがあるのだと魅せる事こそ、何よりの証立てとなるでしょう」
「確かにその言葉は正しいのでしょうけどね。人には夢が必要ですから。勝利・名誉・愛・理想……。それがないものこそ、獣の生。安寧があっても、虚しいだけの泡沫の夢です。ですが、そんなものは、聖者の語る妄言。偽善にすら届かない幼い願いは宗教家にでも任せておきなさい。幸い、あなた方の謳う理念は、聖堂教会の教えと親和性が高い様子。餅は餅屋。その生き方は、騎士が厨に立つのと同義でしょう」
だというのに、そんな彼が、なんというか……彼女に対しては全く自重していない。
彼女が自分の気持ちを容易く露わにしないように、彼もまた自分の意志を露わにしようとはしなかった。それは個人としての意見ではなく、立場としての意見を求め続けられたが故の弊害でもあろうか。それの善悪の判断は別として、彼らはそう完成したのだろう。
だというのに、ガウェインは王(レオ)の意思でもないというのに、かくあれという理想(自分の望み)を彼女に語る。
それは――――彼自身から生まれた意志に他ならなかった。
そんな彼に心を揺さぶられたのか、触発されるように、シャノンも取り繕った仮面が剥げてきていた。返す言葉には感情が宿り、私の心を折るという目的を忘れる程に、熱が入っているのだから間違いがない。
―――どれほどの変貌を遂げようと、迷宮を任されている以上『彼女』もシャノンに他ならない。というのであれば、その素顔を暴くことこそ、SGへの近道といえる。
ならば、この会話は無意味ではないのだ。
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