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◆SIDE:白乃
「マスター、礼装の準備は問題ないかね」
勿論。
準備万端、心機一転。今日の私は一味違う。
何と言っても、魅了や暗示対策の術式が施された眼鏡形の礼装もかけて、リニューアルされたのだから。
ついに私も眼鏡デビュー。みよこの輝く眼鏡。
重要なことなのでもう一度言おう、眼鏡属性持ちの女子高生であると。
つまり、いつもの私とは一味違うのだ。
「む、そうならばいいのだが、君はどこかぬけているところがあるからな」
などと、いつも通りに小言を並べ立てるアーチャーからつい、と視線をそらして、迷宮の入口から奥を見つめる。
「…ということだ――――ぬ、聞いているのかね、マスター」
視界は淡く、白くけぶっていて、以前と同じように見通しが悪い。
レオいわく、彼女は凝り性らしいから、おそらく、隠された罠もバージョンアップしていると思われますが、そこは根性。ファイトです、とのこと。なんて薄情な生徒会長だろう。
「マスター?」
だが、全く負ける気はしない。
だって今の私には、ほかでもない眼鏡属性が付いているのだから――――!!
「……もしもーし?」
いざゆかん、迷宮探索!!
リニューアルオープンしたハクノの力を思いしれ!さあ、今度こそ、そのSG暴かせてもらうじゃないか、シャノン!!
いざ、尋常に―――!
「いや待て、白乃。君が先行しては罠が―――!」
*
迷宮の角から、身をかがめて顔だけを出し、そっと奥を覗き見る。
視線先には――――――――いた。
シャノンと、緑衣のアーチャー……通称:みどちゃ・みどりん、だ。
何やら、興味深いことを話している。
ふむふむ、……なるほど、シャノンはダイナマイトよりは、スレンダーボディの子が好きなのか。あ、なるほど。だから凛が好きなんだ。
通信機の向こうから、凛の無言の抗議が伝わってくるが、全力で無視をする。
というか、そうでもしないと、最初から妙に優しくしてくれた私の立場がなくなりそうだからだ。
しかし、この様はまるで我ながら、スネーク。いや、覗きのプロフェッショナルのアーチャーからはダメ出しをされたが、まだ見つかっていないので良しとしよう。ん、覗きとか不名誉なことを言わないでくれ?はいはい、アーチャーちょっと黙って。声を出したらばれるじゃない
だが、彼女たちはまだこちらに気付いていないようだ。視界を覆う白い雪のような花弁が、反対にこちらの姿も物音も覆い隠してくれているのだろう。
しかし、軽快に交わされる会話にちょっと驚いた。意外と緑衣のアーチャーと気が合っているらしい。
と、その時。頭上からひときわ大きな塊が、ぼさりと降ってきた。
睫毛をかすめるほどの近さで落ちてくる雪/花弁の、あまりの不快さに頭を思い切り振って払い落とす。
「マスター」
瞬間、冷やりとしたものを背筋に感じた。
シャノンにこちらの位置を捕捉されたのだ。
……えっ?もしかしてバレたの?こんなことで!?
「ああ―――――だから言ったのだ。私の忠告を聞けと」
い、いや、だって……本気の匍匐前進の要領で近づくとか、乙女として如何なものかと思う!
しかもそのハイソックスセーラー服の女が匍匐前進する映像記録は、すべて生徒会室に流されるんだよ!
シャノンの話に出てきた某赤男じゃないけど、アーチャーは乙女心をもう少し学んでくれてもいいのではないでしょうか。
「そこ!潜んでいるのはわかっているわ。女を待たせないで頂ける?早く出てこないと、空間ごと捻り潰すわよ!」
額を突きつけ二人でこそこそと、責任を擦り付け合っていると、どこか苛立ったような声が、最後通牒を突きつけてくる。
「そ、それは申し訳ない。まあ、過ぎたことを語っても仕方あるまい。さあ、行くぞ」
誤魔化そうとしてもそうはいかないから。この件については、あとで追及させてもらいます。
そうして、大きく深呼吸を一つ、背筋を伸ばして陰からゆっくりと歩み出る。
そこには厳しい視線でこちらを睨みつけるシャノンと、頭の後ろで手を組んですこぶる気が抜けた素振りをした緑衣のアーチャー。
「いらっしゃい。ようやく出てきて……ってもう、またあなたなの?無駄なのだから、よしなさいと言ったでしょう。ホントに、馬鹿なんですから」
先ほどの私に向けた、冷たい視線とは打って変わって、親しみを込めた悪態。私たちは敵同士だというのに、拗ねたようにこぼされる憎まれ口からは、こちらの身を案じていることが伝わってきくるのが不思議だ。
そう、彼女が本心から私の身を案じてくれていることは、痛いほどに理解できるのだ。
だからこそ、悪いとは思う。
だが、それは決してできないことだ。
だって――――この階層に敷き詰められた罠は、本来の対象者ではない自分ですらかなり危険なのだ。対象者である白野が踏み入れたら、即、屠殺場の豚のように即ミンチ、即ハンバーグになること間違いないだろう。それは、人、というか兄弟としても許しがたい。
「そう、――――あなたも頑固ね。なら、どうするというの?貴女じゃ私のSGを奪えないということは、前回の件で理解していただけたと思ったのだけれど」
まるでアーチャーなど、眼中にないかのように、シャノンは私に余裕気に話しかける。
うん、その結論に間違いはない。
私とアーチャーだけでは、絶対にあなたには勝てないことは十分に理解している。
「なら……」
どこからか、ピシリ、と玻璃がきしむような音がする。
だがその音すらも、この迷宮は吸い込む。視線を滑らせても、緑衣のアーチャーでさえ、気づいていないようだ。
その音を背に、まっすぐにシャノンを見据えて、口を開く。
そう、理解しているからこそ、こうして私はここにいるんだ。
「なんですって、―――――っ!?」
その言葉の意味に気が付いたシャノンが、慌てたように、身をひるがえそうとするが、もう遅い。
逃がしはしない――――!!
術式(プログラム)が空間を奔る。閃光が雷鳴のように瞬き……次の瞬間、鏡が割れるような涼やかな音とともに、魔法のようにそれは現れた。
柔らかな栗色の髪。
鍛え上げられた体躯。
いかなる時も泰然とした、怜悧な面持ち。
目くらましの術式(プログラム)を打ち払って、空間を割るように現れ出る曇りなき白銀の甲冑。
割れた鏡のような目映い光の欠片を纏って降りる純白の騎士。
その誠実さを宿す、精悍な瞳がシャノンを捕らえる。
「いいえ、その結論はもはや正しくありません。なぜならば―――今回は、この私がいるのですから」
レオナルド・ビスタリオ・ハーウェイのサーヴァント。
太陽の聖剣を掲げる忠義の騎士。
聖杯戦争の中でも、最強と謳われた英霊がここに、顕現した。
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