今朝までの天気はどこにいったのか、どっからともなく現れた積乱雲は曇天として濃くなるばかりである。綿飴のような白い雲だったはずなのに、、、ドォーン、と轟音が遠くで鳴り響いていた。絹糸のように、振り付ける水が土を濡らす。昔懐かしい雨と土の匂いは好んではいたが、自身に害として降り注ぐのであればまた別。柊はいかにも不機嫌そうに眉間に皺を寄せる。そして乱暴に髪を掻き上げ、盛大に溜息を零した。


あー、うぜぇ。
と心中、唱えたところで天気が変わるわけでもなく、居眠りをしてしまった自分と、放課後になっても起こしてくれないクラスメイト、理不尽にもやり場のない腹立たしさがグルグル渦巻いていた。


「天気予報見てくりゃよかった」

柊は苦渋を噛み潰したような声を出した。誰もいないのか、それも分からぬがこの場では確かに柊一人。置き傘など無く、人も居なければ、濡れて帰る選択肢しかなかった。待つか。待たぬか。いつ、止む?それもわからないまま、呆然と遠くを観ているとカタンと硝子張りのドアが重く開く。柊が立つドアの三つ隣。ゆっくり、顔を傾け僅かに視線を向ければクラスメイトの紅愛が姿を現した。


尖った目が合う。切れ長の気の強そうな目だと柊はこの時初めてそう思った。それも一瞬で、フイと星河は顔を逸らし、先程開いた硝子張りのドアに寄り掛かった。動く気配はない。柊も紅愛も。ただ二人の視線は雨で霞む空間に呑まれていく。


ーーーはぁ、


吐き出された息が雨音と混ざり確かに柊の鼓膜にすんなり入ってきた。無意識に一瞥し、また前を向く柊は紅愛と同じように背を預ける。

「アンタも忘れたのか?」
「見ればわかるでしょ?」
「そうッスネ」

尖りに尖った鋭い棘。口調が強いのが紅愛の欠点でもある。ならば、柊は怖い顔が欠点であった。

「ナニしてたンすか?」
「あなたこそ、もう六時だけど」
「寝てた」
「知ってるわ」
「起こしてくれても良くね?クラスメイトっしょ」
「生憎、そんな優しさ持ち合わせていないのよ」
「ハイハイ、ドーセ居眠りしてたワタシが悪いデスよねー」
「わかってんぢゃない」

皮肉たっぷりの言葉を柊は全て受け取って、間髪入れずに、デ?と促した。委員会だった、と連れなく吐き出した紅愛の声は雨のようであった。


それからただ、流れる。時間と雨と、小さく吐き出す息と…。沈黙はそんなに苦でもないと、柊は安堵に似た思いを抱く。



「見た?」
「ア?」
「天気予報」

突然の声掛けが動詞だけだったため、理解が遅れた。あぁ、天気予報ね。ハイハイ、見てません。そう言えば、あっそ、と簡素な答えが沸点が高い柊をまた不機嫌にさせた。


「ソッチは?天気予報見たンすか?」
「見た」
「デ、なンで傘持ってないンすかね?」
「うっかり…忘れた、、」


だから、ナニ?そんな会話。柊は違和感と不思議な雰囲気に脳がシャフトしていく。だから、と言って何もないのだけど。この現状は変わらず二人を巻き込んで行く。回避など無理で、結局ただこの現状とこの空気感が違和感として残るだけだった。

途切れ途切れの会話。五月蝿い雨音が無ければ静かな空間であっただろう。しかし、もし雨が降らなければこんな事態も皆無に等しいのだと、我ながら後散る。


瞬間、天を割ったような大きな割れ目が裂く。

あ、と零れた言葉が重なると一際大きい轟音がズンっと二人に威圧をかけた。

それを気により一層雨が強まって行くのを呆然と見ていた。紅愛は顔を顰め、遂に我慢ならぬように靴底で地面のタイルに衝撃を加える。コン、コン、コン、若干柔らかくリズムよく、しかし、確かに苛立ちを含み反復される音。対称に柊は、やべぇ、と思うが諦めの方が強かったらしい呑気に笑みを零す。


「ドースル?」
「どーするも、こーするも、ないでしょうが。どうすんのよ!」
「……ハァ、困んだけど」
「こっちだって困ってんのよ!」

困る、という意味合いが違う、、と柊は思ったが言わなかった。クラスメイトである紅愛と学校生活上で困らない程度に会話はしているが私情内容の会話など一回もしたことがなかった。しかし、怒らせたら怖い、面倒だと察知できたのは野生の勘でもあったのだろう。


「走る?」
「無理、走るの嫌いなの」
「運動が嫌いなンぢゃねーの?」
「そうよ!」
「体育の授業もサボってンもんな」
「あからさまにサボってるあなたにだけは言われたくないわよ」
「ア、認めた」
「う、五月蝿いわねっ!」

土の匂いが濃くなった。もう地は固まっているだろう、グランドは水浸しだった。濡れるだけではない。きっと靴の中も洪水になる。泥が跳ねて色々汚れるだろう、雨の中走るのにも 相当体力はいる。多分、星河はどれも耐えられないぐらい嫌なんだろうと、柊は簡単に予測できた。

「それに、濡れるし汚れる!」

やっぱり、と納得。まぁ、そりゃそうか。と同意。柊は預けていた背を離し、その場にしゃがみ込む。

「はしたないわね。下着見えるわよ」
「残念。下、見せパン」
「下着ぢゃない」

がに股に開き、腕を伸ばして膝に置く柊はいかにもヤンキー座り。紅愛は呆れたように零した。パンツと言わず、下着と言う紅愛はやはり丁寧に綺麗な言葉を使う。


「アー、でもマヂどーすンのよ…。このままだと何時間ココにいンのかわかンねーよ」
「仕方ないでしょ!?あなただけ走って帰りなさいよ」
「ハー?断る。ヌレル、ヨゴレル」
「ぢゃぁ、諦めなさいよ」

気にしていなかった。不機嫌さはあったが、こんな雨が降った処で柊にとって選択肢は一つしかなかったのだ。如何にもこうにも可笑しい。違和感は地味に柊を追い詰めていた。選択肢を増やさせた隣人は、至って動かない。だから、柊は動かない。

二人は雨音を聴きながら、お互いの声を聴きあっていた。






人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -