「こんぐらい、かな…」
両手共、やわく曲げた指先を前に順は深刻な表情を浮かべてボソりと呟いた。
頬杖を付きながら横目に綾那は問う。
「誰の…、?」
「姫の」
「殺されるわよ」
偶々通り掛かったゆかりが順の後ろから投げ掛け立ち止まっていた。
あぁ、と間抜けな声は綾那から。僅かに目線は上へ。同意が含まれてると勘違いしてもおかしくないと、ゆかりは呆れ口調に綾那にも咎める。
「あぁ、って何よ」
「いや…。でもーー触り心地は申し分ない」
「ちょッ、綾那!!あんた夕歩の穢れない身体になにを!?!?」
「付き合ってたらそーなる」
「そーなるって。ねー、そーなるって?」
「あんたたちねー…」

白昼どうどうとする話ではないと、ゆかりは思う。年も上がり新入生も入ったばかりの春先ーー学年が上がったところでなに一つ変わりはなかった。

「いや〜、でも将来の育成に未来があるのか無いのか…」
「あれがいいんだろ」
「えっ!綾那さん小さいのがタイプで!?って、まぁ〜姫のだったら小さくてもいいよねぇ〜」

順はいやらしく笑い、指を動かす。最早、ゆかりは引いていた。
黙れ、と一言。綾那は順の頭にチョップをくらわして箸を持つ。


「ってかお前、触ったことあるとか言わないよな?」
「あるよ」
「…」
「…」
「待って待ってっ!ご、誤解だからっ」

順応性が高いのか、ゆかりは瞬時に順の脇に腕を差し込み抱える。綾那はどこから出したのか釘バットを構えていた。順の顔は青くなり、必死に弁解につとめる。

「小さい時だって、ね?よくある話しじゃん!決して、ふざけて後ろから鷲掴んだとかそーいうのじゃないって」

前と後ろと鬼が二人、静かに殺意に燃えている。失言も失言だろう。順は、ヤベッと口を閉ざした。

「綾那、やっちゃっていいわよ」
「言われなくても」








「あらあら、楽しそうね」
「頭やら顔面やら流血してッケドな」

騒動が起こる机から一つ飛ばしで座っている紗枝は微笑みながら言い、隣の柊は無機質な声を上げた。その眼前で似合わないパフェを食べ進める玲は興味がないようで目配りさえしない。

「あったらあったで、ジャマなンすけどねェー」
「それはある人が言う言葉よ」
「アンタだって十分あンじゃん」
「まぁ、年頃の女の子だから。でも斗南さんには負けるわよ」
「動きにくいッつてンの」

柊はそう言うと玲を一瞥する。その視線に合わせて紗枝も玲を見た。

「いいよな」
「形はいいのよ」
「あ、そーなンすか」
「感度はわからないけど」

「…誰の話ししてんだ」

いいや、別に。と声を揃える二人は確かに玲を見ていた。その視線に玲は顔を上げ、非難の声を上がる。

「確かにデカけりゃいいってもンでもないしな」
「そうね。形と感度が大切ね」
「……だから、誰の話ししてんだよ!?」
「「別に」」







先程まで椅子に座っていた筈が、今は地面に伏し、異様なまでの殺意に見降ろされた順はわざとらしくシクシクと声を上げている。

「染谷さん、普通愛しの順ちゃんの味方しない?」
「しないわ」
「元妻だから?」
拳が順の頭に降り注ぐ。
「いたっ!!もっと優しくしてよ」
「だって、綾那」
「優しく天に滅してやろう」
「冗談っ、冗談!!!」

周囲の目は殆ど順達に向いているだろう。なんせ白服もいるのだから、それに加えて小さな騒動(日常茶飯事すぎてそのぐらいにしか思えていない)を引き起こすものだから余計に目立つ。

その視線がゆかりを不機嫌にさせていく。みるみるうちに眉間に皺を寄せた。
「なになに、染谷。ヤキモチ〜?大丈夫だって、あたし染谷の柔らかい胸大好「綾那、釘バッド」」
「ほい」

本日二度目の悲鳴が食堂に鳴り響く。








「懲りないわね、久我さん。あれは天性よ」
紗枝の手には縄。それをぎゅっと引きながら顔は一つ空いた机に向けられている。
「ある意味、アンタも天性だろーよ」
「なにが?」
「ナンデもない」
縛り上げられている人物は、先程までパフェを食べていた刃友。律儀に口にはガムテープまで貼られている。どこから出したのか。柊はそれさえも慣れていた。この程度で驚く事はない。

「んーーー!んーーーっ!」
「いけない子ね!暴れるなんて」

どっちがいけないのか、もう常識が分からなくなっている柊は、末期だと思った。まぁ、いいかと、流してはいいものの視線が痛い。が、結局気にしない。これも良くある光景だ。

「なぁ、祈」
「ん?」
「ガムテープ外せよ」
「え!柊ちゃんヤキモチ!?ベッドやってあげないから?」
「ドッチかっつーとする方が好み」
あら、やだ!と紗枝は縄を離し赤く染まる頬に両手を添える。その反動で受け身も何も取れない玲は椅子から転げ落ちた。

「んーっ!んんんーーー!んーんんーーー!」
「あ、ごめん。玲。不可抗力」

不可抗力とは何か。玲は考えていた。この理不尽な事態が不可抗力で済ませていいのか。

「アーでも、縛るなはなぁ〜。アンタのしがみ付く感じ好きなンだよな」
「私も柊ちゃんの背中に爪立てるの好き」
「オイ、名前呼びになってンぞ」
「あ、つい。ごめんね、柊ちゃん」

(当て付けだろっ!惚気は他所でやれっ)
そう言ってやりたいがそれが言えず、手も足も、口も出ない。

「んーーーーーーーっ!!」
「あ、玲ごめん。居たんだっけ?で、なに?」
「いや、ほら。感度確かめるなら口が空いてたほーがイイっしょ?」
「確かに!!」

玲は渾身の力を振り絞り、くるくると地面を転がった。








「何、あれ」
「なんかのプレーじゃん」
「お前じゃあるまいし」
「違うよ!縛られるのは染谷のほー」
「…綾那、釘バッド」
「ほい」


無限路線。







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