好きな人から、まして恋人から誘われる事はとても喜ばしく嬉しい事だと思うけど…。




「タイミングっていうものがあるでしょ?」

与えられていく快感に火照る身体はそのままに脳は急速冷えっていくから、咎めるように掌で順の顔を押し返した。すれば、順の顔はみるみる不服そうに顰められる。

なんであなたがそうなるのよ。こっちが先に中断されているのに。そうなる前にこちらの顔色を伺ってほしいとさえ思う。その反応は少なからずおかしい。

「なに…」
「なに、じゃないわよ。時と場合ってものがあるでしょ?」
「え?だって行きたいんだもん」
「それはわかったからっ!!そのタイミングって言ってるの!」




先に仕掛けたのは順で、のったのはあたし。
事情の真っ最中で、その気になって暫く、もう少しの所で下に居た順はいそいそと上に上がってきて触れるだけの口づけを落とす。



ーーー染谷、海行こう。


離れたそばから、どうしたって今ではない言葉が飛んできて、言うだけでそのまま放ったらかしの順は深い口づけで誤魔化すから。



のった勢いを殺したのはあなたでしょ?


「続ける気も、行く気もなくした」
「えええぇぇぇーーー!!!」

耳元での声は響いて煩い。

読めなくてもいい空気さえこの人は読めてしまうのに、なんだってこういう時に良くわからないことをするのか。たまにある間違えがこの人の思考をよりわからなくする。


必死になってその気にしようと、賢明な愛撫をし始めて、結局それを阻止したあたしの手は順の手を払い除ける。


「染谷だって…このままじゃイヤでしょ?」


本当に子供のような、待てを食らった子犬のような、寧ろその表情は泣きそうに顔を歪ませた悲願。なぜか、あたしが悪いような錯覚さえする。

どうしようもない、あなたに泣きそうなのはこっちよ!なんて叫びたくもなるけれど、そこはグッと堪えた。


「海は行くわ」
「やった!!!」

じゃぁ、と伸びた手を叩く。


「だけど、こっちは一人で処理したほうがマシ」











あの日から数日。不貞腐れた順の引きづり加減はその日が近づく度に薄れていく。促されるまま一緒に水着を買いに行って、名目的にデートだとはしゃぐ順を見てるのは飽きれながらも悪い気はしなかった。



朝から気持ち悪い程テンションがおかしい順は、上機嫌に車でも暴れていた。夕歩に怒られ、あたしにも怒られ、機嫌が悪い綾那は無視を決め込んでいたけど、あまりにも順がちょっかいを出すから、後部座席は危うく血の海になりかけて。

運転手の斗南さんは、それに拍車をかけるように蛇行運転するから、車内はひっちゃかめっちゃかだった。


「やっほーーい!!快晴!最高ぉーー!!」



降りるやすぐに両手を突き出して、振り替えた先が一番に大切な姫君だったのは不満。シートやパラソルを持たせて、ちょっとした腹いせをしてやった。


「染谷、着替えよ」

荷物を置いて、振り返りながら言う。今度は正解。プラスに手を取られて、足場の悪い砂浜を駆け出した。


ちょっ……!

慣れない足場につんめりそうなるけど、どうにか耐えて。少しだけスピードが緩んだのは順の気遣いだと思う。それより、よく普通に走れるものだと感心さえする。


選んでくれた水着は赤だった。

「染谷なら、断然これっ!」
と頑なに押された品は、強引にレジに置かれたのを覚えている。本当に嫌なら断るわけで、それをしなかったのは案外、順のセンスが良かったから。


「身体チェックとかしないでよ」
「心配しないで!染谷のしか見る気ないからっ!」


………。


呆れて何も言えなくなるとはこの事だろうか。



呆れ顔に順を見ればどうしようもなく満面の笑み。もう、どうしでもよくなって手を進める。たまにチクチク視線が刺さるけど全て受け流し、着々と準備は終わりへと。最後に首元の紐が、どうしても上手くいかず(結び目が綺麗に横にならないと嫌だから)何度も結び直すと、後ろから伸びてきた手が掻っ攫った。

「結んであげる」
「…ん」

既に順は水着に着替えてて(さすが、速さ(早さ)だけは、いろいろ一丁前)綺麗に蝶々結びを作っていく。別段意識したわけではないけど、たまに当たる指先が擽ったい。


「はい、終わり」

キュッと最後に一つ結び目を強くして、それに返すように、ーーありがとう、とお礼を言おうとしたその瞬間ーーー

「ひゃっ」

ぬるっと、した感触が剥き出しの首筋から肩へと落とされた。










「久我さん、頬っぺたどうしたの?」
「お姉たま!これには深い事情がありまして。熱い、激しい、愛のムチ?みたいな?」

机や椅子やらセット最中に、駆け出してきた順に祈さんは面白そうに聞いている。勿論、祈さんは全て分かってて、その隣でーー新しい日焼けの仕方かしら?なんて言っている先輩は分かっていない。ーー上ジョー…察しろ
。斗南さんのフォローも入るわけだ。



「染谷。着替えたんならまずあたしのとこに来ない?」
「そんな選択肢は無かったわ」

泣きべそ混じりの非難の声を流し、その後ろにいた綾那達を見れば哀れむような目を向けられた。

「大変だな」
「お互い様でしょ?根本的な所は違うけど」
「まぁ、天然とエロボケの違いってところか」
「あながち間違ってないわね」


モラルとか世間体とかそんなもの捨ててしまえればいいのに。プライドとか恥とかそんなもの消えてしまえばいいのに。それはきっと無理で、この先も薄れることはあっても消えることはずっと無理で、真っ正面からぶつかる順に甘えているだけ。そんな愛情は嬉しい。だけど、やっぱり場所を選べと怒りなのか恥ずかしさなのか、イタズラ好きのこの人がそれはそれで結構ガチでやってるから困っている。夕歩はそんなことは決してしないけど(場所によるのか)無自覚ながらな爆弾魔ではあるらしく、この姉妹には心底手を焼くんだろう。(綾那の場合は惚れた弱みのほうが強いけど)

ベースは違くてもペースを乱されるのは同じ。ハマっていけばいいと、思うのにその中に居てはくれない。

「染谷!!海入ろっ!ほらっ、何してんのさ」

さっきの張り手でしょぼくれていた順はもうけろっと元通り。先に行動するのはあの人で、それを待っているのもあたしだから。今だに残る頬の跡を付けながら、引っ張ってくれる順をあたしはいとも簡単に許せてしまう。














あ、と声を上げてから「ちょっと待ってて」と海岸に戻っちゃう染谷を見て、あたしも「あ」と声を上げた。そのまま染谷を追うように海から出て、やっぱりと思ったのは手に握られたオイルが日焼け止めだったから。

「なんであなたも出てきたのよ」
「え、だって日焼け止め塗るでしょ?」

顰めた顔をそのままに手からオイルを掻っ攫う。

「自分で塗るから」
「背中のほう塗れないじゃん」
「届く範囲で塗るわよ」
「ダーメ、染谷の綺麗な肌がまだらになるのは嫌だ」

少しだけおとなしくなって、そっと溜息。これは諦めた証拠。でも諦めたのは全部じゃなくて

「変なことしたら殴るわよ…」


殺意の篭った目は顕在中なので、少しだけ苦笑い。




うつ伏せに寝た染谷の背中は白くて綺麗だ。事情中に、一緒にお風呂に入るときに、そう思うことは多々あって、けれどこうして外で見ると一段と強く思ってしまう。再認識ってやつ。そんで、ここに触れていいのはあたしだけだ、って変な独占欲が生まれるから。


「赤い水着似合ってるよ」
「あなたが言うと如何わしく聞こえるのよね」

現にエロい。押しつぶされた胸とか、首の後ろの骨に丁度ある赤い紐も、腰骨に結ばれる紐も、そんで砂浜より白い肌も。(やっぱり剣待生なだけに、隠せない所は日焼けしちゃうんだけどさ)それはあたしも同じだけど、元がきめ細かい染谷の肌はいつだって吸い付きたくなる。

そんな事を自然と思っていたら「ちょっと」
と身動ぎ批難の声が上がった。

「ん?なに?」
「手つき…」
「へ?」
「……手つきがいやらしいわよ!」

あぁ、ごめん。と返すあたり、意識はなかった。これは本当に本当。思ってたことは如何わしいことだったけど、それが表に出ちゃうだなんて。失態。



背骨の窪みに沿って人差し指を滑らせると、一瞬身体が揺れる。肩甲骨の下の紐は解かない代わりに指を差し込んで、その紐のラインにもオイルを塗った。

「もうっ」
「なによ?染谷、」

今度は故意的に、動きを持ったその手で、意識した脳で、肌を感じたいまま感じる掌に潤滑剤は結構邪魔な事にも気付いた。


ーーー感じちゃった?

耳元でそう呟いて、思わず睨まれたその顔にケラケラと冗談だよ、と意味も込めた笑を一つ。

変なことは…。ま、してるけど…!
そんな調子で、まだお咎めは来ないから、そのまま下降させた掌はゆるゆると下の紐の方まで擽る。あー、取りたい。と、見られたくない。の狭間で格闘して、取ったら取ったで後の自分への影響は悪さを増すからグッと我慢。円を描きながら彷徨った挙句、同じように紐の下に指を入れて、丁寧に丁寧に、優しく塗りたくれば、飛んできたのはお礼ではなく染谷の器用な回し蹴りだった。






「なに考えてたのかしら?」
「あなたの事しか頭の中にありませんでした」
「で、その頭はピンク脳しかないのね?」
「はい!!!!染谷があまりにもエロっぶ!!」


はい!本日二回目の張り手。殴ると言って回し蹴りも度肝を抜かれたけど、張り手は何時だって大ダメージ。



「ここ何処だかわかってる?海よ、海!皆いるのもわかってるわよね?」

なぜこの炎天下の中、シートの上じゃなく砂浜に正座をしておりますかというと、まぁ、確かに少しでも魔が差した自分も悪いですけど。我慢したんだよ、なんて言ってみたら、余計にもう一発痛みがきたから。おとなしく正座をして、小さくなっている。

「だから、あなたに塗らしたくなかったのよ」
「ごめんなさい」

海から背中へ複数の視線が痛い。だってここには染谷とあたししかいなくて、皆海の中だから。遠目にこの現状を見ている人たちは、どーせ「またか」と呆れ笑っているに違いない。でも、それも染谷とだから。なんて言ったら次なにが飛んでくるかわからないからやめといた。

本当にごめんなさい。とシュンとするあたしに染谷はバカねと零す。



「あなたに塗らしたくはないけど、あなた以外に塗らす気はないわよ」


馬鹿みたい舞い上がって、砂浜の熱をも越すこのハードな熱量で、あたしの脳内にある染谷の容量範囲は上昇気流でビックバード。




取り敢えず、逆上せたあたしは昼食までノックアウト。






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