重くもない、寧ろ非力で脆弱な自分が持てる程の箱をそっと、体育館の裏部屋にある埃まみれの机に置いた。ぐちゃぐちゃではないにしろ、積み上げられたタワーが彼方此方に聳え立ち、ーーあたしより高い荷物と、小窓のみの薄暗い部屋はカビ臭いこの空間を圧迫してる。

普段ならばこんな場所に行く事さえ無くて、仕事であろうが文句を散々言っているに違いない。いや、散々文句を言ってきても、結局のところ回避出来ずこの有様なのだけど。道のりは不気味な一人言を盛大に散りばめてきたが、しかし、今は、そんな場所に酷く安心感を持っていた。


流石に灰色に積もる机には触れない。椅子も一つあるが、それも見るに絶えないぐらい綺麗なままの白さ。座る場所も寄り掛かる壁もないし、用事だって済んでいた。だけど直ぐに此処から出る選択肢は無かった。

最上級に言えばこの空間で息を吸うのも、わたしの綺麗な息を吐き出すのも嫌悪感でしかない。しかし、出たくない。それでも気分と調子はうまく折り合いが付かない現状だった。気分的にはどうあれ、身体は拒否をしていたため、噎せる喉に負け部屋を出た。空間が広くなり、2階から体育館を一望できる、そんな特等席な場所で、今し方閉めたドアにズルズルと背を預けて蹲る。小さく、小さく、強く、抱え込んで、顔を埋めた。





二人の背中は遠く、角部屋に入っていく。一人は斗南さん。もう一人は紗枝。そして角部屋は今も個室を用意されている紗枝の部屋。


二人に限って…。そんなはずない。なんて言い切れる訳がない。でも、、だけど、、まさか、、、否、慢心だ。自由な此処に適合している彼女はわたしのモノではないのだ。仲が悪いわけではない。寧ろ良い方ではないか。二人のツーショットは案外容易に見かける。何を根拠にあり得ないと言っているのか、そんな事だって絶対などないというのに。ただの慢心だ。彼女がちょっかいを出す回数が増えてきたから、なんなのだ。会話という会話だってないぢゃない。だけど、それでも、、


「嫌だ…」

この感情を、嘘だ、違う違う、と何度も反復した拒否反応は無能。玲にバカと言っているぐらい底辺だった。そんな事を思っている事がもう既に事実。そして肯定しているのと同じだった。







**







さてと、と立ち上がる気になったのは長方形の大きな窓硝子から朱色の光りが漏れていたからだ。徐に壁に付いた丸い時計を見て、ーーもうこんな時間か、と息を吐く。単身は一番下を指している。既に校舎は誰もいないだろう。居ても疎らで、極一握りの学校特有の仕事関係者だ。用事も何もない、ーーわたしみたいな奴は校舎と隣接した寮がある建物に移動しているはずだ。さてさて、もう夕御飯の時刻だし。

重い腰を上げ、スカートを叩く。光に照らされた、あちらこちらで微分された埃が舞っていた。ーー、1時間ぐらい、か。鬱陶しいくなる自分自身に苛立ちを抱えーー肩、腕、胴、に手を打ち付け纏わり付いた埃を取りながら歩く。体育館と校舎を繋ぐ渡り廊下に差し掛かるが、声は無かった。気配もない。小さな静寂がより一層寂しくさせた。

女々しい。女々しすぎる。こんな気分は久しぶりだった。ま、女々しいと言っても女だけど。

やり過ごすには打ち勝つ強靭なメンタルが必要で、そして今の自分にはそれが、ない。

軽い引き篭もりから這い上がった身体は硬く、柔軟体操をするように腕を伸ばし背伸び。首を左右に曲げて、大きく息をしてーー


「ばかやろぉぉーーーっ!!!」


全てを撒き散らす。大声で、誰もいない事をいい事に。密閉されていた喉がひりついて痛かった。こんな言葉遣いを使ったことがない。こんな声が自分でも出た事に驚きさえあるけれど、、それでもこのモヤモヤする感情を吐露するのには丁度良かった。


「あぁ、スッキリした」

そう零し、寮へと戻ろうと歩き出そうとしたら、視界の片隅に人影が映る。咄嗟に焦点を合わせ、身体ごと方向転換。すれば、そこには今し方わたしの全力を声に乗せるだけの大事の原因ーー斗南さんが口をポカーンと開けて立っていた。

暫く見つめあったまま沈黙。わたしはというと、焦っていた。だいぶ、焦燥し、そして羞恥心がジワジワと浮かび上がり、「っ、いや…その」と歯切れの悪い言葉ばかりが次々に散漫していく。

「ど、どーした…?」

斗南さんも相当困惑している模様。こんなわたしは彼女に見せていない。何時だって冷静で、冷たい仕草を見せてきたから。第三者的な目線では紗枝におちょくられて見せる、怒りや、呆れ、ぐらいでしか彼女は把握していなかっただろう。だからこそ、恥ずかしさが前面に出た。「どーした、ぢゃないわよっ!アンタの所為よ!」なんてつき返せる程の余力は皆無だった。


顔が熱い。沸騰したみたいだ。

「別に…」

そう答えるのがやっとで、其れに気を回した斗南さんは「そーっすか」と、もう何も聞いてこなかった。そしてまた沈黙。痛い沈黙だった。気まずくて直ちに此処から走って逃げたくなる程に。どうしようもない時間だった。


「…なんで此処にいんのよ?下校時刻とっくに過ぎてるわよ」

苦し紛れに、強めの口調で問う。隠蔽にもなっていない、殆ど苛立ちと羞恥心を本音としてぶつける。どうせ、「アンタもだろ」とか呆れたように返すとばかり思って、次を考えていた。煩い。いいじゃない。そんな可愛くもない言葉を吐き捨てて踵を返すつもりだった、、、のに、真摯に斗南さんは範疇を超えた返答を用意していた。


「星河を探してた…」

絶句。思いもよらぬ返答に何も出てこず、息が詰まる。

「カイチョーさんが、、、星河に仕事押し付けたっきり帰ってこないって」

押し付けたんだ、あの人。

「まだ押し付けたい仕事あったのに帰ってこないって、サ…」
「だから斗南さんはわたしを探してたってわけね」

本当に可愛さの欠片もない。こんな自分に嫌になる。どんな理由であれ、斗南さん自身がわたしを探してくれたという事実に素直な嬉しさを微塵にも出せない。「悪かったわね。わざわざこんな事させちゃって」そう嫌味っぽく言ってしまうのが、わたしーー星河紅愛なのだ。


しかし、斗南さんは気分を害するわけでもなく、静かに言った。

「いや、コッチが探したかったから探したンすけど…ナニかあったら困ンぢゃん」
「……まぁ、学校的にね、」
「違うっつてンの。あたしが困ンだよ」


今度こそ行き場を無くした。何も言えなくなった。だって、こんなのズルい。あり得ない。期待なんてしたらそれこそ慢心だ。でも言ってしまいたい。苛立ちを生々しく言葉にしたい。この膨れ上がる恋心を言ってしまいたい。言ってしまったらどうだろう。そう考えるだけで怖い。目を伏せ、わたしは耐えるように唇を噛んだ。垂れ下がった拳を握り締めた。それは一瞬。マジ顔でそう言った斗南さんは、再度視界にいれてもそのままで、そんな彼女に甘さが出てしまった。弱さを出してしまったーーわたしは、、。そして、脱力した。


「…心配、してくれたの?」

蚊が鳴くような、擦れた小さな声は弱々しい。自分は此処まで彼女の前では弱者だった。


「オウ。そう言ってンだけど…」

斗南さんは静かにわたしとの距離を縮めた。
それを目視しながら崩れそうになってる地盤をどうにか繕い鼓舞する。

「あーぁ、汚れてンぢゃん」

そう言って優しく埃を落としてくれた。ナニしてたんだか、とか…困らすな、とか…さっきの大声は中々だった、とか…無邪気に笑って言うから何も言えなくなった。黙りこくったわたしを斗南さんはどんどん置いていく。それをいい事に手を握られた。瞬間、再沸騰。カァーッと顔が赤くなっていくを感じたまま、引っ込めようとするけどそれを許してくれなかった。


「さーて、食堂いきますか!星河、一緒に食べましょーや」
「…バカっ」

そう言うと握られた手に余計に力が込められた。

「バカっすよ。バカでバカすぎるアタシはアンタが心底心配でーー」

斗南さんは区切るように、黙った。躊躇うように、そして意を決したように、、わたしの目を見ていた。


「…好きなンだよ」


零れんばかり目を見開いたその先に頬を赤らめて眉間に皺を寄せる斗南さんがいた。口元に手を当て、焦った顰めっ面で、わたしの手を握った斗南さんがいた。

「…うそ、」
「ウソぢゃない。マジ」

熱く火照った頬を冷たい風が撫ぜる。あれから、相当時間が立っているらしい、既に朱色は仄暗く、暗闇に向かっていた。それでもハッキリわかる程、斗南さんの顔は真っ赤だ。熟したリンゴのように真っ赤だった。そして、それに負けないぐらいわたしの顔も真っ赤に違いない。だって、こんなにも心臓が鳴ってる。毒々しいぐらい幸せな言葉が今も信じられていないというのに、身体は正直で熱湯をぶっ掛けたように、全身がドクドク、バクバク、ジンジンする。


何時の間にか強張ってしまった身体が傾く。おっと、という慌てた声と、受け止める腕がわたしの背へ回った。

「わたしも、、好き」

やっと言えた言葉は震えていた。斗南さんの胸元に顔を埋めたら、死んじゃうんぢゃないかって程に斗南さんの心臓がバクバク音を立てていた。きっと、それにも嬉しくなって、わたしは腕の中で斗南さんの制服を濡らす。









途方にくれてしまうよ



こんな幸せが訪れるなんて




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