太陽からの炎天下。カラッとした空気には似つかず優しい風。周りの談笑は遠く。埋めつくす人々の流れに、また一人。晴天が玲を痛いぐらいに追い詰めて行った。







大学生活は悪い意味で暇であった。玲は平坦な道のりを怠慢に身体を引きづり歩く。見知りの顔を見つけては適当な挨拶を繰り返してみる。変哲もないただの挨拶だった。どんなに、それが平凡でありきたりで、そして普通なのか、玲は身を持って知る。此処にはいきなり抱きついてくる奴も、いきなり攻撃してくる奴も、登場が一々ゴージャスな奴も、喧嘩売ってくる奴も、ギャグを飛ばす奴も、ーーー誰もいない。こんなの異常で、頭が可笑しい。このつまらない挨拶が当たり前なのが悲しくも玲をもうあの地にいない事を示す。


「っつか、あいつらどーしてんだろ。一年近く会ってないな」


玲は一番近いだろう紗枝にさえ一年近く会っていない。半年前に声を聞いただけだった。肉声はあるが、発達した機械越しのそれである。他の者たちが何処にどう歩んだかなんて把握はしていないが、紗枝だけは所在も在学中であることも知っていた。両極端な家の仕事と学業を天秤にかけて、日々奮闘をしている模様。些か時間を取らせるのは罰が悪い。


ま、仕方ないよな。気分はめっきり下降気味。懐かしく思う事がこんな淋しさを含ませるものなのか。前を見つめて歩いてきた玲にとって始めて意識した経験だった。


大通りに差し掛かり、直進して暫く行けばもう通う大学だ。きっと、何時もと同じ、勉学に励み、仲間内で会話し、所属するサークルに行って、淋しく帰宅するんだ。そう思っていた。そのはずだった…それなのに、、、

玲の前方に黒い車が停まった。何気無くそれを視界に入れて通り過ぎようとした時、

「オイオイ、神門。素通りっすか?辛気臭い顔しやがって」

声がした。窓が開かれ、突然現れた人物に驚き声が出ない。ーーえ、へ?なんで?来訪者如く、独特の口の悪さ。その背後、ーー助手席からぬっと、出てきた顔は今し方思い出していた人物。

「本当だ。お姉さんがいないからってそんな顔しないの。凄い変な顔」
「…久しぶりに会って悪口三昧かよ……。ってかなんで此処にいんだよ」
「なんでって、お迎えに決まってるぢゃない」

ーーいやいや、決まってるぢゃないって。そんな連絡も無ければ約束してたわけでもない。

「とりあえず、乗ってくンない?」
「は?今からだいーー」
「わかってるわよ!そんなの」
「え?」


狼狽える中、行き交う人々は一瞥していく。遠くで声がした。仲間内の一人だと、玲は理解する。一回そちらに視線を向ければ手を振り走り寄ってくる姿が見られた。玲にとって選択する必要も無かったが、些か急過ぎて脳が付いてこず、再度二人を見れば、呆れた顔と対峙した。

ーーなんで、こんな顔されんの?わかわかんねーよ

そう思いながらも、玲は嬉しくてしかたなかった。舞い上がりにも似た高揚だった。選択は決まってる。

「わりぃ、今日休むわー!!代返よろしく頼むっ」

素っ頓狂な声が聞こえたが、既にドアを開けた後だった。そしてそこに居る人物にまた狼狽する。

「遅いわ、神門さん。あなたが私を待たせる権利は今もないわ」
「神門さん、お久しぶりです」

天地と宮本だった。

「なななな、なんで?」
「ちょっと、静かにしてもらえるかしら?眠いのよ」
「いやいやいやいやいやっ」

早く急かされ後部座席に乗り込む。そうするや、否や、斗南はアクセルを踏んだ。急激な発進。おいっ、と思わず玲は慌てるが助手席に座る紗枝は呑気に「いえーい」とはしゃぐ。え?キャラ変?そう思わずにはいられない程、一年は長かった。わけでもなく、ただただ変わっていなかったのだ。乱暴な斗南も、悠長な天地も、「遠足ですね」と天然記念物もとい宮本も。


「さて、お次はネイルちゃんと暴食ワンコだな。で、どっち?」
「そこ、右。玲の大学と真逆」
「真逆かよ…」
「んぁ?紅愛とみのりも来んの?」
「当たり前でしょう。遠足は皆で行くものよ。あなた一年も離れると常識もわからなくなるのかしら」
「いや、待て待て!!お前らの常識は社会じゃ通用しない!」
「つまんない奴に成り下がったわね、神門さん。これを気に叩き直しましょう」
「お前も大概にしろよっ」
「神門さん、年上に対しては、さん付けでお願いします」
「案外、常識人だな!!」



「ツッコミ役いると楽ね」
「まちがいねーや。神門、お前が居ない間のあたしの苦労を考えろ。ファイト!」
「投げ出すな!!」

この会話は五分にも満たず。とても、疲れる。玲は既に朝から疲労感に見舞われた。深呼吸をし、少し冷静さを取り戻そうとした。そうして気付く。もう一人いないではないか、と。


「斗南」
「なンすかー?」
「あのバカは?」
「あいつなら、カイチョーさんの後ろの後ろ」
「はぁ?」
「煩いので口にガムテープを貼って荷物になってもらいました」
「ちょっと、可哀想なんですけどね」






「まぁ、いいか」
「そうね。それより、斗南さん、紅愛達拾ったら何処いくの?」
「決まってンだろ?海だよ、海!!夏は海っしょ?なぁ?カイチョーさん」
「素晴らしい!!!拍手をお送りするわ」
「…あぁ、、、ありがとさん」





「ってか水着なんて持ってんのか?」
「心配しないで、玲!あなたの水着ならお姉さんが持ってきたわ!!天地学園で使った水着を」
「スクール水着だろぅがぁぁ!!」
「文句言うなよ!アンタのビキニなんて見たくないし」
「こっちだってお前の水着なんてごめんだわっ!」
「そうですか?斗南さんってとても良いプロポーションだと思いますけど」
「何処ぞの奴らが発言するととてもではないけど聞くに耐えないというのに、静久が言うとすんなり受け止められるわ!こんな奇跡ないわね」
「あんたの奇跡もないだろ」



隣の小言も、前でのふざけた応援も、からかいも、此処にある懐かしいやり取りが一年間継続中のつまらない一日を全て掻っ攫っていく。玲は顔を顰めながらも、その声達を聞くたび和らぐような錯覚に襲われた。いや、錯覚ではないのだ。確かな感触。あぁ、後で仲間内にメールの一つでも入れておこうと思いながら、夢のような気分に浸っていた。






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