拝啓、未来の君へ
『……はぁぁ』
「いかがした、ナキ。ぬしらしからぬ深刻な顔よな」
「何かあったのか?言ってみろ」
『私の可愛い子供たちが、どこの馬の骨かも分からない女を彼女だって紹介してきたら…どんな顔で出迎えればいいんでしょう』
「聞いた俺がバカだった」
「ナキさーん、そんなの悩む暇あるならチビたちのお八つ代抑えない?毎月増えてるんだけど」
『まあ聞いて堅物男子!思春期忍者!私には死活問題なの!』
家計簿がよく似合う佐助くんと、エプロン姿に違和感のある片倉くん。そしてのんきにお茶を飲む刑部さんの前で、私は力なく突っ伏した
今は小さい我が子たち。しかし子どもの成長とはあっという間で、そのうちマセちゃう年頃になるんだろう悲劇だ
『梵とか真っ先に彼女できそう…将来ナキ殿の婿になる!て言ってくれてる弁丸くんにもいつか…』
「弁丸さまはそんなこと一言も言ってないからね」
「ヒヒッ、ぬしには小姑の気があったか。本人が選んだ相手よ、その目を疑うなど親として−…」
『佐吉くんが恋人連れてきたらどうします?』
「百の問いと千の試練にて佐吉に相応しい女かわれが見定める」
「テメェも小舅じゃねぇか」
「佐吉のためよ」
佐吉くんのためなら喧嘩ばかりの私と刑部さんも一致団結できる気がする
…まあ、確かに今はみんなピュアっこだから。お母さんとしてはその可愛いままで成長して欲し−…
「ナキちゃーんっ!!!大変だ大変だーっ!!!」
『ん?』
「ナキちゃん一大事だ−…ぶふぉあっ!!?」
「ナキっ事件ぞっ!!」
『うん、今まさに目の前で事件が起きかけたよね松寿くん』
「…宗兵衛、大丈夫か?」
階段をバタバタと駆け下りていた宗兵衛くんが、その後ろから現れた松寿くんに蹴り飛ばされ転がり落ちてきた
華麗に着地する松寿くんに対し、宗兵衛くんは顔から床にダイブ。この子が丈夫だから未遂だけど、次からはやめてあげてね
『で、事件って?』
「うむ。我と宗兵衛は先ほどまで書斎にいたのだが」
「そ、そうだっ!!庭で梵や弁丸たちが遊んでたんだけど、いきなり穴がボッカーンッて空いてさっ!!」
「弥三郎含め、チビ共がことごとく落ちていった」
・・・・・・・。
「さっ…佐吉ぃいぃいっ!!!!」
「え、ちょ、落ち着いて吉継っ!!話には続きが−…」
「退け宗兵衛っ!!梵天丸様っ!!!」
「え、な、弁丸様ーっ!!?」
『キヨと竹千代くんもっ!!?え、え、ちょ、…!』
「ナキちゃんも落ち着いてっ!!穴に落ちたけどすぐに出てきたんだ!大丈夫だよっ!!」
『え……はぁぁ、そっか、よかった…それを先に言いなよマセガキ』
「ぶ、無事か…ヒッ、肝が冷えたわ」
「貴様とナキにとっては無事とは言えぬだろうがな」
『ん?』
私と刑部さんにとっては…て、どういう意味かな?
まさか佐吉くんの可愛い顔に傷が…!と血の気が引くけど、苦笑いな宗兵衛くんを見るとそうではないらしい
「…這い出てきたチビたちが、チビたちじゃなかったんだよ」
『………はい?』
「己の目で確かめよ、ナキ」
「あ…」
『え…』
松寿くんが指さしたのは、巨大な穴が空いたという庭の方向
そこからこっちを見つめる、複数の“大きな”影があった。そのうちの一人と目が合う
すらりとしたその青年はアシンメトリーな髪の奥、まだ少年っぽさを残した目で私を見つめていた
見覚えはある、でも知らない男、なのに懐かしい。そんな彼が突然、
「ナキ…?」
私の名を呼び、ほろりと一筋の涙を零した。次の瞬間…
「ナキーっ!!!!」
『ぐはっ!!?』
「ナキちゃんっ!!?」
アシンメトリーな彼じゃなく、その隣にいた鋭い銀髪の男が私に突進してきたっ!!
思い切り押し倒された私が天井を見上げていると続けざま、また名前を叫ばれる
「ずるいぞ石田殿っ!!某も負けられぬっ!!ナキ殿ーっ!!!」
『ぐえっ!!?』
「ははっ真田は元気だな!じゃあワシも、ナキーっ!!」
『ぶえっ』
「OK!家康がいくってのにオレが遠慮する理由はねぇ、ナキっ!!」
『……………』
「うおおっ!!?こら独眼竜っ!!姉貴が潰れたんじゃねぇかっ!!?テメェら退けっ!!」
『ぐ、ぐは…』
私の上に折り重なっていた男たちが、次々にぽいぽい投げ捨てられていく
代わりに目の前に見えたのは大きな眼帯で左目を覆う大男。片手で軽々私を起こしてくれた彼は私を姉貴と呼んだが、こんな大きな弟はいない
「て、テメェら何者だっ!!?いつの間に庭に入ったっ!!」
「Ah?って、アンタ…小十郎か?」
「は?」
「む…うおおっ!!?さ、佐助っ!!何故そのように縮んでおるのだっ!!」
「へ?」
「ん?毛利っ!!?アンタもここにいたのかっ!!…半回りだけ小さくなったか?」
「………………」
「お、慶次じゃないかっ!!髪が短くなったな、気分転換か?」
「は、はは…」
「む……どうした刑部、何故、そのように不思議そうな目で私を見る?」
「ヒッ…まさか、だが」
まさか、みたいですよ
私たちを囲むこの男たち。それぞれが私たちを知っていて、私たちも彼らにあの面影を重ねる
もちろんこの騒ぎに乗り遅れ、未だ庭に立つ彼にもだ
『キヨ…?』
「っ!!!!?」
私の呼びかけに返事はなく、代わりに一層零れる涙が増えていく
そしてまた、必死に私の名を…
「よかった、まだ、ナキが生きてる…!」
待て、事情が変わった
20151116.
死亡フラグと共に続く