Σ-シグマ-2 | ナノ
幸福の隠し味


『…ごめんね勝家くん、せっかくお泊まりしてもらってるのに』

「いや、かまわない。貴女は自分の回復に努めてくれ」

『うん、そうする……うぇっ』

「っ…………」




気持ち悪そうに布団にくるまるナキさん。そんな彼女に付き添う佐吉と竹千代が、一生懸命その背をさすっている

熱を出した彼女が休む寝室。キヨと弁丸も入室を望んだが佐吉に追い出され、今は書斎で弥三郎に泣きついている


浅く荒い呼吸に彼女の重篤さがうかがえた。私に…何かできることはないのだろうか




『うん…勝家くん、梵は大丈夫、かな?今日は顔見てない』

「っ………梵、」

『あの子も心配性だから、平気って言ってあげてね』

「…ああ、了解した」




…そういえば、今日はやけに梵が大人しい

彼女が倒れた初日はキヨと共に騒ぎ、昨日の夜も片倉氏へ彼女の容態を問い質していたというのに




「…見てこよう」




佐吉と竹千代に向かって視線を送れば、彼女は任せろという風に敬礼を返された






 






「いやだっ!!ナキはもっと甘いのが好きだっ!!だから甘くするっ!!」

「ですから病人である今、ナキに味の判別はつきません。食べやすいよう薄味にするか、塩辛く…」

「いーやーだっ!!」

「…片倉氏、何をしている」

「ああ、悪いな柴田。梵天丸さまが味付けを譲ってくれず手をこまねいていた」

「味付け?」

「ナキに飯を作るんだっ!!好きなもん食えばすぐよくなるぜっ」

「ですから何度も言うように体力の落ちた人間には、それなりに合ったものが…!」

「………………」




台所から口論する声が聞こえ、何事だと覗けば向かい合い何か言い争う片倉氏と梵の姿

どちらかといえば梵が一方的に文句を言っていて…内容は今夜の夕食。どうやら梵は、彼女に料理を作りたいらしい




「いっつもこじゅうろの料理、見てるから平気だっ!!オレが作るっ」

「しかし…」

「だってナキの部屋には佐吉と竹千代が入れてくれねぇし、せんたくとかは佐助がやっちまうし…オレ、なにもできねぇじゃん…」

「……………」

「だから、ナキの好きなもんくらい作りたい…なぁこじゅうろったのむっ!!」

「…梵、私と共に作ろう」

「柴田っ!!?」

「私も、彼女に何かを返したいのだ。出会ったあの日…彼女が私に与えてくれたように」




梵の隣にしゃがみ込み彼の目線で話す。私にも手伝わせて欲しい、私も彼女に何かをしたいのだ

そう話す私に少しの間だけ固まった梵。しかし直ぐにパアッと笑顔になり、ババッと勢いをつけて隣を見上げる


そこには難しい顔をした片倉氏がいて、私と彼を見比べため息をついた




「はぁ…分かりました、お好きなように。料理はたしなむが、梵天丸さまはまだ幼い。頼むぞ柴田」

「ああ」

「任せろこじゅうろっ!!」

「梵天丸さま、貴方は頼まれる方ですから」






…頼まれるのは梵のはずだった














「勝家!それだと芯が残っちまうぞ、もっと小さく切れよ」

「すまない……」

「あ、それだと小さすぎ!にえたらぐじゃぐじゃになっちまうじゃねぇかっ」

「す、すまな……あ」

「かーつーいーえっ!!」

「分かった、テメェが不器用なのは分かった、一回包丁を置け」

「………すまない」



台に乗り柴田の手元を覗き込む梵天丸さまが、違う違うなっていない、と地団駄を踏んで怒っている

隣で俺も包丁さばきを見守るが…なるほど、どうやら柴田はろくに料理をしたことがないらしい


まばらに剥がれた芋の皮。口よりでかく切られた野菜を再度刻めば細切れに。その様を見て思い出すのは、今現在寝込んでいるこの家の主




「…ナキと似たようなもんだな」

「ナキさんと私が…似ている…!」

「いや、そこは喜ぶところじゃねぇ。梵天丸さまの切った人参を見ろ、これが手本だ」

「…後ですりつぶすけどな」

「梵天丸さま…!」

「うそっ!!ちゃんと食うっ!!人参も食うから怒るなこじゅうろっ!!」

「……はぁ」




自分の切った野菜を見つめ深くため息をつく柴田。この調子だと夜になっちまう

ちょうど今日は俺が夕餉当番なんだ。さっさと手伝っちまうのが早い…が、梵天丸さまも作る以上、そうすることもできない




「勝家っ!!もう一回だ、アンタならできるぞっ!!頑張れっ!!負けんなっ!!」

「梵天丸さま、そのような…」

「っ…ああ、すまない。次で終わりにする」

「………………」




梵天丸さまの応援に、気合いを入れ直した柴田は再び包丁を手に取る

その目は出会った日と同じく暗いが…どこを見つめているか分からない虚ろな目ではなかった。自分には無理だと諦めず、手元の野菜に向かい合っている


たかが料理ではあるが、その姿は俺にとって意外だった





「…頑張るな、テメェ」

「…この程度、彼女の足下にも及ばない。私はこれまで全てを諦めてきたのだから」

「………………」

「夢など恋など情熱など持てはしない…微動だにしない心だ。だが、あの日は、」

「初めて飯食いに来た日か。あのナキの料理を美味いと言ったからな、そりゃあ食えないわけじゃねぇが…」

「あれは特別だ」




勝家の手が、ピタリと止まる





「腹に入れば皆同じ…そう思っていた料理。だが生まれて初めて出来上がる過程に光が見えた」

「っ……………」

「彼女が作ってくれた。それだけで料理を口へ運び、噛み締め、たいらげるその瞬間までの価値が跳ね上がる」




だから、だからっと言葉を詰まらせる柴田に梵天丸さまは戸惑い気味だ

そして俺を見上げてくるから、そっと、人差し指を口元で立てる


梵天丸さま、この話はそうですね…騒ぐ佐助や茶化す宗兵衛、今熱にうなされているナキ本人には内緒にしてやってください





「彼女のもたらす全てがっ…私を、幸福にしようとしている。拒めない、拒みたくない」





ナキ、テメェはこいつがまだガキだから。その気持ちは若気の至りだと受け流そうとしてるよな





「だから私も…少しでも、彼女を幸福にできる男になりたい」




こいつはどうやら、テメェにとことん本気らしい


だからまぁ、どんなに歪な料理になっても笑って食べてやってくれ




20150529.



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