幸福の隠し味
『…ごめんね勝家くん、せっかくお泊まりしてもらってるのに』
「いや、かまわない。貴女は自分の回復に努めてくれ」
『うん、そうする……うぇっ』
「っ…………」
気持ち悪そうに布団にくるまるナキさん。そんな彼女に付き添う佐吉と竹千代が、一生懸命その背をさすっている
熱を出した彼女が休む寝室。キヨと弁丸も入室を望んだが佐吉に追い出され、今は書斎で弥三郎に泣きついている
浅く荒い呼吸に彼女の重篤さがうかがえた。私に…何かできることはないのだろうか
『うん…勝家くん、梵は大丈夫、かな?今日は顔見てない』
「っ………梵、」
『あの子も心配性だから、平気って言ってあげてね』
「…ああ、了解した」
…そういえば、今日はやけに梵が大人しい
彼女が倒れた初日はキヨと共に騒ぎ、昨日の夜も片倉氏へ彼女の容態を問い質していたというのに
「…見てこよう」
佐吉と竹千代に向かって視線を送れば、彼女は任せろという風に敬礼を返された
「いやだっ!!ナキはもっと甘いのが好きだっ!!だから甘くするっ!!」
「ですから病人である今、ナキに味の判別はつきません。食べやすいよう薄味にするか、塩辛く…」
「いーやーだっ!!」
「…片倉氏、何をしている」
「ああ、悪いな柴田。梵天丸さまが味付けを譲ってくれず手をこまねいていた」
「味付け?」
「ナキに飯を作るんだっ!!好きなもん食えばすぐよくなるぜっ」
「ですから何度も言うように体力の落ちた人間には、それなりに合ったものが…!」
「………………」
台所から口論する声が聞こえ、何事だと覗けば向かい合い何か言い争う片倉氏と梵の姿
どちらかといえば梵が一方的に文句を言っていて…内容は今夜の夕食。どうやら梵は、彼女に料理を作りたいらしい
「いっつもこじゅうろの料理、見てるから平気だっ!!オレが作るっ」
「しかし…」
「だってナキの部屋には佐吉と竹千代が入れてくれねぇし、せんたくとかは佐助がやっちまうし…オレ、なにもできねぇじゃん…」
「……………」
「だから、ナキの好きなもんくらい作りたい…なぁこじゅうろったのむっ!!」
「…梵、私と共に作ろう」
「柴田っ!!?」
「私も、彼女に何かを返したいのだ。出会ったあの日…彼女が私に与えてくれたように」
梵の隣にしゃがみ込み彼の目線で話す。私にも手伝わせて欲しい、私も彼女に何かをしたいのだ
そう話す私に少しの間だけ固まった梵。しかし直ぐにパアッと笑顔になり、ババッと勢いをつけて隣を見上げる
そこには難しい顔をした片倉氏がいて、私と彼を見比べため息をついた
「はぁ…分かりました、お好きなように。料理はたしなむが、梵天丸さまはまだ幼い。頼むぞ柴田」
「ああ」
「任せろこじゅうろっ!!」
「梵天丸さま、貴方は頼まれる方ですから」
…頼まれるのは梵のはずだった
「勝家!それだと芯が残っちまうぞ、もっと小さく切れよ」
「すまない……」
「あ、それだと小さすぎ!にえたらぐじゃぐじゃになっちまうじゃねぇかっ」
「す、すまな……あ」
「かーつーいーえっ!!」
「分かった、テメェが不器用なのは分かった、一回包丁を置け」
「………すまない」
台に乗り柴田の手元を覗き込む梵天丸さまが、違う違うなっていない、と地団駄を踏んで怒っている
隣で俺も包丁さばきを見守るが…なるほど、どうやら柴田はろくに料理をしたことがないらしい
まばらに剥がれた芋の皮。口よりでかく切られた野菜を再度刻めば細切れに。その様を見て思い出すのは、今現在寝込んでいるこの家の主
「…ナキと似たようなもんだな」
「ナキさんと私が…似ている…!」
「いや、そこは喜ぶところじゃねぇ。梵天丸さまの切った人参を見ろ、これが手本だ」
「…後ですりつぶすけどな」
「梵天丸さま…!」
「うそっ!!ちゃんと食うっ!!人参も食うから怒るなこじゅうろっ!!」
「……はぁ」
自分の切った野菜を見つめ深くため息をつく柴田。この調子だと夜になっちまう
ちょうど今日は俺が夕餉当番なんだ。さっさと手伝っちまうのが早い…が、梵天丸さまも作る以上、そうすることもできない
「勝家っ!!もう一回だ、アンタならできるぞっ!!頑張れっ!!負けんなっ!!」
「梵天丸さま、そのような…」
「っ…ああ、すまない。次で終わりにする」
「………………」
梵天丸さまの応援に、気合いを入れ直した柴田は再び包丁を手に取る
その目は出会った日と同じく暗いが…どこを見つめているか分からない虚ろな目ではなかった。自分には無理だと諦めず、手元の野菜に向かい合っている
たかが料理ではあるが、その姿は俺にとって意外だった
「…頑張るな、テメェ」
「…この程度、彼女の足下にも及ばない。私はこれまで全てを諦めてきたのだから」
「………………」
「夢など恋など情熱など持てはしない…微動だにしない心だ。だが、あの日は、」
「初めて飯食いに来た日か。あのナキの料理を美味いと言ったからな、そりゃあ食えないわけじゃねぇが…」
「あれは特別だ」
勝家の手が、ピタリと止まる
「腹に入れば皆同じ…そう思っていた料理。だが生まれて初めて出来上がる過程に光が見えた」
「っ……………」
「彼女が作ってくれた。それだけで料理を口へ運び、噛み締め、たいらげるその瞬間までの価値が跳ね上がる」
だから、だからっと言葉を詰まらせる柴田に梵天丸さまは戸惑い気味だ
そして俺を見上げてくるから、そっと、人差し指を口元で立てる
梵天丸さま、この話はそうですね…騒ぐ佐助や茶化す宗兵衛、今熱にうなされているナキ本人には内緒にしてやってください
「彼女のもたらす全てがっ…私を、幸福にしようとしている。拒めない、拒みたくない」
ナキ、テメェはこいつがまだガキだから。その気持ちは若気の至りだと受け流そうとしてるよな
「だから私も…少しでも、彼女を幸福にできる男になりたい」
こいつはどうやら、テメェにとことん本気らしい
だからまぁ、どんなに歪な料理になっても笑って食べてやってくれ
20150529.