蘇れ、黒歴史
「おう、ナキ!こっちだこっちっ!!」
『そんな大声出さなくても分かってるよ、えっと…あ゛ー…』
「…黒田だ」
『あ、そうそう黒田くんだ。隣が…えーっと、あ、後藤くん!』
「は、はいぃっ!!ナキ先輩、オレ様の名前ちゃんと覚えてっ…!」
「……………」
『風魔くんも早いね、前から遅刻ギリギリのイメージあったのに』
「……………」
仕事終わりの夕方。いつもなら我が子が待つ家にすぐ帰るんだけど、今日は駅前のレストランへ足を運ぶ
そこで待っていたのは、それぞれ特徴的な男三人。私が記憶からその多くを抹消している高校時代のクラスメートと後輩だ
「くそ、なんで風魔のことはちゃんと覚えてんだ…!」
「文句言わないでくださいよぉ官兵衛さん。今回は風魔先輩いなきゃ、ナキ先輩と連絡とれなかったんですから」
「そりゃそうだが…あ、ナキ。あの子供らは…大丈夫なのか?」
『ん?うん、ちょうど今、チビたちの面倒みてくれる子がお泊まりしてるから』
「そ、そうか…」
「…前に見たガキ共、本当にナキ先輩の子供なんですかねぇ」
「け、結婚指輪はしてないみたいだが…」
『今日はこのメンバーと、あと誰が来るの?』
「ああ…残りは雑賀と、かすがと上杉だな」
『……かすが?うえすぎ?』
…はて、誰だっただろうか
首を傾げる私に呆れたようなお三方。一番はじめに出た名前は確かに覚えてる、けど、それ以外は先生の名前すらまったく覚えていないんだ仕方ない
「いただろ?野球部のエースと、ツンデレマドンナっ!!」
『マドンナは雑賀さんでしょ?』
「いや、だから雑賀とかすがで二大マドンナ張ってて…」
「官兵衛さぁん、先輩に実物見てもらった方が早いですよ」
『え…』
ほら、と後藤くんが指差した先。そこには店員さんに案内されながらこっちに歩いてくる女性が二人…いや、男女?とにかく二人だ
胸元がガバリと開いた金髪の美女。その隣にはユニセックスな格好をした、これまた綺麗な人。彼女たちが高校時代の同級生の…
「久しぶりだな!相変わらず仲良く一緒か、お二人さん」
「ふんっ、お前も相変わらずな面だな黒田…ん?」
『……………』
「おや、ひさしいですね。あなたもかわらずのようす」
「はい、謙信様っ…相変わらずの仏頂面だな、ナキ」
『………………』
「…どうした?」
「いや、ナキの奴…小生らのことを綺麗さっぱり忘れちまってんだ」
「は?」
『はじめましてこんばんは』
ぺこりとお辞儀をすれば顔を見合わせる二人。今一度眺めてみても、うん、黒田くんと後藤くん同様思い出せない
「わ、忘れたって…!あんな濃い学生生活をどうやったら忘れるんだっ!?」
『いやあ、貴女みたいなギャルギャルした人と絡んでたら絶対に忘れないんすけどねおかしいな』
「嘘だろっ!?忘れたの嘘だろっ!?口はまったく変わってないな…!」
『いひゃいれす』
「ふふっ、そうでしょうか?そのひょうじょう…ずいぶんやわらかくなっている」
『へ?』
「あなたもそうおもうでしょう?」
「ああ、そうだな」
とんっ…
不意に背後から、私の肩に優しく手が乗る
そして聞こえた声は確かに覚えがあり、はっと視線を向ければ綺麗な指。それを辿っていけば真っ黒なスーツ、ゆるくウェーブの掛かった髪、そして…
「久しぶりだな小石。会いたかった」
『雑賀、さん…?』
私を見下ろしながら優しく微笑むのは、間違いなく親友の…雑賀さん、だった
「ふふっ、確かに上杉の言う通りだ。はじめは小石かどうか分からなかった」
「は?どう見ても小憎たらしいナキだろ。見ろ、この目」
「かすが、お前は昔から私の語る小石の可愛いところを全く理解してくれなかったな…」
「いや、お前の言う可愛いがどう聞いても男目線だったからな…!」
『……………』
「ん?どうした小石?」
『……さらに、たわわになっていらっしゃる』
「うん?」
私の視線が雑賀さんの胸元に集中していると気づき、かすがさんが頭をぱしんっと叩いてきた
いやいやいや、高校時代の雑賀さんもすでにマドンナとして完成されてたけど。たった数年でまた大人の色気を培ってた恐ろしいな
『ひ、久しぶり…雑賀さん』
「…先輩、なに緊張してんですかぁ?」
『いや、雑賀さんのことは全部覚えてるけど…こう、いざ会うとなんて話していいか分からなくて』
「かしこまらないでくれ、昔のままでいい。そうだな、我らも座るか」
「ええ」
「これで全員だな」
雑賀さんと上杉くん、かすがさんも席につき、今日のプチ同窓会が始まる
私の両隣には風魔くんと雑賀さん。この三人で並ぶのはやっぱり懐かしくて、チラリと二人をうかがえば同じことを考えていたらしい
「ふふっ、高校時代も三人でよく食事をしたな」
『雑賀さんがファミレスデビューしたの、高2だっけ?』
「ああ、そうだ。風魔はいつもパスタを頼んでいたな」
「……………」
『パスタメニューは網羅したぜ!って風に親指立てなくていいから未来の社長』
「お?やっぱり風魔は北条酒造の跡を継ぐのか?」
「……………」
もちろんだ、と手を振る風魔くん。そういえば高校卒業後、風魔くんは大学へ進学を決め、雑賀さんは実家を継ぐためにお父さんへ弟子入りをした
この前の様子だと黒田くんも社会人してて…後藤くんは今、大学生…かな?
「お前さんはあの織田貿易にいるんだよな?あまり良い噂は聞かんが、どうだ」
『ん?いやいや、そんな真っ黒じゃないよ。極めてグレー』
「ちょっと黒いんじゃないか…!大丈夫なのか?」
『平気だよ。破天荒な社長と極めてブラックな副社長、あと変態がいるけど』
「最後の変態が妙に危険度を増してるな」
『それでも私に合ってるからさ…うん、平気、楽しい』
「………………」
『……私の顔に何かついてるのかな皆々様』
そんな近況を話しながらメニューを見ていた私。ふと顔を上げるとみんなが私を眺めていて、え、何か変なこと言った?
「ふふっ、あなたのくちから…たのしいときくひがくるとは」
『え……いや、それは…うん、楽しいから』
「ははっ、お前さん、小生らといてもちっとも楽しそうな顔しなかったからな」
「そう言われると…お前は変わったな、謙信様の言う通り表情が柔らかくなった」
『……………』
そう改めて言われると気恥ずかしくて、私は再びメニューに視線を戻す
…高校時代を思い出したくなくて、無自覚に記憶の奥底へ隠した。黒田くんの言う通り、決して楽しくなかった日々
けど全部がそうだったのだろうか?雑賀さんと風魔くんだけじゃなく、かすがさんや上杉くん…黒田くんや後藤くんと過ごした日々はどうだった?
何故、私は忘れたかったのだろう。その理由さえ覚えていないけれど
「そうなると、お前を変えた存在に妬けてしまうな」
『……はい?』
「お前はまたそういうことを…まあ確かにあのナキを楽しませる奴がいる、それは気になるな」
「あぁー…そこ聞いちゃいますぅ?言わせちゃいますぅ?オレ様、事実受け止める準備できてないんですけどぉ…」
「しょ、小生はちゃんと今の幸せを願ってやるぞ…!」
「……………」
「な、なぜお前たちが沈んでいるんだ」
「これはこれは…なにかよからぬはなしがでるのでしょうか」
『私を変えた人か…そりゃあもちろん、可愛い可愛いっ…』
「ナキーっ!!!」
『………うん?』
…今、私の名前が呼ばれたような。ピタリと固まった私に対し、みんなの視線が今度は店の出入り口に向かう
そして再び私を呼ぶ声。隣の風魔くんが肩を叩いてくる、あ、彼も知ってる子だよね
「ナキっ!!いたっ!!」
『…や、やっぱり君だよね梵、どうしてここに…!』
「勝家と夕飯の買い物してた!そしたらナキが見えたから、なっ、勝家!」
「………………」
『おぅふ…!』
おつかれっ!!と笑う眼帯少年は間違いなく可愛い可愛い私の梵で、その隣には現在居候中の勝家くん
その勝家くんが何故か唇噛みしめて今にも泣き出しそうだから大変だ、え、ちょ、何事ですか
「っ……ナキさんが、知らぬ男と…食事を、していた…」
『は、はい?』
「会社関係者ではないっ…男とっ…っぅ…!」
『君が私の交友関係知ってることにも驚きだけど違うからっ!!いや、友達だけどそんなんじゃないから、大丈夫だよ勝家くんっ』
何故、私が修羅場的な言い訳をしてるのか分からないけど、勘違いしている勝家くんをなだめる
テーブルの方ではみんなが心配そうにこっちを見てるし、梵も不安そうになってきたし…!
『………あ、あはー』
どうしろと言うんですか
「…小石に弟はいたか?」
「いや、聞いたことはないが…あのおかっぱが連れている眼帯の子供は何だ?」
「…ナキ先輩のガキですよぉ」
「そうですか、かのじょのこ…」
「小石の息子か」
「なんだ、息子か」
・・・・・・・。
「………はい?」
「は?」
「え?」
「……………」
テーブルで風魔くんが、やれやれと手を上げているのが見えた
20150517.