金色サマエル
可愛い実には毒がある






「おっ!今日はいい風が吹いてるじゃねぇかっ」




上機嫌で繰り出した海は、生まれた時から俺の庭だ


吹き抜ける風に髪が乱れるが、それさえ今の俺には追い風にしか感じない


ここは俺の治める四国。釣り具を片手に城を抜け出し砂を蹴散らしながら潮風を浴びる

所々に立てた旗に描かれるのは七つ片喰…俺の島、そして俺の国って印だ




「へへっ、こんな日は海原に出たいがいかんせん。独りで行ったって楽しくないからな」





…跡を継ぎ国を治めるようになってどれぐらい経ったか。政も、戦も、それなりにこなしてきた

俺の後ろにはいつも野郎共がいる。そのさらに後ろには国の連中…そして目の前に立ち塞がる敵がいるのも燃えるってもんだ



…だが時々。いや、たまに?いやいや、最近よく思うことがある


後ろでも前でもなく例えば隣に…八重の潮風に乗せられて、いい伴侶が来ちゃくれないかと




「そう上手くいくとは思ってない、思ってないがなぁ…俺もそろそろ身を固め…いやいや!俺だってまだまだ!」




馬鹿みたいな自問自答してたらせっかくの釣り日和が湿気ちまう!と首を振って気分を変えることにした

やっぱり小舟でも出すか、そんなことを考え舟場へ足を向けた、その時…




「ん?」





波打ち際で何かが揺れていた


寄せては返すを繰り返すそれと一緒に、ゆらゆらと浮かぶのは人の長い髪だ。思わずドキリと驚き目線で辿る


砂浜に倒れているのは不思議な着物を着た…女だった

打ち上げられたように伏せた女は動かない




「…って、おいっ!!大丈夫かアンタっ!?」

『ぅっ……』

「っ!!!!!?」




ハッと我に返り抱き起こした女は僅かに呻き、そしてピクリと眉間にシワを寄せ反応を返す

海水で貼りついた髪から覗くその顔に…俺は再び固まった。いや、見とれたってやつだ




「っ、いやいやいやっ!!見てる場合じゃねぇっ!!しっかりしろ!」

『……………』

「っ、と、とにかく連れ帰るか…!」




抱き上げた女はその着物に海水をいっぱい含ませてるってのに、軽々と持ち上がりまた俺を驚かせた
















「アニキが…女を連れ帰った…だと…!?」

「おい、この場合は赤飯か?俺、作り方わかんねぇよ…」

「バカ野郎!そんな気を遣う前にさっさと二人きりにして差し上げ…」

「そんなんじゃねぇっ!!いいから水だ、水っ!!あと着替え持って来い!」

「は、はいっ!!」




俺の帰りを出迎えた野郎共は、女と一緒という事態にざわめき出す

だが俺の一喝とぐったりした女の様子に慌てて支度をする、が、なんせ男所帯だ。女への手厚い持て成しなんか知りもしない


慎重に、大切に、恐る恐る触れる様子は端からみたら滑稽だろうが…俺らにそんなこと考える余裕はなかったんだ




「み、見慣れない着物だ…どこかのお姫様が流れ着いたのか?」

「いや、こりゃあ南蛮人の着物じゃねぇか?えらく別嬪さんだし」

「いやいや、面は関係ないだろ!でもやっぱいいとこのお姫さ…」

「オメェら…ちっとはこのお嬢さんが無事に起きるか心配しやがれ」

「す、すんませんアニキ!」

「…………はぁ」




…女を運んだだけなのに、酷く疲れた気がする


布団に寝かされた女。さっきまでの苦しそうな表情はなく、ずいぶん穏やかに眠ってやがる

そんな女から少し離れた所に座り、頬杖をつきながら今一度その姿を確かめた



…野郎共の言う通り、南蛮人形みたいな顔だな。さっき微かに聞いた声もずいぶん可愛いもんだった

まぁ、言うならばかなりの別嬪さんだ。初見は見とれたし、今だってスゥッと寝息をたてる唇は小さくて可愛らしいなと−…




「っ、て、いやいやいや!まず心配しろ俺!何見てんだ俺!相手は怪我人だぞ俺っ!!」

「ア、アニキが必死に何かと葛藤してる…」

「しかし浜に流れ着いたんだ。何かしらに巻き込まれて逃げてきたのかも」

「っ…なんだと?」

「ほら近頃、丘で妙な教団が勢力伸ばしてるとか。その関係で南蛮人やその手の奴らの風当たりが強いって話で」

「このお嬢さんも逃げてるうちに流されたんじゃ…」

「……………」




俺は女が倒れていた場所を思い出す。そうだ、あの様子は間違いなく海に投げ出されたんだろう

追っ手から逃げていたとして相手は誰か。海といやぁアイツだが…




「…いや、相手が誰であろうとだ!知ったからには黙って見過ごせねぇな!」

「よっ流石はアニキっ!!」

「へへっよせよ!弱いもんを守ってやるのが国長ってもん…」

『……………』

「だ…ろ……?」

『……………』

「……………」

『……………』

「……………」





ふと目をやると布団の上にちょこんと座った女が、じっとこっちを見つめていた



…………………。




「って、うおおっ!!?」

「い、いいいつの間に起きてたんだっ!!?」

『……………』

「あ、だ、大丈夫か?どこか怪我してるとかねぇか?」

『……………』

「……………」




俺たちの質問にもきょとんとした表情のまま答えない女

あ、まさか言葉が通じてねぇとか…俺らを人攫いだと警戒してる、とか




「お、おい!どうすんだ、怯えてんじゃねぇか?」

「どうするって言われてもっ…あ、伊達っぽく話したらどうっすか?あの人、南蛮言葉混ざってるし!」

「そうだな!…って、喋れるかっ!!」

『……………』

「あ、安心しろ!この人!アニキが浜に流れ着いたアンタを助けてくれたんだ!」

「そうだ!アニキはここらを仕切る海賊だ、アンタを絶対に守ってくれるぜ!」

『かい…ぞ、く…?』

「っ………」




野郎共の言葉に、女がそっと視線を向けてくる

大きな目をくりっと揺らし、俺を見上げながら小さく首を傾げていく。呟いた声は微かだが、やはり耳触りがいい

そして女の綺麗で真っ直ぐな目が何故か気恥ずかしくて、俺はさっと顔を背けちまう。その時…





『……て…』

「ん?」

『キャプテーンっ!!!』

「うおぉおっ!!?」

「アニキーっ!!?」




次の瞬間、聞き覚えのない言葉を叫びながら女が俺に抱きついてきたっ!!

避けるだとか拒むだとかそんな考えまで至らず、女の小さな身体をそのまま受け止めちまう、あ、柔らかい




「って、いや、おま、な、なにっ…!」

『アナタが私の恩人なのですね!ハレルヤっ!!アナタとの出逢いに感謝を!』

「お、おおおうっ!!あの、いや、分かった、分かったから離れ…!」

『キャプテン、どうかアナタのお名前をお聞かせください!』

「きゃ、きゃぷ?いや、俺は長曾我部元親でっ…」

『チョーソカベっ!!モトチカっ!!ああ、なんて素敵なお名前なんでしょうっ!!』

「うぉおぁあっ!!?だ、だだだから離れろっ!!」




…もしこの女が間者なら、俺は正面からぶっ刺されていたことになる

だが女の手に刃物はなく、自由な両手は俺の首に回されぎゅうぎゅうと抱きついてくるから逆に困り者だ。いや悪い気はしねぇが、うん、いや…




「お、落ち着け!女が男に無闇に抱きつくなっ!!」

『ほんの挨拶ですキャプテン』

「挨拶っ!?あ、いや、そうだ名前!アンタの名前を聞いてねぇっ!!」

『ああ!これはなんてうっかりを!』




ここにきて女はようやく俺から身体を離す

数歩下がった女は座り直し、にっこりと綺麗に笑って頭を深々と下げた




『申し遅れました私、ジュリアと申します』

「ジュリア…」

『はい!キャプテン元親…恩人であるアナタへ、必ずや恩返し致します。アーメン』





潮風にのって運ばれたのは、毒を孕んだ鮮やかな実だった





20150102.
新連載ハレルヤ開幕

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