いつか卒業して、就職して、新しい家族ができて

最期の最期、幸せな人生だったと笑ってほしいだけだった




「又兵衛!真澄!ほら、お互いに挨拶だ」

『…………』

「…………」

「おいおいどうした、いつものやんちゃは何処いったんだ?これから一緒に暮らす家族だぞ?」

『……はじめ』

「……まして」




小さな身体の前で大きなリュックを盾代わりに抱えた真澄と、いつになく恐々した顔をする又兵衛が初めて会ったのは10年は前だ

真澄が氷の婆娑羅者だと分かったその日から、この子もうちの子になった。引っ越し先は小生の住む家。戸建てとはいえ…まぁ…住めば都と諦めてほしい

それより前に迎えていた又兵衛もそうだが、十分な説明もなく父ちゃん母ちゃんと引き離されたんだ。家がどうこうよりも、今後の暮らしに不安しかないだろう




『…かんべーさん、』

「大丈夫だぞ真澄、又兵衛もほら。ここじゃお前がお兄さんなんだから真澄を案内してやってくれ」

「お兄さん…?」

「ん?そういや同い年だったか…どうする2人とも、どっちがお兄さん、お姉さんになる?」

『私がお姉さん!!』
「オレがお兄さん!!」

「ぶっ…はははは!そうかそうか、どっちもお兄さんでお姉さんか!」




腹を抱えて笑う小生を睨みながら、出会って数分で2人は初の"きょうだい喧嘩"を始めた







バチンッ!!!!!




『うわぁぁぁん!!!』

「どうした真澄っ!?大丈夫かっ!?」

「あ……」

「っ………!!」




一緒に暮らし始めてから数日後

増えた洗濯物に四苦八苦していると大きな破裂音と同時に真澄の泣き声が聞こえ、急いで飛び込んだ部屋に2人はいた

叫ぶように泣く真澄と顔面蒼白で震える又兵衛…真澄の手や顔には軽いが確かに火傷があり、ああ、やっちまったと自分を責めた



「…すまん、真澄。又兵衛。小生がちゃんと説明してなかったな。ごめんな真澄、痛かっただろ」

「っ………!」

「又兵衛も大丈夫か?よしよし、そんな重傷じゃない。ちゃんと制御できて偉いぞ」

『いたぃ…いたい…なんで、又兵衛とケンカしてたら、バチンッて…』

「又兵衛も真澄や小生と一緒なんだよ。今のはカミナリさんだな」

『カミナリ…』




今よりもずっと力の制御がヘタクソだった又兵衛は、怒ると電気が漏れ出てしまっていた。まだ子どもだから仕方ない、それに小生は頑丈だからな多少感電したって平気だ

…だが真澄は違った。それを一番はじめに伝えなければならんのに、大変な失念のせいで2人を傷つけることになった




「とりあえず病院だな…真澄、自分で手を冷やせるか?又兵衛、すまんが留守番を…」

「あ…お、オレさまも行く…!」

「…そうか、そうだな!じゃあ真澄の顔を冷やすの手伝ってやってくれ。火傷って何科だったかな…」



少し落ち着いたのか、鼻をすすりながらも自力で氷を出して火傷部分を冷やしはじめた真澄。対する又兵衛は…ずっとずっと、顔を曇らせたままだった








『えーっ!?又兵衛だけズルい!私も道場行きたい!ねぇいいでしょ、かんべーさん!』

「はぁー?お前のよわっちい能力じゃあ道場なんて不要でしょう。それにかんべーさんの安月給で、2人分の習い事の金、出せるわけないだろ」

『た、たしかに!わがまま言ってごめんなさい!行ってらっしゃい又兵衛!』

「子どもが要らん心配するなーっ!!真澄も行くぞ真田道場!あそこの親父なら塾代も多少は融通が…大丈夫だ…たぶん…」




これは内緒だが、又兵衛からのたっての希望で"婆娑羅能力を制御する"ための習い事を始めることにした

もともと知り合いだった親父さんが営む道場。そこに通うことになった又兵衛と真澄。火傷もだいぶ治った真澄はワクワクと明るい表情だが、又兵衛はまだまだ本調子ではないようだ




「真田道場にも、確か同い年ぐらいの兄弟がいたと思うが…いいか、しっかり挨拶するんだぞ!」

『はーい!』

「…………はぁい」

「よしよし、さてと…おーい!真田昌幸殿はいるかー?!黒田だがー!?」




このご時世にインターフォンの無い門。そこに向かって声をかけると、しばらくして、親父さんとは違う可愛らしい大声が返ってきた




「お待ちくだされーっ!!今!開けますゆえ!」

「お?」

『え?』

「はぁ?」



ガッタン


そう大きな音を立てて開かれた門。その奥から現れたのは…




「父上もすぐ参ります!どうぞ中へ!」




これまた大きなリボンを着けた、可愛らしいお嬢さんだった







『えぇーっ?!幸村くん、男の子なのっ?!こんなに可愛いのに!』

「なっ…!?し、失礼な!僕は立派な男子です!真田昌幸のじなんです!」

『…………』

「う、うぅ…!」

「こらこら真澄、そんなじろじろ見てやるな。お嬢さ…幸村が困ってるだろ」

「ケケッ、これを期に、真澄ももう少しお嬢さんになれるといいですねぇ。能力セイギョより先に、幸村くんに可愛さのヒケツ教わったらどうです?」

「む…いえ!真澄どのこそ十分かわいらしい女の子だと思っ…いたっ?!なぜ!なぐるのですか又兵衛どの!」

「おっと?うちの小倅殿に迎えさせたのは正解だったかな。もうこんな仲良くなっちまって」

「おお、やっと来たか真田の親父さん!」



子どもらが戯れるその向こうから、やぁやぁと暢気に現れた男。今よりも多少髭が薄い気がする…この道場の主人、真田昌幸だ

婆娑羅者同士の顔見知り。古くからの知り合いではあるが、しっかり話をするのはその時が初めてだった。真澄、そして又兵衛を少しだけ眺めてふむと一言




「なるほどねェ…氷と雷、ずいぶん濃く出てるようだが」

「出てる?いや今は2人とも何も漏れ出たりは…んん?そもそも、氷と雷なんて説明まで親父さんにしていたか?」

「いやなに、長年の勘で言ったまでさ。さぁお嬢さん、お坊ちゃん。はじめまして、これからよろしく頼むよ」

『よろしくお願いします!』

「………よろしく」

「よしよし、良い挨拶だ。それじゃあもう一人、紹介しておこうかね。おーい!倅殿、少し顔を見せてくれ!」




コンコンッと道場の壁を小突きながら声をかける真田の親父さん。すると応っという返事と共に誰かがやって来る気配

又兵衛と真澄の隣で幸村が背筋を伸ばして座り直した。もしかしなくても、真田の親父のもう一人の息子だろう。真田の兄弟、その長兄の…







「何だろうか、親父殿」

「新しく道場に通う子たちが挨拶に来たんでな、ほら、顔見せくらいはしといた方がいい」

「道場の…では…」

「嗚呼、もちろん婆娑羅者さ。お嬢さん、お坊ちゃん。うちの倅で幸村の兄貴だ、こっちともよろしく頼むよ…おや?」

「真澄どの!又兵衛どの!こちら、僕の兄上の……真澄どの?」

「うっわ、でっか……真澄?」

「どうした、真澄?」

『……お、』

「「「お?」」」






王子さまだ……!



銀髪の大きな少年。ソイツが目の前に現れた瞬間、瞳をキラキラと輝かせた真澄が頬を真っ赤にしてそう呟いた

ああ、今思い返しても。アレは間違いなく、少女の初恋だっただろう





「お、王子…?」

『え、あ、いや、その…ごめんなさい…』

「なるほどなるほど…倅殿に目を付けるとはさすがはお嬢さん!そして、我が子ながらにくいねぇ」

「親父殿、からかわないでくれ…この子も困っている」

『っ…明石真澄です!あの、よろしくお願いします!』

「真澄か…ああ、よろしく頼む。俺は信ゆ…「後藤又兵衛でぇす!!!」

「お、応、よろし「黒田官兵衛だ!!!よろしくな!!!」

「はぁ、よろしく…」

「…お坊ちゃんはまだしも、保護者はちっと大人げないと思うがね」




心底楽しげにクックと笑う親父さんと、初対面の少女からの熱視線に戸惑う少年

そして不機嫌に唇を尖らせながら、それでも雷が漏れ出ないよう必死になっている又兵衛と、そんなもの知らんとばかりに同世代の友だちとの出会いに心踊らせるお嬢さんのようなお坊ちゃん


あとは…




『かんべーさん、かんべーさん』

「ん?なんだ?」

『この人たちもみんな、かんべーさんが言ってた私の家族?』

「……そうだな!家族さ!」

『…えへへ、そっか!』





父ちゃん母ちゃんと離れて以降、一番嬉しそうに笑う真澄

そうだ、この子が寂しくないように。大きくなっても困らないように。ずっとずっと楽しく過ごせるように。そのためにも、そのためには…













『あーーーっ!!惜しい!今の入ってたよね?!入ってたよね!』

「はぁ?こーれだから素人は!入ってないから点が付かなかったんだろぉがバーーーカ!」

「いやいや!今のは際どい!タイムを!今一度、審議をせねば納得できぬ!」

「…………」




あの慌ただしい出会いから10年…子育ても一段落と言うべきか、まだまだこれからと言うべきか。我が家に集まりテレビの前で、サッカーの試合を観ながら騒がしい幼馴染みトリオ


お転婆でおませさんだった真澄も、今じゃ家事もできるしっかり者の娘に成長した

又兵衛だって皮肉屋なのは変わらんが面倒見のいい兄貴分になったし、お嬢さんの面影は消えた幸村だって逞しい頼れる男だ


ああ、子供の成長は早いもんだな。昔のことを思い出しつつ、未だに外れたシュートにあーだこーだと言い合う3人に声をかけた




「おーい!そろそろ夕飯の時間だぞ」

『はーい!幸村君も食べてくよね?今日はカレーだよ〜』

「なんと!し、しかし宜しいのか…」

「なぁにが宜しいのか、だ、今さら過ぎるでしょうに。お前が食う分の米も炊いちゃってますから、断るならその前に言っといてくれますかねぇ」

「むぅ…では!お言葉に甘えて!」

『甘えちゃって〜』

「……ははっ、」




もともと年上ぶりたい真澄と又兵衛、根っからの弟気質だろう幸村が並ぶと本当に兄弟みたいだな

それでいて信之が混ざると3人とも弟妹っぽくなるのだから、しっかり甘え方も甘やかし方も身につけてくれているんだと嬉しく思うのは親心ってやつか





「…そうだな、そうだな今のまま…」






ずっとこのままで−…








「あーーーっ!!!見よ真澄!又兵衛殿!」

「んぁ?!なんだぁ急に大声出して」

「テレビに石田殿が!あそこに!あそこにっ!」

『え……あーっ!!ほんとだ三成君!』

「げぇ…!あの野郎、雑誌だけじゃなくてついにテレビデビューしやがったか…」





それは、サッカー番組の終わり。試合からどこかのスタジオに切り替わった時だった





『すっごい!サッカー選手と並んで座ってる…あ!コメントもしてる!きゃーっ!三成君がテレビで喋ったよ!』

「さすがは石田殿!…ん?しかし以前、テレビの仕事は断っていると言っていたような…石田殿の性格上、雑誌の仕事だけと思っていたが」

「あー……この前、伊達野郎から雑誌の表紙奪えなかったとかなんとか、真田が責めたせいですかねぇ」

『ああ…そんなこともあったね…タレント業してる政宗君に張り合うなら、テレビの露出も必要だもんね』

「なんとっ?!!そ、そそ某のせいかっ?!!すまぬ石田殿…!決して、決してそんなつもりは!!」

『あはは、まぁ三成君本人がやる気ならいいんじゃないかな。それに、三成君を起用するってことはテレビ局も婆娑羅者に−…』




ピッ

プツンッ−…




『あっ…!』

「っ−……!」

「むっ…!?」

「…………」





その談笑を止めるかのように、テレビの電源を切った

振り向く3人、どうしてだと咎めようとして…息をのんで押し黙る。視線が注がれる先にいるのは小生だ





「か、官兵衛ど…」

『幸村君、』

「っ…………!」

「…はぁ、真澄、真田、お前ら皿の準備しとけぇ…カレーはオレ様が温めとくからさぁ」

『……うん、』

「…承知した」




いつもは反抗的な態度をとる又兵衛さえ、こちらの顔を見た瞬間に頭を掻いて話題を変える。不安そうな幸村の背中を真澄が押して、3人は台所へと消えていった


…嗚呼、やっちまったな





「…大人げないな、まったく」





それでも、あの男が映ったテレビをもう一度つける気にはなれなかった











『…かんべーさん、』

「っ……真澄、」

『お風呂、先に又兵衛たちに入ってもらっていい?幸村君、お泊まりするって』

「ああ、かまわん…いや、真澄、」

『ん?』

「…さっきはすまなかったな。又兵衛と幸村にも、後で謝っとくよ」




味のよく分からなかった夕飯を終え、2階のベランダで頭を冷やしていると真澄がソッと声をかけてきた

それはいつも通りの真澄だが…いかんせん、さっきの自分の態度を振り返り、素直に謝罪をすればこの子は困ったように笑う




『ううん、官兵衛さんが三成君のことあまりよく思ってないのは知ってたのに。私たちもはしゃぎすぎちゃった』

「いや…三成のことは、そこまで嫌悪してるわけでは…だが、すまなかった」

『官兵衛さんは私たちのこと心配してくれてるんだもんね。大丈夫だよ、三成君、いい子だから』

「……………」

『ちゃんとお風呂、入ってから寝てね』





じゃあ、また明日


そう言って1階へ降りていく真澄を見送る。きっと、小生に言ってやりたいことはまだまだあったはずだ。誤解していると。三成は悪い男ではないと

…友人関係にまで口出ししてくるなと。家族ごっこをしている上に、そんなところまで縛り付けてくるなと。だが、駄目なんだよ






「……豊臣事務所、」





あの男の背後にいる連中

そいつらが、お前に近づいてきたのなら。いくら小生でも守りきれる自信がないのだから




20240130.



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