目覚
君は誰よりも熱心だった
私も同じ気持ちだから、そんなに必死にならなくてもいいんだよ
『ぅ…ん……って、臭っ!!?うえっ、なにっ……あれ?』
身体にまとわりつく枯れ草や埃の感触と、鼻につく獣っぽい臭い…そんな不快な感覚で目が覚めた私
あれ、ここはどこだろう?のそりと起き上がり辺りを見渡せば…そこは動物小屋のようだった
…………ん?
『あれ…私、トラックにひかれたんじゃ…?』
そうだ。私は道路に飛び出した“あの子”を追いかけ、そしてトラックにぶつかったはず
迫る鉄の塊に死を覚悟した。じゃあここは地獄?もしくは天国?それにしては臭いや感触がリアルだ
そして−…
「ぅ……」
『っ、え…?』
「ん…ナキ…さん…?」
『勝家くん…?』
私の隣から聞こえた低い呻き声。そして何かが動く気配に視線を向けると…そこには綺麗な男の子の姿
そう、勝家くんだ。私とあの子を追いかけるかたちで、同じく道路に飛び出した彼が隣に倒れていた
『あっ…!大丈夫、勝家くんっ!?どこも痛くない?』
「はい…ナキさん、ここはいったい…?」
『分からない…病院には見えないし。トラックにぶつかったにしては、どこも痛くないしね』
「トラック…そう、か…ではここはあの世ということになるのか」
『あの世…しんじゃったのかっ!!そりゃあ減速してない車にひかれたらそうなるよね…!』
「ああ、記憶は曖昧だが、確かに貴女はキヨを守ろうと…」
『あ…そうだキヨっ!!あの子はっ!?ここにいないってことは、つまり無事ってこと?』
「……はい、きっと」
まだ地獄か天国か定かじゃないけど、しんだはずの私の側にキヨはいない
トラックにぶつかる直前、確かにこの腕で抱き締めた彼。怪我はしてるかもしれないけど、命は助かったんだ
『よかったっ…きっとキヨは生きてる、よかった、本当によかった…!』
「ナキさん…」
『よかっ……って、よくないっ!!!』
「え?」
『勝家くんがいるじゃんっ!!うそ、勝家くん、まさか一緒に…!』
「そのようですね」
しれっと返事する勝家くんに対し、私はサーッと血の気が引いた。いや、ここがあの世なら今の私に血なんか流れてないけどね!
冗談はさておき、今の状況からして彼を巻き込んでしまったんだ。しなせてしまったかもしれないんだ。無関係な彼を、私のせいで
『どうしようっ…ごめんなさい、勝家くん…!』
「…貴女が自分を責める必要は微塵もない。貴女を追ったのは、私の勝手なのだから」
『でも私が飛び出さなかったら、こんなことにはっ…』
「いや、私がもっと早く貴女に追いついていたならば。貴女を押しのけ、独りで車道に飛び出していただろう」
『勝家くん…』
「どうか喜んで欲しい。キヨは助かった、私も彼が無事ならばそれでいい。そして何より−…」
『うん?』
ガシッ!!!
「ここが三途の岸辺というならば。これから先はナキさんと私、二人の世界を邪魔する者はいないのでは…!?」
『うん、そっか、君がそういう子だってことすっかり忘れてたよっ!!』
「貴女と共にあるならば、私にとって地獄の底も天国だ」
『しかも地獄は決定事項っ!!いや、まだしんだとは限らないから冷静になろうか勝家くん…!』
私の手をがっしりと握り、キラキラな目で見つめてくる勝家くん。そうだよ、一緒にあの世に行けるなんて彼が大好きなシチュエーションだ!
嬉しそうな彼を前に私はやっと冷静になれた。ごめん、まだ私、三途の川は渡れない
『とにかく外に出てみよう。ここは現実で、親切な誰かが私たちを運んでくれただけなのかもしれない』
「…トラックにひかれた人間を、病院でなく汚い小屋へ?」
『……前言撤回。危ない人間かもしれないから、早いとこ逃げようか』
今一度、自分たちの置かれた状況を整理する
ここは獣臭さの残る古い小屋。でも私たち以外生き物はおらず、捨てられた場所なのかもしれない
そして壁と屋根の隙間から見える外は森、みたい。森の中の小屋。ますます意味が分からない
『でも少なくとも、三途の岸辺じゃないようだね。よし勝家くん!行くよ!』
「ああ…では私が先に出よう。ナキさんは少し待ってから来てほしい」
『へ?いやいや、探るなら私が行くよ。レディファースト、レディファースト』
「いや、貴女は三歩後ろを歩いてくれ。何があっても私が守ってみせる」
『勝家くん…』
「くっ…三歩後ろ、男が必ず一度は言ってみたい言葉…!」
『…勝家くんってほんと、あと一歩足りない子だよね。どうせなら一緒に行こうか』
確かに彼は男だけど、仮にも私は保護者的立場だから
ここが戻れる場所なら彼を家族のもとに返さなきゃならない。私だって帰らなきゃ。家族のいる家に
ギィィ…
『…ほんとに森だ。近所にこんな場所あったっけ?』
「さあ…少なくとも町はなさそうだ。ナキさん、足元が滑りやすい。気をつけてくれ」
『うん、』
慎重に辺りを探りながら、私と勝家くんは小屋から出て森を歩き始めた
少し湿った地面と空を覆う木々。私たちのいた小屋以外に建物は見えず、薄暗いこの場所は肌寒かった
「鳥や虫すらいない…やはりここはこの世ではないか」
『無理やりあの世って決めつけないでほしいかな…!寒いって感覚はあるからまだ希望持てるよ』
「ああ…」
『可能性がある限り、私には君を親御さんに返す義務がある。身内をなくすのはつらいんだから』
「……………」
『明智部長だって君が帰らなきゃ心配するはずだし、きっと浅井先輩も−…』
「私はっ…」
『ん?』
「私は、他でもない貴女とっ…貴女と共にある場所なら例えっ…!」
ガサガサガサッ!!!
「っ、いたぞーっ!!!柴田勝家だっ!!!」
「っ−……!」
『へ?』
突然、静かな森に響いた私と勝家くん以外の人間の声
ハッと振り向いた先に現れたのは…刀のようなモノを構えた男だった。歴史ドラマでよく見る姿、そう、サムライだ
……侍?
『し、しかも今…君の名前を呼んだよね?知り合い?』
「いや…少なくとも私に、これほど時代錯誤な友人はいない」
『で、ですよねー…』
「よくものうのうと生き残ったな裏切り者め…!その首っ!!魔王への供物にしてくれるっ!!」
「魔王…閻魔のことだろうか?残念だが私は、閻魔に舌をくれてやれる程の悪行に覚えがない」
『ちょ、勝家くん冷静過ぎじゃないっ!?たぶん閻魔様と違うっ!!』
木々の間から入り込む僅かな太陽の光。それを浴びた刀はぎらりと輝き、真っ直ぐ勝家くんに向けられている
勝家くんが裏切り者?殺気立った男を前に、やっとおふざけじゃないと気づいた彼はそっと私の肩を押した
「未だ事態を理解しかねるが…ナキさん、貴女は逃げてくれ」
『はっ!!?勝家くんは…?』
「あの男の狙いは私らしい。きっと貴女を追いはしないだろう」
『それ聞いて逃げられるほど、割り切った性格じゃないんだけどっ…君も一緒に逃げようっ!!』
「しかしっ…!」
「問答無用っ!!そこの女もろとも斬り捨てるっ!!」
『っ……!』
「ナキさんっ!!!」
いったい何が起きたのか分からないまま、目の前の男が刀を掲げ走ってきた
私の前に飛び出した勝家くん、そんな彼をなんとか後ろに引っ張ろうと手を伸ばす私。どちらか、あるいは両方の命の危機が迫っている
その時−…
ザザッ!!!
「させるものかっ!!!」
「ぐあっ!!?」
「っ!!!!?」
『へ…?』
「ふう…危機一髪だな!無事か勝家っ!?それがしが来たからにはもう安心だっ!!」
ぶわりと視界の端から端まで走った炎。次の瞬間には私たちの目の前に、傷だらけの逞しい背中があった
飛び込みざまのたった一撃で、サムライを吹き飛ばした別の男
彼もまた勝家くんの名を呼んだかと思えば、安心しろと笑いかけてくる。殺気じゃない、安堵を含んで
「さあ他の追っ手が来る前に逃げるぞっ!!森の中じゃ満足に槍も振るえんっ!!」
「あ、あのっ…」
「ほら急げっ!!そっちの女子も走れるなっ!?」
『う、っす…!』
「よしっ!!他の連中は“まつ”が足止めしてくれている、今のうちだっ!!」
『ま、まつ…?』
「ん?おお、そうか!勝家はまだしもお前には自己紹介せねばな!怪しい者じゃないっ」
怪しい者じゃないと言う半裸の男は、私と勝家くんを急かして走らせながら自己紹介を始める
勝家くんを知っている彼。私たちを助けてくれる彼。“まつ”というこれまた知らない名前
そして、彼こそは−…
「それがしは前田利家っ!!もう一度言おう、それがしが来たからには安心だっ!!」
前田さんちのお殿様だった
20170515.
キミと巡る戦国時代