「……………」
『……………』
「……………」
『……………』
「猿飛、ゆのがしんで…」
「あーそれ?慣れない掃除をしようとして、途中で力尽きて倒れてるだけだから大丈夫っ」
「…掃除に慣れる慣れないがあるのか?」
「ゆのだからねー、料理はたまにしても掃除だけは…よし、完了!じゃあゴミ捨てたら買い物行ってくるねゆのっ」
『……行ってらっしゃい』
「・・・・・・」
ゆのが途中放棄した掃除を手際良く片付け、猿飛はゴミの入った袋を抱えて家を出て行った
それをうつ伏せたまま見送り、再びパタリと動きを止めたゆの。その姿はさながら、力尽きた旅人のようだ
「…貴様の怠惰にはもはや言葉もない。片付けも満足にできないのか」
『うん…片付けだけは、無理。あと洗濯も無理。料理は何故だかできるんだよね』
「己の腹を満たせるからな」
『あ、なるほど。石田君って頭いいね』
「貴様の頭が足りないだけだ」
いいかげん起きろ、そう言えばゆのはうつ伏せから仰向けにごろんと態勢を変える
じっと私を見上げてくるので何だと問えば、起こして欲しいらしい。自力で起き上がれ
『石田君ならそう言うと思ったよ、よいしょっ』
「ふんっ…貴様を甘やかすのは猿だけで十分だ」
『それも自覚してます、はい』
「……………」
『……………』
「…何故、掃除などしようとした。貴様がせずとも頼まずとも、猿飛が勝手にするだろう」
掃除ができないと自覚している女が、それでも力尽きるまで動いた
気まぐれではあるが無理をする女ではない。何を考え、何のための掃除だったのか
気怠げに起き上がったゆのは、私の問いに少しだけ考える素振りを見せた。それは言うか言うまいか悩んでいる様子
そして…
『…一応、できるようになろうと思って』
「は?」
『掃除くらいできるようにならないといけない、て思ったから。結局できなかったけど』
うーんとマヌケな声で唸りながら、ゆのが腕を伸ばせばパキパキと音がした
…ゆのは本気で掃除をするつもりだったらしい。理由はできないから、できるようになりたかった…と
そして起き上がったものの、未だ座り込んだままのゆのは床を撫でるように指を滑らせる。その動きを眺め、私はいつの間にか女の前に座っていた
『前までは気にしてなかったんだけど…最近はほら、石田君たちと一緒にいるから』
「…誰かが言ったのか、掃除ぐらいしろと」
『ううん、誰も言ってないけど私が気になるの。人目が気になるんだよね』
「……………」
そう言ってへらりと笑ったゆの。人目が気になると言いつつ、先ほどから私の目は見ていない
誰も咎めていないのに、責められているような気持ちになるのか。そうやってゆのを焦らせていたのは、どうやら私たちらしい
「…貴様が他人の顔色をうかがうとは意外だな」
『そりゃ私も一人前に、可憐な乙女だからさ』
「………………」
『わー、石田君の目が冷たい。調子に乗ってごめんね、でも気にするタイプなんだよ』
「何故だ?」
『何故ってそりゃ…佐助は、ダメな私が好きだから』
「っ…………」
『でも私含め、佐助以外はダメな私が嫌いだから。進んで嫌われたい人なんていないでしょ?』
だから人目を気にするのだという、が、にわかには信じがたい
この時代に疎い私たちでさえも分かる程、外出時のゆのの姿は…あれだ。もう少し気を遣ってもいいと思う
そうでありながら嫌われたくないとは、ますます理解しがたい
『他の人とは違うから』
「っ………」
『はじめこそ、大勢で暮らすのはつらかったし…息苦しい時もあった、だけど…』
すうっと息を吸いながら、再び床を撫で始めるゆの。その指がピタリと止まり、次はふうっと息を吐き出した
深く深く、呼吸を繰り返す
「…今は、違うのか」
『うん、もちろん。今はみんなが、石田君がいるから少しだけ“普通”に暮らせてる気がする』
「……………」
『君がいてくれて、やっと息が出来る』
「…大袈裟なことを言う女だ。私…たちがいなくとも、勝手に生きるのだろう?」
『分からない…考えたくない、て、思う。考えられないじゃなくて、考えたくない』
「……本当に、貴様は勝手だ」
そうぼやきながらも私は、未だ視線を寄越さないゆのを見つめ続けていた
目を離した隙に、女はどこかに沈んでしまうような気がしたから。そして二度と浮かび上がらない。深い底で漂い続ける
『…石田君、』
「……………」
『私を嫌いにならないでね。掃除とか洗濯も、できるだけ頑張ってみるから』
「……そうか」
そう言う貴様は、私を………いいや、何でもない
それを問いかけても女は、逃げるように沈んでしまいそうだった
20160820.
『君がいてくれて、やっと息が出来る』
独断でお相手は三成になりました…!互いに特別だとは思ってる
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