夏の風物詩はいかが



「はぁ…今日も暑いわねぇ。もう少しどうにかならないかしら」

「我慢しろマリア。心頭滅却すれば火もまた涼し、だ」

「直虎は本人がすでに熱いものね…だけど、こうも暑いと仕事に支障が出るわよ」

『……………』

「ほら、ゆのも屍みたい」

「だ、大丈夫かゆの?」

『暑い…無理…暑いの無理…溶ける…むしろ溶けて水になりたい…』

「重症だな」

「夏はゆのの天敵ね」




暑い、暑い、動きたくない…棺って涼しいのかな、なら屍になりたい。そう呟いたら直虎に、軽く頭を叩かれた


夏も本番に突入。我が社ではクールビズを全面に押し出し、例に漏れず節電を心掛けろとの指示が出ていた

…個人的には少しくらい緩和してもいいと思う。まあ外回りに向かう片倉さんを思うと、室内業務な私たちはマシかもしれない




『家のクーラーも調子悪くて…しばらく掃除してないから効きも悪いの』

「いや、そこは掃除しろ」

「ゆのがするわけないじゃない。次の休日、幼なじみ君に頼むことね」

『はーい…』

「そこは幼なじみ君に任せるとして…貴女、落ち武者に憑かれているでしょう?」

『あ…そういやそんな設定だったような』

「その彼に涼しくしてもらえば?イケメンなら悪くないじゃないっ」

「ば、馬鹿を言うなっ!!ダメだゆのっ!!落ち武者なんぞに頼まずとも私が涼しくしてやるっ!!」

『いや、直虎には難しい気がする…』





でも、涼しく…涼しくしてもらう、か

確かに彼は見た目がかなり涼しいし、暑さにも弱そうだから何か裏技を持っているかも




『じゃあ、帰ったら聞いてみようかな』























「…涼しくしてくれ?」

『うん、石田君に涼しくして欲しいと思って』

「……暑さで頭をやられたか。少し横になるといい」

『本気で心配しないで、大丈夫、いつも通りだから』





家に帰ると広めの庭で鍛錬する石田君と出くわした

もとの時代に帰れない今も日々鍛錬は欠かさない彼。たまに幸村君やサビ助先生と真剣勝負をして半兵衛様に叱られている


それはさておき、素振りの間も涼しい顔は崩さない石田君。さすが落ち武者だね




「…猿に冷たいものでも作らせればいい」

『それはそうするとして、ただぼーっとしてる間にも涼みたいの』

「む……涼む、か…」

『こんな無茶ぶりも真剣に考えてくれる石田君は素敵だと思うよ』

「茶化すな。しかし、私は涼むなど考えたこともない…夏は暑い、冬は寒い、それだけだ」

『季節をそのまま楽しむ感じかな。じゃあ夏とか何してるの?』

「……………」

『……………』

「……………」

『……そっかー、石田君も夏らしいことは満喫してないのかー』

「貴様と一緒にするなっ!!私は季節を問わず鍛錬に励んでいるのであって惰眠を貪っているわけではない…!」

『お、おお…難しい言葉たたみかけて説教しないで。私の理解が追いつかない…』




でもでも、とりあえず石田君は季節を満喫したことが少ないようだ

食べ物だとかお祭りで夏を感じたことはあるだろう。じゃあそれとは違う、夏の風物詩を…





『…よし、石田君っ』

「…何だ」

『明日、一緒にお昼寝しよう』

「…………は?」














ミーンッ…

ミーンッ…

ミーンッ…




「……昼寝のどこが夏の風物詩なのだ」

『それを昼寝の準備が整った段階で聞いてくる石田君、ナイスノリツッコミ』




開きっぱなしの窓から聞こえる蝉の声。扇風機が首を振る音と使い古しのタオルケット

自分たちの枕を2つ並べ準備が整った段階で、石田君はようやく怪訝に顔を歪めた。そう、一緒にお昼寝しよう




「馬鹿を言うな。何故、貴様と昼寝をしなければならない」

『昼寝に理由なんて要らないよ。ほらほら、石田君も夏を満喫しよう』

「だから、これの何処が夏の…!」

『あれ』

「は?」





チリーンッ……





『ほら、風鈴』

「………………」

『音がすごく涼しいよねー…チリンチリンッて。ほんと子守歌だよ』




石田君と一緒に見上げた窓には、押し入れの奥から引っ張り出してきた風鈴が吊してある

元学生寮な我が家の周りに建物は少ない。何の障害物にも邪魔されない風が窓から吹き込み、リンリンと風鈴を揺らしていた


これだよこれ、夏の風物詩。ムシムシとした夏の暑さに涼は扇風機と自然の風。ああ、夏だなって




『もしもの時に備えて枕元に飲み物も用意したし、よし、さあ夢の中へ…』

「行くかっ!!昼寝をするなら一人でしろっ!!」

『んんー…じゃあ、サビ助先生に声かけてみ…』

「許可しないっ!!!」

『じゃあ石田君、』

「ぐっ…!い、いいかっ!!私は横になるだけだっ!!千利休がまた侵入せぬよう見張るだけだっ!!だけだっ!!!」

『…サビ助先生が絡むとムキになるよね石田君。いいよいいよ、一緒に聴覚で夏を楽しもう』

「……………」




ごろんと横になった私の側から枕を離し、微妙な距離で仰向けになる石田君

お互い言葉を交わすことはなく、風鈴のチリンチリンという音がよく響く。そして首振りの扇風機の風が、私たちの間を繋いでいた




『蝉も夕方になれば落ち着くかな…昔はよく蝉採りしてたけど』

「…ゆのがか」

『うん、そう。佐助と一緒に。鳴き声で種類も当てられるよ』

「役に立たん特技だ」

『……確かに。あ、でも、そーめんの種類も当てられるよ。夏場の相棒だから』

「それは貴様らしいな」

『やったー褒められた』

「褒めてはいない」





…そんなダラダラとした会話もやっぱりそのうち途切れる

だんだん眠くなってきた私の隣で、石田君はただ真っ直ぐ天井を見上げていた。本当に寝る気はないらしい




『…石田君、寝ていい?』

「勝手にしろ」

『うん、じゃあ、寝る…佐助が来たら起こすか…見つかる前に部屋から逃げてね』

「…そう思うならばはじめから、私を昼寝に誘うな」

『ん……そうだね』

「……………」

『……………』

「…………はぁ」





窓の外では五月蠅く蝉が鳴く。寝苦しいはずの暑さ。それなのに隣のゆのは、寝ると宣言し数秒で落ちた

これも特技なのかもしれない。そんなことを考えながら、ずっと天井を睨んでいた目を隣に向けると…





「…何故、背中を向けているのだ貴様は」

『……………』

「…私は、何を見ようとしていた」




私に背中を向けて眠るゆのに何故か腹が立ち、再び視線を天井へと戻す

その視界の隅に映り込む風鈴。赤い鮮やかな金魚が描かれたそれは、絶えず風に吹かれリンリンと鳴いていた


ゆのはこれが風流だという





「…確かに涼しげだ。夜になれば一層な」

『………………』

「ふん…貴様の怠惰は気に入らんが、この昼寝は存外悪くな−…」

『……………』

「っ!!!!?」





無意識に、再度ゆのへ視線を向けると…いつの間にか私の方へ顔を向けていたゆの

それは先程よりも近くにあり、よほど大きな寝返りを打ったのだろう思わず息が止まった…気がする


すーすーと寝息をたてるゆのの額にはうっすらと汗。そこまでして昼寝をしたいのか、貴様





「…やはり馬鹿だな」





風を吹かすカラクリの首を掴み、ゆのに向けてやった






20160802.
結局三成も寝落ち、佐助に見つかるor半兵衛に見つかる


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