子犬わらいました



あっという間に大きくなる





「…というわけで利休大先生。台所は俺と義輝に任せて、ゆのちゃんをお願い」

「おう、任せろ風来坊…ほら、ワビ助が顔拭けってよ」

「うぅ…ありがとう」




よく分からないタレを頭から被った彼に布を手渡せば、ゴシゴシと拭き取りまた台所へ消えていった


そして僕…いや、今はサビ助の傍らには満足げに座る小さなゆのさん

台所で大暴れしたため立ち入り禁止となったようだ。いえ、貴女が満足なら何よりです




「ゆの、すぐ飯はできるから大人しく待ってろよ」

『やーだっ!!』

「ぐっ…!」

「ゆの君、ご飯ができるまで大人しくできるよね?」

『はーいっ!!』

「なんで竹中の言うことは素直に聞くんだよ…!」

「元親君からは子ども嫌いの気が滲み出ているからね。僕は好きだよ、素直な良い子に限ってだけど」

「…それは恐らく子ども嫌いというやつよ」

「チッ、だったらここにいるほとんどが子ども嫌いだろうがっ」




小さなゆのさんに拒否されて、ふてくされ気味な西海の鬼

…確かに。台所にいるお二人以外は、あまり子どもは好きそうにない

あの若虎様までも、今のゆのさんには近づかないようだ




「ぐぐぐっ…!某、よく加減を知らぬと言われるゆえ。か弱き幼子に怪我をさせてしまうと思うと…!」

「ぁあ゛?小さくなってもゆのだぜ、ほら、少しぐらい叩いても平気だ」

『あうちっ』

「なっ、り、利休殿っ!!女子を殴るなど何事だっ!!?」

「こんな時は女扱いかよ。加減はしてるっての!ほらほらっ」

「さ、サビ助っ!!その辺にしないと…!」

「千利休ぅうぅうっ!!いい加減にしろっ!!」

「三成様が怒り出すだろ!」

「忠告がおせぇぞワビ助!」




ゆのさんの頭をポンポンポンポン叩くサビ助に対し、やはりだが怒り出した三成様が掴みかかってくる

それを見たゆのさんは傍らでキャッキャと笑い手を叩く…お、お気に召したならなによりです




「あーもう!また喧嘩してるじゃないかっほらほら、朝ご飯できたから集まって!」

「…貴様、存外その役が似合っているではないか」

「毛利はまた他人事だと思って…!だからってもう台所には立たないからな!それに作ったのは義輝だし」

「さあ食え朋よっ!!れしぴとやらを見たからな、味は保証しようっ」

「それは期待できるね。さあ喧嘩はそこまでだ三成君、利休君」

「ほれ、ゆのも早く席に着け」

『はーいっ』

「む…?」

「って、どこ座ってんだゆのちゃんっ!!?」




台所から戻った二人の手には、朝食の乗った皿。何故か様になっている彼が号令をかければ、皆が机に集まってくる

そしてお腹のすいたゆのさんは…




「何故、刑部の膝に座っているっ!!?」

『ないす、ひざっ!!べすとひざっ!!』

「…ゆの君のお気に入りだからね、大谷君の膝って」

「……………」

「おい、大谷が固まってるぞ」

「放っておけ」




…お気に入りだとしても、いきなり膝に座るだろうか


行儀良く膝に乗るゆのさん。三成様は相手が刑部様だからか、なかなか強く言えずオロオロとしている

半兵衛様は笑いを堪え、他の皆も困った顔か知らんぷり…サビ助は自分の膝を叩き呼んでいるみたいだが、ゆのさんは見向きもしなかった




「…これ、ゆのよ。膝に座られてはわれが飯を食えぬ」

『じゃあ、ゆのがあーんってする?』

「あーんは止めよ、三成が泣く」

「誰が泣くかっ!!刑部の膝から降りろゆのっ!!」

『やーだっ』

「降りろっ!!!」

『やだやだっ!!』

「〜〜っ!!!」

「い、石田殿、これ以上怒鳴ってはゆの殿が泣いてしまう!」

「ぐっ…!」

『うーっ…!』




三成様が怒るからか、幼いゆのさんはガッシリと膝に掻きつき離れようとしない

むしろ唇を噛み締め意地を張っているようだ


ああ、幼くてもゆのさんだな。本人に自覚は無くとも、周囲は貴女に乱される




「ったく、ゆのにも困ったもんだな」

「…サビ助、変わってもいいか?」

「あ?」

「僕も、ゆのさんと話をしてみたいんだ」

「……好きにしろ」

「……ありがとう」

『んんー?』

「さて…」




サビ助と入れ替わり、このゆのさんの前に初めて姿を現す

雰囲気の変わった僕を前に、パチパチと瞬きするゆのさん。単なる驚きであっても、少しだけ、警戒を解いてくれたみたいだ




『…はじめまして?』

「はじめまして、ゆのさん。さあ、朝ご飯の時間ですよ」

『うん……怒らない?』

「怒らないから、刑部様のお膝から降りましょうか」

『………やだ?』

「それは困りました」




困りました、と言いながらもゆのさんと目を合わせ笑いかける

それに少しだけたじろぎ、助けを求めるように彼女は辺りを見渡した


僕たちは知っていますよ。貴女が押しに弱くて…




「ゆのさんは、良い子ですからね」

『う゛……い、いい子?』

「良い子ですよ」

『いい子…』

「良い子です」

『……………』

「……………」

『…うん、良い子っ!!』

「はい、良い子」




ゆのさんは、長く考えるのが大の苦手なのだから




「…では、われの膝から退いてくれるか」

『うん、いい子だからっ!!』

「ふふっ、本当にゆの君は良い子だね」

『いい子っ!!』

「ゆの殿はまことに良い子でござるっ!!」

『いい子ーっ!!』

「……………」

「…毛利、納得いかねぇって顔だな」

「解せぬ。単なる甘やかしではないか」

「あ、はは…きっと褒めたら伸びる子なんだよ、ゆのちゃんは」





はい、きっとそうなんでしょう。現に今は素直に膝から離れて…僕の隣にちょこんと座った

素直なゆのさんはニコニコ笑いながら僕を見上げる。そんな彼女と同じくらい素直なのは…





「…おいワビ助、結局石田が御前を睨んでるじゃねぇか」

「あ、ああ…ゆのさんに懐かれてしまったからかな」

「…それはそれで面倒くせぇぞ」

「知ってる…」





僕に伝わるのもお構いなしで、感情をぶつけてくる三成様

でもそれは、存外嫌いな感情じゃないから。困ったものですねとまた、僕はゆのさんに笑いかけた






20160701.
終わり


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