狂犬は散歩好き



※本編27-28話の利休目線



この世は無情だらけとして

浮き世から離れた妙な女を、己たちはどう見るのだろう






「……はぁぁ、」

「なんだワビ助、ため息なんかついちまって。飯が口に合わなかったか?」

「…そんな贅沢を言うわけないだろうサビ助、違う」

「じゃあアレか。石田の野郎と同じ屋根の下で暮らすのが嫌なのか?」

「それはお前だろう…違う」

「あー…じゃあ唯一の女が、あんな色気もねぇ年増なのが不満ってか」

「サビ助、そろそろ怒るぞ」

「ヒャハハッ!!どれも事実じゃあねぇか。せっかく未来とやらに飛ばされたってのによ」




己とワビ助以外、誰の声も聞こえないヘンピな場所。ここが引っ越しと共に、己たちに割り当てられた部屋だった

誰の部屋とも隣り合わねぇ。隔離されたようなこの部屋に入るよう指示してきたのは、他人に無関心そうなあの女だ




「僕が三成様たちの側で暮らせるはずがないんだ、それはサビ助も分かるだろ?」

「はっ…御前に覗かれちゃまずい感情があるってことじゃねぇか。あの女の性根もどうだかなっ」

「か、彼女を悪く言うのはよせサビ助っ…決して悪い人じゃない」

「現に今、こんな扱い受けといてまだそんなこと言えるのかよ」

「だからこれはっ…!これは…僕だから…」

「………………」

「いいんだ、僕は…あの日、ゆのさんが迎えに来てくれただけで十分だ」

「…甘いな、御前は」




あの木の下で倒れた女。その女を助けたはずのワビ助は、石田によって家を追い出された

そして再びワビ助を迎えに来たのもあの女だ。己もちゃんと覚えてるさ




「だが、」

「もう止めてくれサビ助っ…あまり考えたくないんだ」

「あ?」

「お前が言うように、彼女も僕を忌み嫌っていたら…そう考えるのは、つらい」

「……………」

「この部屋に僕らを置いた真意を聞きたくないんだ…サビ助、」




分かってくれ、


そう呟いたワビ助が、徐々に薄まっていくのが分かる。その代わりに、この一つの器の中で己が濃くなっていくのも

そしてそれは、あっという間に入れ替わる




「…勝手に引っ込んでんじゃねぇよ、ワビ助」





…だが御前が聞きたくねぇってなら、己が代わりに聞いてやる


あの女の化けの皮、剥がしてやろうじゃねぇか









ガチャンッ





「よっ、と…不用心な女だな。鍵も閉めちゃいねぇのか」




薄い壁の向こうから、虫の鳴き声だけが聞こえる夜更け。己はこっそりあの女の部屋に忍び込む

不用心なのか誘い込んでんのか…まぁ前者だな。あの女に誘われる物好きなんていやしねぇよ




「あー…けどあの猿と、石田の野郎は別か。いや、将軍もコイツを気に入ってたっけか?あとこっちの右目と、あとは…」




…なんだ、意外と物好きが多いな。魅力のミの字もない女、そう本人も言ってるってのに

そりゃこの家に女はコイツしかいないが、それにしても…





「…その自覚をもう少し、持った方がいいと思うがな」

『んん……』

「腹出して寝てんじゃねぇよ馬鹿女」




覗き込んだ布団の上で、部屋の主は仰向けになって眠っていた

もう一度言うが、女が腹を出して寝るな。予想していたことだが、実際に見ると萎える




「御前なぁ…男が、仮にも女の寝所に来たんだぞ。もう少し頑張れよ」

『………………』

「…無駄か」




暢気に眠りこける女に、呆れか苛立ちか…よく分からない感情がぐるぐる渦巻く

ワビ助をあんな冷たい場所に置いといて、自分は人の気配に囲まれた部屋で眠るとは何様だ、ああ一応家主だったか




「チッ……ワビ助だったら、顔色が良くなったって甘いこと考えるんだろうな」




己とワビ助が初めて間近で見た女の顔は真っ青だった。今は暗闇の中でも分かるくらい血色がいい

…だからこそ、





「腹立つんだ御前はよぉ」

『むぐっ……ぐぐっ…!』

「はっ、不細工な顔」




しゃがみ込んだ己は、女の頬に自分の指を突き立てる

ぐにぐに埋まるそれに押され、女の頬は引っ込んだ。思ったより弾力がある。猿の飯をたらふく食ってるからか




「もう少し色気のある声出せよな…まぁ出せてたら、もっと早く嫁入りしてたよな」

『………………』

「さて、じゃあ嫁入り前に己の憂さ晴らしに付き合ってもらうとするかっ」




とりあえず見苦しい腹は先に隠しておいて、憎たらしい女の隣へ己は潜り込んだ




















「さ、ささサビ助っ!!なんてことをしたんだお前はっ!!」

「ヒャハハッ!!!見たかよワビ助っ!!女の隣で寝てる己らを見つけた時の石田の顔っ!!」

「僕じゃないっ!!寝ていたのはサビ助だっ!!だいたい、じょ、女性の布団に潜り込むなんて!」

「安心しろ、仏様に誓って何もねぇ」

「あってたまるかっ!!あああ、ゆのさんにどんな顔をして会えばいいんだっ…!」




翌朝。己の望んでいた通り、奴らの反応は滑稽だった

慌てる奴、怒る奴、心配する奴、呆れる奴。中でも石田の反応は上々で、怒る以上の感情を露わにしていた




「お前は楽しいかもしれないが、僕にとっては…受け止めきれない感情ばかりだ」

「あー…だから己が矢面に立ってやったんだろう?まぁ気に入らねぇのは、あの女が淡白だったことだな」

「…彼女はきっと動揺しているんだ。サビ助、もう二度としないでくれ」

「嫌なこった!あの女にはまだ足りねぇんだよ、無関心な面の皮剥がしてやるまで続けるぜっ」




目が覚めると、隣で男が寝ていた

そんな恥じらうか慌てるかぐらいはする事案を、女は淡々と流そうとしていた

ああ、つまらねぇな。もっと感情出してみろよ。驚いてみろ、困ってみろ




「……サビ助?」

「あ?なんだよワビ助」

「それは……いや、僕の気のせいだな。気にしないでくれ」

「…なんだよ、はっきりしねぇな。とにかく御前は黙ってろ、あんな女相手とはいえ役得だろう?」

「役得……って、ぼ、僕は決して喜んでなんかいないっ!!」

「はいはい、そうですかっと」




わーわー騒ぐワビ助は別にいい。あの女の本性がいつ出るか、どんな感情を剥き出すのか

石田や他の連中を煽るように。そしてその姿をワビ助に見せて自覚させるんだ、こいつも他の連中と同じだと


それなのに−…







「……何のつもりだ?」




ある日の夜。いつものように忍び込んだはずだった

だが今夜の己はずいぶんと気が短かったらしい。いつの間にか布団と自分の間に女がいて、驚いた顔でこっちを見上げている


ああ、押し倒したのかと。叫んで石田たちを呼ばれたらどうなるだろう

頭に血が上っての行動だが、ふとそんなことを頭の隅で考えた。そんな中、女は…





『ごめんね、て』


『私がワビ助先生のこと分かってたら、サビ助先生がこんな寂しそうな顔する必要なかったのに』


『…ごめんなさい』




そう言って己たちの頭を撫でた


まるで犬でも撫でるみたいに。そのくせ、本気で困った顔をするもんだから怒鳴る己が悪者みたいだ

ごめんね、ごめんなさいと呟く女を前に、さっきまで黙っていたワビ助が口出しする




「もういいだろうサビ助?」

「………………」

「少しぐらい、僕が言ったことも信用してくれないか」

「…うるせぇ」

「彼女は、悪い人じゃない」

「……………」

「お前も本当は気づいてたんじゃないか?そう意地になるな」

「あ゛?」

「だって…」





お前はまるで、彼女に遊んで欲しい犬みたいだったから



そう言って笑ったワビ助を、殴れるもんなら殴ってやりたかった



















「おいゆの、散歩だ。散歩」

『んんー…見て見てサビ助先生。私は今、絶賛昼寝の真っ最中』

「今、起きただろ」

『なんたる鬼畜。サビ助先生も一緒に昼寝しようよ。気持ちいいよ、贅沢な時間の使い方だよ』

「悪いが御前と寝るのは夜だけなんでな」

『語弊』

「いいから行くぞ散歩、」

『ちょ、引っ張らないで。ほんとサビ助先生って散歩が好きだね』

「己は犬らしいからな」

『んんー?』

「はっ、歩かねぇなら抱えてくぜ?」

『よろしくお願いします』

「…さっさと立て」

『えー…』





浮き世離れした女を、己とアイツが連れ出した





20160524.
サビ助は一番犬っぽい


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