友愛と深愛の夕暮れ 【足利義輝の場合】 「ううん……しかし、弱ったな」 『あれ…義輝様?どうしたの』 「ん?ああ、ゆのか。独り言を呟いてしまっていたかな、だが気にするな。少し考え事をしていただけだ」 『義輝様が考え事って珍しいような』 完璧超人な義輝様が独り、共有スペースのソファに座りウンウン唸りながら何かを悩んでいた どうしたのかな、珍しいな。けど、気にするなと言われたら素直に従うことにしよう。人間なんだから悩むことだってあるはずだ 『…私も引き続き悩もうかな』 彼に、どんなチョコレートを渡そうか 「ゆのちゃん、今日は少しだけ遠回りして帰ってきてくれないか?そうだ!俺たちがよく遊びに行く公園があるだろ、あそこ寄ってみてくれよ」 そう慶次に頼まれたのはバレンタインの朝。いいよーと返事はしたものの、あの顔は何か企んでいたな 我が家の戦国武将たちが身体を動かすためによく行く公園。最寄りの公園の中でも特に大きなそこは、スポーツする人と同じくらい…デートで立ち寄る人も多い そして… 「ゆのっ」 『あ…義輝様』 ぼんやりとベンチに座り時間を潰していた私を迎えに来たのは、いつにも増してダンディに見える義輝様だった 「ずいぶんと待たせたようだな、すまない。寒かっただろうに」 『ううん…私は大丈夫だけど、義輝様いつもと何か違う?』 「ん?ははっ、そうだろう。慶次がめかしこんで行けと煩くてな。予はゆのを待たせる方が悪いと思ったが」 『なるほど、慶次が企んでたのコレか…かっこいいよ義輝様』 「…そうか、ゆのがそう言うならそうなのだろう」 ふっと微笑んだ義輝様が私の隣に座る。どうやら待ち合わせだったみたいだ …バレンタインの日に待ち合わせ。他の人もいない2人きり もともと、彼に友チョコは渡してあげてほしいと慶次から言われてたから。そのお膳立てのつもりなのかな 『うーん、ハードル上げられてる気分。まぁ今さらどうにもできないし…あの、義輝さ−…』 「さて、ゆの。さっそくだがコレを受け取ってほしい」 『え?』 「ばれんたいんだ、予からゆのへの深愛を込めてな」 傍らのカバンへ手をのばす前に、義輝様から小さな箱を渡された 小さくて可愛い、両手に納まるソレ。突然の贈り物を見つめながら固まる私の肩を、隣の義輝様が軽く叩く 『ま、まさか…!』 「逆ちよこだ!」 『逆チョコーっ!?』 私の叫び声を聞いたランニング中のお兄さんがびっくりして振り返り、犬を散歩していたお姉さんが二度見する 私は私で、潰さないよう大事に持った箱と義輝様の顔を交互に見比べた。いたずらが成功した子供のように笑う彼は満足そう…そう…だけど …どうやってチョコを準備したの? 「すまない、」 『…へ?』 「戦乱の世であれば、きっとゆのが望むものを贈ることができただろう。だが今の予は地位もなく、何も持たず、未来へと来た身だからな」 『うん…』 「だが幸いにも、装飾品は身に付けていた」 『装飾品…えっ!?も、ももももしかして、か、髪飾り売っちゃったりっ…?!』 「いいや、探索中に知り合ったご婦人の持ち物と交換してもらった」 『物々交換っ!?』 「次は老紳士と、次は若人と…交換を繰り返しているうちに、どうにかゆのに贈りたいと思える"ちよこ"に辿り着いた!」 『…………』 「ふふふ、我ながら上手く立ち回れたものだな」 わらしべ長者もびっくりな結果にご満悦な義輝様。対する私は…どうしたものかと、普段は使わない頭をぐるぐる回して考える どうしよう、どうしよう。まさか義輝様からチョコを貰えるなんて思わなくて。嬉しい、嬉しいはずなのに、カバンの中の自分のソレがどうしてもちっぽけに思えてしまう だってあの義輝様が。彼が言う通り全て手に入れてきただろう人が、地位も知識もない中で、私なんかに贈り物をくれたんだ。それに見合うものを返せるのか、いや、私じゃ… 「ゆの…よくないことを考えているな」 『あ……』 「…先日の件は気にしなくていい。ゆのから貰うのではなく、予が贈ろうと思い至っただけだ。ただ受け取ってもらえるだけで満足だ」 『受け取るだけ…』 「そうだ!うむ、やはり良い文化だなばれんたいん!見返りなど考えずとも、贈り物を渡す口実がある!」 『…………』 「言っただろう、これは予からゆのへの深愛だ。贈りたいから贈った。それだけの話だとも。さぁあまり外に居てはゆのが風邪をひくからな、そろそろ…」 『確かに、そうですね』 「うん?」 『義輝様、ありがとう。チョコ、すっごく嬉しい』 「…そうか、そうか!そう言ってもらえるならば予も−…」 『てことで、私からのチョコもどうぞ。受け取ってもらえるだけで満足です』 義輝様からのチョコを膝に置き、カバンの中から取り出した箱…バレンタインチョコを彼に差し出す ベンチから立ち上がりかけていた義輝様が動きを止めて、私と箱を交互に見比べた。そして座り直し、ああ、と一言 「友ちよこか…!手配してくれていたのだな、いや、やはり言ってみるものだ!ありがたく受け取ろうっ」 『友チョコじゃなくて、義輝様のと同じチョコかな』 「…………」 『私から、義輝様への深愛のチョコ』 どうか受け取ってください 少しだけ日が長くなり始めた夕暮れの公園。いい年の女と、いい年の男がチョコレートを贈りあっている カラカラと笑い飛ばそうとしていた義輝様の表情がまた動かなくなった。夕暮れと角度で少しだけ影になり表情はぼんやりとしか見えないけど…すごく考えて、いや、噛み締めて。彼は応えた 「…ああ、もちろん。全て受け取ろうとも」 日が完全に沈むまでもう少しだけ。穏やかに笑う貴方と過ごしていたい 【前田慶次の場合】 『あ、いた。慶次ーっ』 「んー?なんだい、ゆのちゃん?」 『はい、これチョコレート。ハッピーバレンタイン』 「え……えーっ!?俺にも用意してくれたのかっ!?ありがとうゆのちゃん!すっげぇ嬉しいや!」 『…大げさだよ〜、私も試食したけどすっごく美味しかった。味わって食べてね』 「分かった!楽しみだなーっ」 生まれて初めて食べた"ちよこ"は、とても甘くて少しだけ苦かった ……………。 「…なんだか最近、ゆのちゃん元気ない気がするんだよなぁ。何か心当たりないか半兵衛?」 「そう?いつも通りに見えるよ。君に対して冷たいだけじゃないのか」 「いやいや、俺だけに冷たい理由が…ないこともないような?」 「ひとに心当たりを尋ねておいて自分にあるんじゃないか。早めに謝ってくるといい」 「んー…ばれんたいんの次の日からな気がするんだけど」 寝てるか起きてるか分からないくらい、ぼーっと動かず窓の外を見つめているゆのちゃん そんな彼女を俺は観察しながら、こっちの時代の瓦版…新聞を読んでいる半兵衛に尋ねてみた。ゆのちゃん、最近少しだけ様子がおかしいよな 「彼女がぼーっと時間を浪費するのはいつものことだろう。何も変わりない」 「えぇ…そうかな、いつも以上に動かないというか。無気力というか」 「その気力の触れ幅も激しいからね。今は偶然、気力が底なんじゃないか。僕以外にも聞いてみるといい」 「…………」 「…ってことで、義輝はどう思う?」 「うーん…すまん慶次、予もその違和感とやらは分からん。いつものゆのに見える」 「そっか…」 「元親はどう思う?」 「あー…?言われてみればそんな気もするが…いや、いつもあれぐらいな気も…わりぃな、」 「うーん…」 「…利休先生はどう見える?」 「いえ…特に。いつものゆのさんに見えますね」 「…利休先生がそう見えるなら、そうなのかな」 みんなに尋ねて回っても、ゆのちゃんが調子悪く見えてるのは俺だけみたいだ 気のせいだろうか、と諦めようとしても…何故かゆのちゃんの顔が浮かんで。モヤモヤとした気持ちは晴れてくれなかった 「弱ったなぁ…本人に直接聞いたら失礼な理由かもしれねぇし。どうしたもんか…順番に遡ってみるか」 まず、いつまで彼女は普通だったか。それは分かる、ばれんたいんの日だ。あの日はいつも通りで、みんなに…俺にも"ちよこ"をくれた じゃあ、その後か? いや、その後はもうすでに今の状態で…それなら、もう少し前かな? 「ばれんたいんの日まで、ゆのちゃんは少し帰りが遅くて…その前に、義輝からばれんたいんの話を俺と元親が聞いて…」 せっかくだから、義輝に友ちよこは渡してあげてほしいと頼んだ。そしたらゆのちゃんはみんなの分を準備してくれた。俺も食べたし、初めてのちよこはうまかった …でも本命は、こっそりと、ゆのちゃんの渡したい相手に渡してくれって、 「あ……それかっ!!!」 ……………。 「…ゆのちゃん、ゆのちゃん、」 『んー……あれ、慶次?どうしたの?』 「しーっ、声、抑えて。こっそり教えてほしいんだけどさ」 『うん』 「…もしかして本命ちよこ、渡せてない?」 『……………』 あ、この顔は当たりだ みんなが各々活動している夕飯前、この時期の夕暮れ。今日もぼんやりと過ごしていたゆのちゃんを捕まえて聞いてみた そしたら彼女は少しだけ目を見開いて、次に眉毛をハの字にする。そっかそっか、そうだよなぁ 「そりゃ困るよな…ここの連中、だいたい誰かと一緒にいること多いし。こっそり渡すなんて、それこそ忍の技がいるってもんだ」 『…そうだね』 「ってことは渡す相手はいつも1人でいる毛利じゃない、と。部屋に引きこもることが多いってなら利休先生も違うか」 『…………』 とにかく、ゆのちゃんの様子がおかしかったのは"ばれんたいん"が原因ってことで間違いない どうして俺だけ察せたのかは分からないが、まぁ、言い出しっぺが俺だったからかな。自覚がなかっただけで、頭の中では気にしてたのかもしれない …本命ちよこの行方、とか 「でも原因が分かったなら話は早いな。相手、教えてもらえたら俺がこっそり呼び出すよ」 『…………』 「ゆのちゃん?」 『よし、分かった。ちょっとここで待ってて』 「うん?」 そう言ったゆのちゃんは俺を残して、こそこそと自分の部屋へ向かってしまった。大人しく待つことにした俺 だけど、まさか… 『…お待たせー、はい、これ』 「こ、これ…」 『渡せてなかったやつ。バレンタインのチョコ』 「ダメだって〜っ…!」 そんな気はしてたけど、彼女が部屋から持ってきたのは渡しそびれた"ちよこ"だった! 友ちよこより少しだけ大きな箱、綺麗な結び紐、なるほど本命ってやつは見た目からも違うのか!ゆのちゃんからコレを貰える奴は幸せ者だな!そして嫌な予感! 『どうぞ』 「やっぱりかーっ…ダメダメゆのちゃんっ、俺が相手を呼び出すから、自分で渡さなきゃダメだってっ」 俺に差し出されたソレを、極力声を抑えながら壊さないよう押し返す! 確かに俺が隙をみて渡すのもありだろ。でもコレは彼女からの贈り物だ。思いの込められた物だ。その間に入るような野暮なことはできない 『あれ、違ったの?取りに来てくれたのかと思った』 「違う違う違うっ…男ってのは、こういうやつは直接受け取りたいんだ…時代が変わってもさ。だから橋渡し役だとしても、俺は受け取れない」 『奥ゆかしい方がいいとかじゃなくて?慶次は?』 「そりゃ、そんな娘が好みな男もいるだろうけど…少なくとも俺は、直接もらいたいな」 『でしょ?だから、はいどうぞ』 「……ん?」 『いやだから、これ、慶次にあげるチョコだよ』 「…………」 あれーっ?と首を傾げるゆのちゃんと、その反対方向に首を傾ける俺 聞き間違いじゃあなければ、これは俺への贈り物らしい。ついさっきまでの会話を忘れちまったのかなと失礼なことを考えるが…だって突拍子もない話だ 「…俺、ちよこれいと貰わなかったっけ?もしかしてアレって違うおやつだったりした?」 『ううん、あれもチョコレートだね』 「これも?」 『チョコレート。本命の』 「ほんめい」 『慶次ってば、いつも誰かと一緒にいるから。2個準備してたけど本命の方、渡しそびれちゃってたんだよね』 「……そっかぁ」 『そうだよぉ』 「…………お、」 『お?』 「お、俺だったかぁ…!」 両手で顔を覆ってしゃがみこむ 分かってる。ゆのちゃんがこんな嘘をつく娘じゃないって。間違いなく、これは俺への贈り物だ でもそんなの誰が想像できたってんだ。まさかこの家の紅一点の好意が、自分に向けられてるなんて…いや… 「…分かってたから、」 ゆのちゃんの違和感を。不自然さを。直感として分かってたから、それを彼女の"不調"として見ていたのかもしれない 『んんー…返事は要らないつもりだけど、そんなに悩むなら渡さない方がいい?』 「っ、いや!受け取るよ!もちろん!」 『………大丈夫?』 「大丈夫っ…いや、きっと今すぐお返しはできないと思う。でも、ここで突き返すようなことはしたくない。それは本心だから」 『そっかぁ…私はその返事だけで十分なんだけど』 「そりゃ俺が甲斐性なしになっちまう!とにかく、ありがとうゆのちゃん。"ちよこ"はしっかり受け取ったよ」 『うん、ありがとう慶次』 そう言ってへらっと笑ったゆのちゃんは、すっげぇ可愛かった 俺ってこんなに単純だったのか…いや、恋する女の子はみんな可愛いからな!ただ、その可愛いの向こう。次の感情が見えたら、俺はきっと迷わず彼女にお返しができるだろう 「…へへっ、もったいないけどしっかり味わって食うからさ!そしたら、その時に改めて−…」 「ゆの〜っ!ついでに前田の旦那〜、夕飯の準備できたから早くおいで〜っ!」 「…………」 『…………』 「………あ゛」 忘れてた…! 俺とゆのちゃんを呼ぶ佐助の声。居間の方が騒がしくなってきたから、みんなが夕飯に集まったみたいだ ちよこを挟んでゆのちゃんと見つめ合う。けどそこには、ばれんたいんの甘い雰囲気なんてなくて 『…ここから2階の慶次の部屋にも、私の部屋にも、居間を通らなきゃ移動できないね』 「…………」 『…そのチョコ、見えちゃうね』 「お、俺、玄関から抜け出して2階によじ登って…!」 「そう言えば…慶次が心配していたな。ゆのの調子が悪そうだと」 「は?ゆの、体調悪いの?義輝サマ、それほんと?俺様聞いてないんだけどっ」 「俺もゆのの調子を聞かれたぜ?その時は気のせいだと思ったが…」 「僕も聞かれました…心配ですね、様子を見に行ってみましょうか」 「あ゛あ゛あ゛ぁ…!」 義輝、元親、それに利休先生の言葉に居間のみんなが動き出す気配がする!まずい、まずい! みんながみんな、ゆのちゃんを憎からずというかそりゃもう大事に思ってるわけで。その娘からの本命が今、まさに俺の手の中にある 『…今すぐ、そのチョコ全部食べちゃう?』 「あ!その手がっ、てダメだ!ゆのちゃんからの気持ちを、そんな雑に腹に入れてたまるかってんだ!」 『…………』 「絶対に死守してみせるからさ…!もし守りきれたら、俺からの返事聞いてくれよ!」 『うーん、死亡フラグ』 なんかごめんね。そう呟いたゆのちゃんの背後から、いろんな形相の野郎共が現れた 20240215. 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