運命の輪 | ナノ

  嵐と凪


その風は颯爽と現れた









「うーん…んー?いや、だが…」

「……(キュイーン)」

「ん?ああ、忠勝、そう訝しげな目をするな。ワシが土産を見るのがそんなに珍しいか?」




あちらこちら人で賑わう城下。さすがは大阪と言うべきか、活気のいい町の土産屋でワシは軽く半刻唸っていた

今日もあの神社へ向かうのだが、ふと、たまには結に何か土産を持っていこうかと思いつく




「うーん、茶屋を営む結だ。ありきたりな甘味に満足してくれるだろうか」

「……?」

「え…い、いや!友に贈るんだぞ、髪飾りなんて重くないか?…そうでもない?確かに結に似合うがしかしなぁ…」

「……!」

「いや、だから着物を贈るのは何か違うだろう。やはり無難に食べ物にするか」




これだと決めて、さぁ貰おうと手を伸ばし…ピタリと止まった

そういえば、ワシと結が出会ってしばらくが経つ。彼女との関係は良好だし、三成が騒ぐような不調もない


いつも目の前に結はいて、声がして、呼吸をし、涙を流し、小さく笑う

しかし果たしてワシは彼女に―…







「触れられる…の、だろうか?」












『あ…いらっしゃいませっ』

「いらっしゃいませ?まだ店は開いてないと聞いていたけど」

『まだ休業中ですけど常連さんは別なんです。いらっしゃいませ、京極さんっ』



スラリと長い足を組み、頬杖で支えた小さな顔、口元をニヤリと歪めて笑う様子は初めの頃なら顔を背けていただろう


彼女は自称マスターの女、京極マリアさん。マスターに会いに通ってくれているけど、この前は別の人と一緒だったし…マスターは否定も肯定もしないし



『常連さんの中でも特に謎が多いです京極さん』

「ふふっ、じゃあ貴女に謎は無いのかしら?その上機嫌の秘密、とか」

『上機嫌…』



京極さんが指差した私の顔。上機嫌、上機嫌…上機嫌、か

うーんと悩む私をクスリと笑い、伸ばした手で頭を撫でてくる



「可愛いわねぇ、よしよし」

『京極さんが私をペットとして見てるのがよく解ります…』

「そう?じゃあ妾とお散歩行きましょうか」

『…京極さんなら本気で首輪をつけそうなので、え、遠慮しておきます』




あぁら残念、と笑う彼女も何処から何処までが本気なんだろうか

彼女がいつも飲む紅茶を置き時計を見る。あ…そろそろ時間だ




「待ち合わせか何か?」

『あ…すみません、友達と約束してて』

「まぁ!あの結に男だなんて、やるようになったじゃない」

『っ―…!え、ど、どどどうして男の子だって解ったんですかっ!!?』

「だって女の顔してる…妾も見てみたいわ、結が気に入るくらいだもの。期待できるじゃない?ふふふっ」

『だ、駄目です!京極さんは会っちゃ駄目です!だって、京極さんっ…美人さん…だから…』

「あらあら、妾だって可愛いペットのオモチャを盗りはしないわ……あ」

『今、完全に、ペットって呼びましたね!』

「可愛い子は手懐けたいじゃない」

『開き直った!……いえ、とにかく、すみません…』



別にいいのよと優雅に笑う京極さん。紅茶を飲み干し立ち上がれば、ふふっとまた笑った




「マスターが帰った時は言っておいてちょうだい、妾…寂しくて堪らないわ、とかね」

『は、はぁ…』

「結も言って差し上げたら?貴方がいなきゃダメなの、と…ふふっ、ふふふっ!」

『か、考えておきます』




スカートを靡かせ帰っていく京極さん。アドレス帳から誰かを探してる…迎えにきてもらうのかな

彼女のような人なら引く手あまた。美人で上品で賢くて…自信がある。羨ましい限りです




『…あ、そろそろ行かなきゃ、家康くん待たせてる!』





その数多の中から、どれかを選び取りはするのだろうか











『…家康くん、遅いなぁ』



階段に座り、足をパタパタと弄ぶ。神社についてしばらく経つけど、なかなか家康くんが現れない

今日は会う日だったのにな…忙しいのだろうか、それとも忘れてる?いや、家康くんに限ってそんなはずない




『…家康くんに会うのが、当たり前になっちゃってるなぁ』




ずっと昔に生きる私の友達

彼と出会えたから私は、マスターの店を再開すると。私が店を守るんだと決心がついた

彼が優しく迎えてくれるから心細くなんかない。今日はそれのお礼も言いたいんだ




『私にできることなんかあまりないけど…あ、ふふっ、今度は何か作ってこよう』




家康くんは嫌いなものあるかな

徳川家康…確か、天ぷらが好物だっけ。でも冷めたら美味しくないし、この時代のお菓子は口に合うだろうか


そんなことを考えていると、不意に石段の方から誰かの足音が聞こえる

ハッとそちらを向いて立ち上がった!家康くんだ、そう思って私はそっちへ…





『家康く―……』

「おーい!誰かいるかー?」

『……え?』






知らない人の…声?


家康くんじゃないその声に、ピタリと、私の足が止まる

ドクドクと聞こえる自分の心音は速い。誰かを探すその声が近づいてくる。一歩、また一歩


そして登りきった声の主が…私の前に姿を現した





「おーい!何処にいるんだ結ちゃんやーいっ」

『っ―……!』




結ちゃん、そう私の名を呼んだ彼は茶色と赤の独特な髪

腰からさげた二本の刀。吊り気味な目がキョロキョロと回りを見渡す。私に気づくことはない、見えてはいない、それでも私を探している


彼は―…誰?





「あー…やっぱり俺には見えねぇよなぁ、家康にしか見えないっていうし…隠れてんのかな」

『っ―……!』

「おーい!結ちゃーんっいるなら返事してくれーっ!?」

『きゃあっ!!?』




大股で歩み寄る男の子が勢いよく私の横を通りすぎた。社の中を、周辺を、見渡し声をかけ私を探している

彼が口にした家康くんの名前。この人は家康くんの知り合いだろうか?それとも三成さんの話を聞き…私を捕まえに来た?




「んー…怖くないから出てこいって、なぁ?」

『………』

「結ちゃーん、結さーん…結様?結ーっ」

『よ…呼び方は問題じゃないと思います…』




単身、私を探し続ける男の子の後をついていく

隠れる必要はない。彼に私は見えてないし…単なる興味、かもしれない。家康くん以外にこの神社を訪ねる人がいるなんて



『しかも私を探してなんて…物好きですね』

「あー、よく考えたら俺、結ちゃんがどんな子かも知らねぇや…うーん、家康が会いに通う子だろ…」

『…………』

「…おーい、別嬪さーん!カワイコちゃーん!」

『っ!!!!!?』

「…出てくるわけないか」




あ、当たり前です…!

私を何だと思って探しているんだろうかこの人は。きっと面白半分なんだろう、でも…










「………はぁ、いねぇなぁ…」

『………』




社の側に座り込み、空を見上げてため息をつく男の子。その近くで私は彼を眺めていた

あれから一時間ほど、彼は私を探し続けている。社の下も屋根の上もはたまた木の上まで…よく飽きないなぁと感心するぐらいに




「家康じゃなきゃ姿を現してくれねぇってことは…刑部さんが言うように狐ってことか…」

『狐じゃありません』

「もしくはガチで俺に見えてないだけか…って、うわぁっ!?南無三!成仏してくれ!」

『きゃあっ!!?か、刀を急に抜かないでください!』




…という私の言葉は、彼に届いてなんかいないだろう。幽霊が苦手なら、見えない私を探さなければいいのに

それでもやっぱり面白い人だと感じてしまうのは、少しだけ、彼の目があの人に似ているからかもしれない




「…そろそろ帰らなきゃ三成様にバレちまうか。俺まで祓われるかもな」

『あ…もう、帰っちゃうんですか…』

「よし、残りは明日にするか!おーい!結ちゃーんっ、聞いてるかーっ!?」

『はい、聞こえてます』

「…返事ないよなぁやっぱり。俺、明日また来るからさ!その時は俺にも会ってくれよ!」

『っ………』

「あ、俺は島左近!豊臣の左腕、三成様の近くに仕える左近だっ」

『え……』




島、左近…この子があの?

驚いて彼を見上げる私。対する左近くんはやっぱり私を見もしないで、社に向かい話し続けた




「へへっ…!会ってくれるまで通い続けてやるからな!俺の熱意に応えてくれよっ」

『…………』

「俺は三成様みたいに、アンタが害のある奴とは思ってない。単純に会ってみたいだけなんだ、いや本当に!」

『…私に会っても、面白くないと思いますよ』




それに私は…言葉を紡ごうとして諦めた

彼もまた、私とは正反対の人らしい。真っ直ぐに前を向いたままな左近くんに声は届かない


そのはずなのに、





「信じてくれるまで来るからなっ」

『っ―……!』

「また明日!結ちゃんっ」

『あ―……』




背を向けて去っていく左近くん。また明日も来るって、私に会いに来るって

そう宣言した彼に、私は思わず…!





『ま、待って!』






彼の手に向かい、自分の手を伸ばしていた


そして触れた指先には―…






「え―……」

『っ!!!!?』




手の、温もりが確かに伝わっていた





『っ……ぁ……』

「へ?あ、あれ?え?」

『う…そ…!』

「あ、アンタ…」




振り向いた彼の目に、私が映り込む






「結…ちゃん?」

『は、はい…!』




彼に名前を呼ばれ、小さな声だが返事を返す


その次の瞬間…!






『っ、あ、きゃあぁあっ!!!!?』

「うぉおっ!!?」






突然、強く吹き抜けた風が土を乗せ葉を削ぎ私たちを襲う!

チクリと痛いそれに視界を奪われ、耳にもゴウッとした風の音しか届かない



それでも目を瞑る直前に見えたのは、

驚いたまま、それでも私に手を伸ばす左近くんの姿だった






20140208.
横取り左近と嵐の予感

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