運命の輪 | ナノ

  銀狐の覚悟


『…政宗くん、行っちゃうんだね、寂しい…』

「………うん、」

『でも、また戻ってきてくれるよね?私も、勝家くんも、あの子も待ってる』

「…もう、会えない」

『え……』

「っ―…次に会うオレは、今のオレじゃねぇから!ずっと強い男になってやるんだ!」

『政宗くん…』

「違うオレになって帰るっ…アイツも、勝家も、オレが守るしっ…もう絶対に…!」





そう強がったオレはあの事件の直後、親の転勤に合わせて外国へ引っ越した

この小さくてつまらない町に先輩たちを残して。必ず戻るという約束を果たすために











「…これがオレたちの昔話だ」

「なるほど…結があの男に従うのは恩があるからか」

「あの日のことを先輩と勝家は話さない。だが二人を助けたのがマスターであることに変わりはねぇ」

「………………」




あの陶酔のような、意地のような、親愛のような感情を男に贈る結

そして恐ろしく感じる程の寵愛を結へ向ける足利


それは、四年前。結の命を男が救った日から始まると言う伊達政宗は、酷く力無く笑う




「ま、だからこそ情けねぇよな。先輩の気持ちをこっちに向けたいからって、店を潰すなんてな」

「ふん…所詮は貴様に力が無かったがゆえの結果だ」

「っ………何だと?」

「貴様が柴田のように飛び出さなかったのは、己に結を救う力が無いという自覚があったからだ」




無謀に飛び出した柴田勝家も、結局は何もできはしなかった

だがあの男には力があった。ただそれだけ、単純なことだろう




「……………」

「力の無い者には何もできない。それを貴様も痛感したはずだ」

「…ハハッ」

「っ…何がおかしい」

「いや、そうだな、そうなんだ…オレが弱かっただけだ、んなもんとっくに知ってる」

「……………」

「だが四年前、誰もオレを責めなかった。先輩もマスターも…むしろ市を引き止めたこと、褒められたぐらいだ」




けど…と伊達政宗は立ち上がる。それにつられて私も立てば、奴はその左目を私へと向けた




「男なら、あの時は動かなきゃならなかった」

「っ…………」

「オレも勝家と一緒に、店を飛び出なきゃならなかった。例えそれが無謀でも…」

「それは…」

「動かなかったオレを、オレだけは許せない。だからアンタの言葉、助かったぜ」

「何の話だ」

「オレに力が無かったと、責めてくれたのはアンタだけだ。ありがとな」

「……………」




変な話して悪かったな、とこの場を去ろうとする伊達政宗

私の隣を通り過ぎようとした瞬間、その肩を掴み再び椅子へと突き飛ばす。されるがまま椅子へ倒れる伊達政宗の前へ、私もまた座り込んだ




「っ、何しやがる石田っ…!」

「貴様に聞きたい」

「Ah?なんだよ急にっ…」

「明智という男を知っているか」

「っ!!!!?」




先日突如私の前へと現れ、元の世へ帰りたいならば店を潰せと言い残した男

その名を告げた瞬間、伊達政宗の顔が曇る。そして私へ身を乗り出し、声を低く殺して返事をした




「…その名前、どこで聞いた」

「問うているのは私だ。知っているのだな」

「っ…ああ。そいつは市の兄貴に雇われてる男だ、昔から知ってる」

「魔王の…やはり…」

「気味の悪い野郎だ。いつもうすら笑って…先輩もアイツが苦手でな」

「結が?」

「そうだ。アイツの白が怖い、て」

「っ…………」




白、その言葉に目を見開けば伊達政宗が首を横に振る

アイツの白が特別なのだと




「アンタや…竹中さん、だったか?あと長曾我部先生を見たって先輩は平気だ」

「…ああ、そうだな」

「だがあの男を見るだけで先輩は取り乱しちまう、怖い、と震えて…思い出せない、て」

「思い出せない?あの男のことをか?」

「さぁな、あんまりにも先輩が怖がるから。市はアイツを先輩から遠ざけてたし…詳しくは解らねぇままだ」

「……………」

「アイツが何だ、まさか先輩に近づいてっ…!」

「…もう一つ問う」

「っ………!」

「この店は…」





結にとって大切なものなんだな?













「ああ…ここにいれば貴方に、会えるような気がしていました」

「……………」

「先日のお話、考えてくれましたか?貴方の覚悟が決まったなら、私もお手伝いしますよ」

「明智…光秀」





空には月が浮かんでいた。風のない凪、私が立つのは始まりの場所である神社

その社の前で月明かりに照らされている…私とは違う白。あの日と同じように怪しく笑み、私へと手を伸ばす




「さぁ、私ならば貴方たちを本来の場所へと導けます。どうか気を楽に、ね」

「貴様は私たちと同じく過去から来たのか」

「いいえ、私はただの護衛です。そんな大それた…ふ、ふふっ…!」

「そうか…どちらであろうと私には関係ないがな」




カチャッ





「おや…?」

「今すぐ私の前から消えろ…そして二度と、私とあの女の前に現れるな…!」





私が手に取ったのは、結に黙って持ち出してきた己の愛刀だった

構えをとる私を見つめ、おやおやと肩をすくめる明智。これ以上近づくならば私は、この男を斬る




「…帰りたくない、貴方はそう言いたいのですか」

「黙れ。帰る方法は己で探る、貴様の口車に乗せられてたまるかっ!!」

「私が嘘をついていると?」

「嘘かどうかなど関係ない。貴様にあの店を…潰させるわけにはいかん、それだけだ」

「それは…」

「あの茶屋は結のものだ」




あの女はあの店で友を、家族を、恩人をずっと待ち続けていた

あの場所を失えば、狐はどこに帰る。狐はどうなる。狐は…


刀を握る手にギリリと力を込めれば、明智はそれを見つめて深く深く息を吐く




「…そうですか、貴方はあの子を…そう、なのですか…」

「っ………!」

「…本気なようで。それは実に残念…貴方ならばあの檻を壊せると思っていたのに」

「檻…」

「それでは私も別の方法を探すとしましょう」

「っ、待てっ!!貴様の目的は何だっ!!?結かっ!!足利かっ!!!」

「私の目的は…」





その振り向き様に、男は笑う






「今の貴方と同じかもしれませんね」





次の瞬間、突然強い風が吹き抜けあの日と同じく土ぼこりを巻き上げた!

痛い程のそれに思わず目を瞑れば、次に背後から聞こえるのは小さな悲鳴




『きゃあっ!!?』

「っ、なっ…結っ!!?」

『あ…三成さん!びっくりしました、またこの神社で風が吹くなんて』

「貴様、何故ここに…」

『三成さんが店にいなかったので、柴田屋じゃないならここかと思って』




帰り道、探してたんですか?と首を傾げるのは結で、ハッと振り向いたがそこに、もう白の男はいない

追い返したのか、それとも…逃げられたのか




「…ああ、見つからなかった」

『そうですか…すみません』

「何故、貴様が謝る。私たちの帰り道は私たちが見つけ出す…必ず」

『は、はいっ…あの、皆さん先に柴田屋へ行ってます。三成さんもどうぞ』

「ああ、分かった」

『じゃあ私は店の片付けがっ…』

「……結、」

『え、あ、はいっ』




私が名を呼べば何ですか、と振り返る狐。その目の前まで黙って歩み寄れば、少し不安げな顔になった


今の私と同じ理由…ならばあの男は、






「…何でもない」

『っ…え、え?』

「行くぞ狐、この神社は気味が悪い。貴様の呪詛などごめんこうむる」

『あ…ま、待ってください三成さんっ、私別に、狐じゃっ…』





また、結の前に現れるだろう






20150408.
その意志を守ってやろう

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