小さなナイトと宣戦布告
『ふふっ、外は雲一つない快晴だし。朝、吉継さんに入れたお茶には茶柱が立ったし。今日はいいことありそうですねっ』
「刑部に茶柱か…むしろ凶兆にしか思えんがね」
『もう、官兵衛さん…せっかくいい1日を迎えられそうだと喜んでたのにそんな−…』
「結くん、ぼくも茶をもらえるかな?」
『え?』
「ん?」
官兵衛さんと一緒に洗い物をしながら話に花を咲かせていたその時
カウンターにコトンと乗ってきたのは、未来にやってきた“彼”のために新調したマグカップ。しかし見えるのはそれだけで、声はすれど彼はいない
おかしいなと首を傾げた私が気づいたのは、マグカップに添えられた小さな手
『…半兵衛さん?』
マグカップの持ち主の名前を呼びながらカウンターの下を覗き込めば、そこにはふわりとした銀髪
そしてくりっとした目でこちらを見上げる…美少年が立っていた
『きゃーっ!!見てください!小さいです、半兵衛さんのおてて小さいです!』
「…結くん、そろそろ手をもむのをやめてくれないかな」
「ちょ、可愛いんですけどぉっ!!半兵衛さんめちゃくちゃ可愛いんですけどぉっ!!?」
「耳もとでさけばないでくれないか、またべぇくん。いつになくせんさいなんだ、今のぼくは」
「…賢人が小さくなるとは何の妖術よ」
「お前さんが茶柱なんざ立たせるから…」
「………否めぬ」
目が覚めると身体が縮んでいた、という今の半兵衛さんは幼稚園児くらいの大きさ
紅葉のおてて、ぷにぷにほっぺ、クリクリおめめにフワフワの髪…!彼を膝に乗せた私の隣で、半兵衛さんファンの又兵衛さんも大興奮です!
「…おい、左近。半兵衛様をお助けしろ」
「俺っすかっ!!?いやいや無理!俺には無理っす三成様お願いしますっ!!」
「なんだとっ…………秀吉様、」
「……我には無理だ」
「左近、三成、太閤が立て続けに戦線離脱とは」
「今の御狐様と又兵衛は凄まじい勢いだからな」
『ふふっ爪まで小さいです。子ども独特のいい匂いもします…!』
「さ、触っちゃっても平気ですかねぇ。オレ様が触って折れちゃったりしませんかねぇ…ねぇ?」
『優しく!優しく撫でてあげてください又兵衛さん!』
「……………」
「…おい、半兵衛がぐったりしてきたぞ、大丈夫か?」
「む…これ御狐殿、小さき賢人となれば着物や小物も新たに揃えねばならぬ」
『あ、そうですね!』
半兵衛さんのお腹に回していた腕を解けば、彼はババッと駆け出し秀吉様の後ろに隠れた
今の彼が着ているのは、マスターがお土産で買ってきた外国のお洋服。ちょうどピッタリだったものの、うちに子供服なんかない
『勝家くんのお古が入るかな。半兵衛さん、柴田屋まで着せ替えにん…試着に行きましょう!』
「おい狐、貴様、着せ替え人形と言いかけただろ」
「オレ様も一緒に…」
『はいっ又兵衛さんも一緒に!おてて繋いで行きましょう半兵衛さんっ!!』
「……もうだきつかないとちかうかい?」
『は…はい…』
「…ざんねんそうなかおをしないでくれ」
「わーっあの子、お人形さんみたい」
「ん?…………ばいばいっ」
「きゃーっ!!!可愛いっ!!」
『すれ違う女の子をことごとく虜にしていきますね、半兵衛さん』
「ふふっ、ぼくだからね」
柴田屋までの道を仲良く歩く私と半兵衛さん、そして又兵衛さん
やはり彼は順応性が高いらしい。時間が経てば自分の状況を受け入れ、そしてどんなことをすれば可愛いかを理解した
…小さな半兵衛さんが笑って手を振るだけで、すれ違う女性たちが落ちていく。幼くてもその美貌は健在ですから
「半兵衛さん疲れてません?遠慮なく言ってくださいよぉ、オレ様、いつでもおぶるんでぇ」
「…あのね、ぼくの中はかわってないんだ。子どもあつかいはやめてくれ」
『とはいえ、あんよは小さくなってます。本当に疲れてません?大丈夫ですか?』
「だから、ぼくは…」
「あ、狐。おんぶするなら曲がり角ごとに交代ですよぉ、独り占めは許しませんから」
「ぼく…」
『そうですね!じゃあ先にどっちがおんぶするか、じゃんけんで決めましょう!』
「・・・・・」
「いきますよぉ、」
『じゃーんけーん…』
「あ、結ちゃんっ!!」
『え?』
最初はぐーっと構えた私と又兵衛さん。そこへ聞こえてきたのは、リンと響く可愛い声だった
その声がする方を振り向けば手を振り駆けてくる女の子と、ふっと笑いながら歩いてくる女の人。彼女たちは…
『姫ちゃん!雑賀さん!』
「こんにちは!これから姉さまと、お店に行くところだったんですよっ」
「この方向は柴田屋か…なにかあったのか?」
『え、あ、その、えっと…し、親戚の子!親戚の子の服を、取りに行こうかとっ』
「親戚の子?」
首を傾げた2人がここでようやく、私たちの間にいる男の子に気がついた
やあ、と愛想笑うのは小さな半兵衛さん。その姿に驚いた顔をする彼女たち。ば、バレないよね…!
「かっ……」
『っ………!』
「可愛いですっ!!なんですかこの天使ちゃんっ!!女の子ですか?男の子ですか?」
「よっつ、おとこだよっはじめまして!」
「ほう、しっかりした子だな。さすがは結の親戚か」
『あ、はは…』
何の躊躇もなく可愛い子どもを演じる半兵衛さん、さすがです
そして4本立てられた指がとても可愛らしいです。その仕草に再び悶える私と又兵衛さんを、2人が不思議そうに見てくる
「結姉さまとお出かけ嬉しいですねー。でもでも、男の子だったら女の子をエスコートしなきゃダメですよっ」
「えすこぉと?」
『ひ、姫ちゃんっ…!』
「女の子を守る男の子がカッコいいんです!いかなるピンチにも駆けつけ、颯爽と悪を凪払う…!」
「また始まったか…気にするな坊主、姫はこれを語り出すと止まらない」
「……………」
『半兵衛さん、どうかしました?』
「いや…」
小さな半兵衛さんが私と繋いだ右手を見つめて、次に私の顔を見上げる
どうしたんだろう…彼の行動に首を傾げてみせたら、何か言おうとその小さな唇を開いた。すると−…
「まぁ、半兵衛さんの手を煩わせる必要はありませんけどねぇ」
「っ……………」
『又兵衛さん?』
「そのえすこぉとってやつ?オレ様だけで事足りるんでぇ、なんせ頼れる又兵衛さまですからねぇ」
『え、ちょ、違います又兵衛さん!姫ちゃんが言ってるのはお手伝いとは違う意味で…!』
「まぁっ!!小さな子に宣戦布告ですかお兄さんっ!!結ちゃんのナイトの座は十年早いと布告ですか!」
『姫ちゃんも違うから落ち着いてっ!!違うんです、又兵衛さんはお店をよく手伝ってくれて…!』
「ほう、これが三角関係か」
『まじまじ言わないでください雑賀さんっ!!ち、違いますってば!』
「ぼくだってまけないからねっ」
『半兵衛さんも便乗しないでください!』
「さぁ、どうだろう」
『……………へ?』
「…結おねえちゃん、早くいこうよっ」
一瞬、いつもの半兵衛さんが垣間見えた気がした
しかし次には子どもの演技に戻り、私の服を引っ張りながらこの場を去ろうと急かす。確かに、長居をすると怪しまれるかも…
『じゃ、じゃあ私たちはこの辺でっ』
「はい!あ、でもお口の悪いお兄さん!結ちゃんにはイエヤスくんってボーイフレンドが…」
「ぁあ?家康ぅ?オレ様がアイツなんかに劣るってんですかぁ?」
『ま、又兵衛さん!』
「まぁ怖い!あ。あと小さなナイトくんっ」
「っ…………」
「アナタにビビッと見えました!子どものように自分に素直に…そうじゃなきゃ欲しいものに手が届かなくなる、て」
「…姫、子どもに子どもらしくとはどういう意味だ?」
「へ?うーん…よく分かりません!」
「まったく…だが姫の予言は当たる、覚えておけばいい」
「……………」
「結くん、茶をもらえるかな?」
『はい!あ、でも、熱いからふーっふーってしてから…』
「…僕はもう元に戻ってるんだけどね」
『ひいっ!?すみません!すみません!思わずっ!!』
「許しません……ふふっ、次は君が小さくなってみるかい?可愛がってあげるよ」
『か、可愛がるの意味が不安です…!』
次の日。半兵衛さんは何事もなかったように元の姿へ戻っていた
残念がる又兵衛さんと私に苦笑していた彼だけど、その後ろで秀吉さまと三成さんも複雑な顔をしていたような気がする
「あ、茶柱」
『え…ほんとですねっ』
「ふふ、何かいいことがあるかもね…君ともう少し、お近づきになれるとか」
『へ?……え、ええっ!!?』
「冗談だよ」
『っ、ひ、ひひ酷いです半兵衛さんっ!!又兵衛さんっ半兵衛さんが虐めますっ』
「あ………うーん、おかしいな」
のそのそやって来た又兵衛くんの方へ逃げてしまう結くん
その背中を見送りながら僕は首を傾げた
「……巫の予言も、外れることはあるようだ」
20141201.
半兵衛さまは無意識に
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