運命の輪 | ナノ

  大きな空っぽ


『………ふぅ、』




見つめたカレンダー

今日の日付

そこにはキュッと真っ赤な丸が書かれていた



今日はついに来てしまった…私のお店、運命の輪の開店日だ




『常連さんたちへのお誘いもすませたし…あとは…』




両手で包んだ携帯電話

毛利さんや長曾我部さん、雑賀さんに姫ちゃんに京極さんを初めとした常連客の皆さんは、今夜の新装開店パーティーに来てくれると約束してくれた


後は、もう一人―…





『勝家くん…来てくれる、かな』




彼はまだ、誘っていない。当日まで悩んでしまって、もう予定が入ってるかも

私は勝家くんにだって来てほしい




『でも勝家くん、騒がしいの苦手だし、家の手伝いもあるし、でも、やっぱり…!』

「何をしている」

『ひぃっ!?あ、み、三成さん!』

「貴様、またうじうじと決めかねているのか」




いつの間にか三成さんが店まで降りてきていて、私がにらめっこをしていた携帯を覗き込む

そう、です、けど…と小さく呟けば、彼は画面に映った従兄弟の名前を見て眉間にシワを寄せた




「柴田勝家か…貴様、親族にさえそれか」

『か、勝家くんも忙しいですし、騒がしいの苦手だし…』

「そんなもの聞いてみなければ解らない」

『あ…え、あの、三成さん?』

「狐、これの使い方を私に教えろ。私が聞く」

『えぇっ!?』




突然、三成さんが私の手から携帯を奪ったかと思えば、自分が勝家くんに聞いてやるって

遠慮します!奪い返そうと手を伸ばすが、彼は長い腕でヒラリとかわし私の届かない高さまで持ち上げてしまう




「貴様はこれで、遠くの人間と会話しているのだろう?ここを押すのか?」

『ダメです三成さん!返してくださいっ』

「貴様を待っていては始まらない。当日まで悩む暇がどこにある」

『み、三成さんっ!!変なとこ押さな―…きゃあっ!!?』

「っ!!!?」





バタンッ!!!!



必死に取り返そうと暴れた私と、見知らぬ画面に注意をとられバランスを崩した三成さん

二人揃って体勢を立て直すことはできなくて…もつれるようにバタンッと勢いよく倒れてしまった!


頭を床に打ち付け、思わず顔を歪めてしまう。そしてすぐ近くで、三成さんが呻く声




『い、たっ……!』

「ぐ、……っ―……!」

『ぁ……!』

「っ―……!」





ぱっと目を開いた先には、店の少し高めな天井

そしてずっと間近には、三成さんの驚いた顔


私たちの転び方はまさに、彼が私を押し倒したような格好だ




「っ……す、まん…」

『い、いえ…!』




頭の両脇には三成さんの腕があって、彼と床の間で動けない私

彼もまた動かず、互いが互いを見つめたまま時間が過ぎる


見上げた彼の目は、とても綺麗

はらり重力に従い垂れた銀髪もやっぱり綺麗で、見とれたような私を三成さんもまた、見つめ続けた




『あ、の…?』




しばらくして、小さく問いかけた私。それに三成さんが息を詰まらせる

そして―…







カランカランッ!!!





『…………へ?』

「…………は?」

「Hey、先輩!ついに開店当日だな、手伝いに来たぜっ!!」

「結、父と母から細やかだが祝いの品だ。店に飾ってくれ」

「おう、任せろ勝家!」

「…貴方に頼んだ覚えはない。私はまだ、貴方をバイトと認めていないのだから」

「まだ言ってんのか!マスターである先輩が雇ったからにはオレも立派な店員だ、なぁ、せん、ぱ…い…?」

「結、まだ間に合う。伊達氏を雇うのは…」

「…………」

『…………』

「…………」

「…………」




……………………。





『き……きゃあぁあっ!!!!?』

「ぐっ!!!!!?」




目の前の三成さんを突飛ばし、私は自室へと全力で逃げた












「おいテメェ石田、先輩を押し倒すたぁいい度胸してんじゃねぇか、ぁあ?」

「貴方は他とは違うと思っていたが…私の思い違いだったのか…」

「ち、違う!断じて違うっ!!私はき、狐とそのような…!」

「だったらさっきのは何だっ!!?」

「事故だっ!!!」




目の前で私を睨む男二人に何度同じことを言っただろうか


主が不在な店先。先程の様子を咎める伊達政宗だが、私は決して狐に手出しなどしていない…!

そう告げても男の殺気は治まらなかった。贄め、盲目か




「…だが結が同意だというならば、私に貴方を咎める理由はない」

「だから事故だと言っているだろう…!」

「What!!?勝家!アンタ、先輩が他所の野郎に盗られていいのかっ!?」

「結も成人。いつ嫁いでもおかしくはない、貴方は早急に姉離れをすべきだ」

「オレは先輩を姉貴だと思っちゃいねぇよ!あの人を、オレは、女として―…」

「石田氏、偽りなく、事故だと言い切れるか?」

「無視すんなっ!!!」

「ああ」




そうハッキリ言い切れば、ようやく柴田は納得してくれたらしい

そうか…と小さく呟いた表情は、何故か、少し残念そうにも見えた




「貴方たちならば…結の空っぽを、埋めると思ったのだが」

「空っぽ?」

「ああ…マスターが消えて生まれた、結の心の大きな穴…そこは彼以外で埋まらないかもしれないが」

「…………」

「勝家!そんなもん、石田なんかに頼らなくても…!」

「貴方、ましてや私だけで埋められるものではない。それほどにマスターは結にとって大きいのだから」





ますたぁ、は狐の主人だ

その主人の店を守るために、あの女は自分が主人となることを決意した


男が戻るその日まで。それだけでなく、その男は狐にとって特別な存在らしい




「石田氏、貴方たちも今宵の開店パーティーに出るのだろうか?」

「っ―……!」

「本多氏には留守番を頼んだが…徳川氏には出席を願った」

「家康が…だが、私たちは…」

「Ah?何だ、こいつらも店の常連客じゃないのか?」

「…………」

「…………」





…違う、私たちは客ではない

伊達政宗は知らないが、ここで働くならば直に気づくだろう。私たちが此方の者ではない、と

そして今宵の宴に私たちは参加をするのか。それは未だに秀吉様や半兵衛様も決めかねていた




「…この店の常連が来るならば、新顔の私たちを怪しむ」

「そうだろうな」

「わざわざ騒ぎを起こすつもりはない。開店を私たちが祝うのも、少し違うと思うしな」

「だが結は参加を望む」

「っ―……」

「結は…賑やかなこの店が好きだ。まだ手伝いだった頃から、カウンターで皆を眺めてばかりいた」

「…………」




柴田が見つめたその先へ、私と伊達政宗も視線を移す


席から少し離れ、店の全域を見渡せる場所。私たちが食事をしている間の狐の定位置だ

あれはそこからいつも、笑って私たちを眺めている




「私からの頼みだ…参加してやって欲しい。何もせずともよい」

「…………」

「…勝家が言うなら、先輩のためなんだろうな。おい石田、絶対に来いよ」

「っ―……!」

「アンタが先輩の何かはまだ解らねぇが…欠かせないもんなんだろ、だったら来い」

「私は……」





私たちに参加してやる義理はない。この巣は、店は、一時的な宿でしかないのだ

あの女が家康や左近を拐かし、私たちを此方へ引き込んだ。返し方を知らぬ女の元で帰る日を待ちわびるのみ


だが―……







「…いいだろう。秀吉様や半兵衛様も、私が説得をする」

「っ…そうか、有り難い」

「ただし一つ条件がある」

「何だ?」

「柴田勝家、貴様も宴に参加をしろ。拒否は許さない」

「っ―……!」




私の返事に柴田は目を見開き驚いた。そして直ぐに視線を斜めへ向け、だが…と小さく呟く

ああ、やはり、狐はこれを解っていたのか。良い返事を返さない柴田に再び私は言い放った




「貴様も参加しろ。それをあの狐は望んでいる」

「結が…そんなはずはない」

「おい勝家!馬鹿言ってんじゃねぇぞ、石田の言う通り、拒否は許さねぇ」

「…………」

「…オレだけじゃなく、アンタも先輩には必要だ。オレらが必要だ。アンタも解ってんだろ?」

「伊達氏…」




私と伊達政宗を見比べて、柴田は深く悩む素振りを見せる

しかし直ぐに顔を上げれば、相変わらずな表情を浮かべていた。そして、





「…分かった。私も参加をしよう」





ほっと胸を撫で下ろす、私がいた






20140609.
少しお節介が入る

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