運命の輪 | ナノ

  凶王と凪


『お、おはようございます…朝です、起きて、くださ…』

「……………」

『ひぃっ!!?お、起きてますよね!すみません!すみません!』




日課となったのは店で早くからの朝食準備。そして居候の武将たちを起こしに行くこと

秀吉様と半兵衛さん、三成さんと刑部さん、官兵衛さんと又兵衛さんと左近くん…彼らにはマスターの趣味部屋を掃除して使ってもらっている


そこにはマスターが集めたたくさんの国の人形があって、その視線が怖いと左近くんは言ってたけど、三成さんの黙れの一言で渋々寝泊まりしていた




「おい、狐」

『は、はい!』

「…今日もアレは来るのか」

『政宗くん、ですか?今日は部屋の片付けや大学の入学関連で忙しいって…』

「来るのか来ないのかを迅速に答えろ!」

『ひぃっ!!?来ません!今日は政宗くん来ません!』

「…………」

『…………』




彼らと暮らしはじめて数日。こっちの時代に少しずつ慣れてきている彼ら

しかし私は今でも…三成さんとの距離感が掴めないでいた




『ぅう…!』

「ヒヒッ、これ御狐殿。そう嫌そうな顔をしてくれるな」

『ひぃっ!!?あ、よ、吉継さん…おはよう、ございます…』

「ああ」

『っ―…い、嫌とかないんです!ただ、その、えっと…!』

「ん?…っ、狐!貴様、刑部にまで取り憑くつもりかっ!?」

『ひぃいっ!!?』

「…まぁ、話しただけでコレゆえなぁ…多少は同情してやろう」




私たちを見つけスゴい剣幕で近づいてくる三成さん!思わず隣の吉継さんの背中に隠れる私!更に顔を怖くする三成さん!更に震える私!

それを見てやれやれと呆れた吉継さんが、ふと何かに気付いた視線の先。そこにはちょうど店まで降りてきた秀吉様の姿が―…



ゴチーンッ!!!




「ぐっ―…」

『あ゛、』

「嗚呼、」

「秀吉様っ!!!?」




…見えたその瞬間、彼の頭がガーンッと思いきりドアの上部にぶつかった

吉継さんと共にあっと声を揃えれば、三成さんが慌てて秀吉様に駆け寄る


そう、忠勝さんには負けるけど秀吉様だって常人よりも二回りほど大きい。そんな彼に喫茶店の出入口は小さいだろう



「ご無事ですか秀吉様っ!!?」

「うむ…そう慌てるな三成、大事にはならぬ」

「そうだね、秀吉の頭突きで無事な家がスゴいよ。ただ、通る度に屈む必要があるのは難儀だ」

「ああ」

「くっ……!お待ちください秀吉様!この小さき扉を斬り、秀吉様も難なく通れるよう私が…!」

『え……っ、』

「む…御狐殿、三成へ近づくな、危なかろうっ」






『ダメです!斬っちゃダメです三成さんっ!!』

「っ、私に触るな狐っ!!手を放せっ!!」

『は、放したら店を壊しちゃうじゃないですか!』




三成さんが出入口近くにあった刀を掴む。それを見た瞬間、私は思わず彼の右腕を引っ張っていた

驚いて私を振り払おうとする三成さん。それを見る半兵衛さんと秀吉様も目を見開いている。ダメだ、放しちゃいけない




『こ、ここはマスターの店なんです!マスターの店を壊すなんて、わ、私がっ、許しません!』

「何だと…!」

『っ!!!!?』




あ―……!

思わず口走った言葉に顔を上げれば、怖い顔の三成さんが私を見下ろしている

ああ、言ってしまった、三成さんに歯向かってしまった。私も斬られる、そう思いギュウッと目を瞑り身体を強張らせ…!





「………そうか」

『………え?』

「放せ、狐。秀吉様、申し訳ありません。不自由ならば裏口を…そちらも天井が低いゆえ、お気をつけください」

「…ああ」

『あ……あれ?』




刀も、罵声も、私に向けられることはなく。秀吉様を誘導して席に向かった三成さん

二人の後ろ姿を見つめる私を笑った半兵衛さんもまた、彼らに続いて席へついてしまう。え、と…




「…三成も、無意味に罵る男ではないゆえなぁ」

『あ、の…』

「ヒヒッ、ほれ御狐殿、暗や左近らがまだ起きておらぬ。起こしてきやれ」

『は、はい!』




吉継さんに促され私はまた二階の部屋へ彼らを起こしに向かう

階段の手前で振り向けば、三成さんは変わらずな表情で静かに席へ座っていた










「…ぬしが己に立ち向かったゆえ、三成も素直に刀を納めたのよ」

『私が逆らったから、ですか?』

「ますたぁとやらはぬしの主であろ?その店を守るため、ぬしは動いた…それを奴が認めただけよ」




朝食後。吉継さんにさっきのことを尋ねてみると、三成さんが私を少し認めてくれたらしい

ヒヒッと渇いた笑いを堪えながら私を指差した吉継さんは…




「三成は、ぬしのような泣き虫弱虫が大嫌いゆえ。ぬしの言動に逐一苛立っておったわ」

『ひぃっ!!?や、やっぱり…!』

「だが、今朝のぬしは主のために立ち向かった…少なくとも、見直しはしたであろう」

『…………』




その忠節を、三成は嫌いではない

そう吉継さんが呟いた瞬間に浮かんだのは…秀吉様を何よりも心配するあの人の姿だった








「…………」




官兵衛と共に家康へ朝食を届け、そのまま真っ直ぐ狐の巣へ帰ってきた

だが店にいると思っていたあの女の姿はない。何処かへ出掛けたのだろうか…あれが不在の中、再び長曾我部や毛利が現れては面倒ではないか




「左近も見当たらん…アイツはまた勝手に外へ…!」

「うぉおっ!!!?」

『きゃあぁっ!!!?』

「っ!!!?」




突然、聞こえてきた叫び声に私はハッと顔を上げる。今のは左近と狐の…上か!

側に立て掛けた刀を手に取り階段を駆け上がる、恐らくはここだと思われる部屋の扉を開いた!




「どうしたっ!!?」

『あ…み、三成さん!』

「三成様っ!?た、助けてくださいお願いします!」

「………何をしている」

『あ、え、と…!』

「そ、掃除っす!」




駆け込んだ私の目に飛び込んできたのは、半泣きでオロオロ焦る女と…その前で積み重なった荷物の山だった

その中のいくつかを持ち上げてみると、その下から左近が顔を出す…何をしている、貴様ら




『お、一昨日…左近くんに部屋の掃除をお願いしてたんです。でも本が一冊、行方不明になってしまって…』

「俺が片付けちまったのかなーって探してたんですよ!で、この押し入れの中かなっと開けたら…」

「荷物が雪崩となり下敷きになったか」

「いやぁ、テキトーに詰め込んだだけだったんでっ」

「・・・・・」




バサバサバサッ!!!




「ぐえっ!!?」

『左近くんっ!!?』

「豊臣の将たるものが片付けもろくにできずどうするっ!!」



抱えた荷物を再度左近へ落とし、次に狐へと視線を移す。私と目が合い身体を震わせる狐

だがそんなもの知るか。荷物と左近を踏みつけ私が歩み寄った先は…すっかり中身の落ちきった押し入れだ




「退け!まったく…!この程度の量ならば、整理すれば詰め込む必要もないだろう!」

『す、すみません…!』

「謝る前に貴様は書を探せ!私が他を片す!」

『え、あ、いえっ、……!』

「早くしろっ!!」

『は、はい!』

「…………」




グズグズと鼻を鳴らしながら荷物を掻き分ける女に苛立ちつつ、私は一番上の箱を持ち上げ奥へと押し入れた








『あ、ありました!よかった…』

「これ?いやぁ、片付けた記憶まったくないんだけどなぁ」

「ただ詰め込んだだけのそれを片付けたとは言わん…!」

『み、三成さん…結局、片付けてもらっちゃって、すみません…』

「貴様と左近に任せてはまた同じことが起きる。半兵衛様や刑部が怪我をせぬよう手を打ったまでだ」




半刻はとうに過ぎた頃。ようやく荷物の山は消え、狐の探していた書も出てきた

よかったなと暢気な左近を殴っておく。もとは貴様のいい加減な性格が招いたことだ




『三成さんって几帳面なんですね…あの荷物が全部納まっちゃうなんて』

「結ちゃん、それ、神経質って言…い、痛い!痛いっす三成様!」

「貴様の一言が邪魔なのだ…!」

『ありがとうございます、三成さん。お陰で助かりましたっ』

「…助けたつもりはない」




貴様が困っていたからではない、私には関係ないことだ

そう言えば女は一瞬だけ悲しそうな顔となり…すぐにへにゃりと、それでもありがとうございます、と笑った




「貴様も日頃から己で整理するよう心掛けろ。特にこの屋敷は物が多すぎるっ」

『マスターが集めた物ばかりで捨てられませんし…あ、でも、整頓はします、ちゃんとっ』

「そうしろ」

『はいっ』

「……………」




今度はちゃんと、笑った女


その腕で抱えた本はずいぶんと古ぼけている。大切な物ならば尚更だ、左近に片付けなど任せるな

これを見つけた時の安堵の表情。今朝、私から店を守ろうとした決死の表情。家康と本多のためにと再度作り手渡した朝食




「…貴様には、大切な物がたくさんあるようだな」

『え…は、はい!店もそうですけど…私は、いろんな人から、たくさんのモノをもらってるんです』

「……そうか、」

『大事なものばかりだから…手放せないものばかりだから、あは、片付けも苦手なんですよね』

「不要なものは捨てればいい。大切だと思うものさえ死守すればいいのだからな」

『はいっ』

「……………」




この狐と、こうやって話したのは初めてかもしれない

意外と会話ができる奴だとか、話す声の高さは思ったよりも甲高くないだとか、それでも私を見る目は少しだけ怯えているだとか

あとは…




「三成様、三成様、結ちゃんのこと見すぎっしょ」

「・・・・・」

「ぐえっ!!!!?」

『左近くんっ!!?』




私が再び踏みつけた左近を涙目で見つめる女

この直ぐ様泣く癖さえなければ、もう少しはマシになるというのに





20140327.
少しずつ兄貴役を担う三成

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