運命の輪 | ナノ

  腹が減っては何とやら


「……何だ、これは」

『と、トーストとサラダと…ゆで卵、あと、こ、コーヒーなんです…けど…』

「…食べ物か?」

『もちろんです!』




店の一番大きなテーブル。みんなで腰掛けた目の前には、人数分のモーニングセットが置かれていた

勝家くんの家で留守番な忠勝さんを除く豊臣軍の皆さん。少し遅めな朝食を準備したんだけど…誰もが顔を強張らせ、朝食を見つめている




『ほ、本当は和食がよかったんですけど…人数分、できなくて…』

「結ちゃん…これ、真っ黒なんだけど…!」

『あ、コーヒーは牛乳や砂糖を入れてお好みで…』

「これは、どう使うんだい?」

『えっと…フォークは挿して、スプーンはすくって使うんです、あ、すみません!お箸持ってきますっ』

「このドロッとした液体は?」

『ドレッシングで…ああ!すみません!皆さんのにかけちゃってますっ…!』

「…………」

『ぅ…!』




…やっぱり、困る、よね

戦国時代と今じゃあまりにも文化が違いすぎる。パンなんてないだろうし、ドレッシングやコーヒーは口に合わないかもしれない

作るのに必死でそこまで頭が回らなかった。少しだけ重苦しい雰囲気にジワリと涙が溜まっていく


ああ、いきなり失敗したなぁと俯いた私。すると―…






「ん…おお!このとぉすと、というのも香ばしくて旨いな!」

『え……』

「なっ、家康!得体の知れないものを易々と口にするなっ!!」

「だが三成、せっかく結が用意してくれたんだ。温かいうちに食べた方がいい」

「何が入っているか解らんのだぞっ!?」

「ははっ、大丈夫だよ。予想はしてたが、やはり結は料理が上手いな!うん、旨いっ」

『家康くん…』



ニコニコと笑いながら、私が用意した朝食を口にしていく家康くん

その様子を見たからか、左近くんも「よし!」と一声気合いを入れてコーヒーに手を伸ばした




「結ちゃん、俺、苦いのは無理なんだよなー。どれくらい入れたらいい?」

『あ、えっと、じゃあ、ミルク多くして…なんなら別の飲み物準備しましょうか?』

「え、本当…って、いやコレがいい!ここで逃げたら男じゃないっしょ!」

「おい御狐様、とぉすとはそのまま食っていいのか?」

『はい!でもジャムとか付けても美味しいですよ官兵衛さん、その瓶に入ってます』

「っ―……熱い」

『すみません又兵衛さん!コーヒーはもう少し冷ました方がいいかもしれません…』

「ぐ―……!」




家康くんを皮切りに次々と朝食を口にしていく武将さんたち

その様子を見ていた秀吉様と半兵衛さんは顔を見合わせ…小さく笑った



「僕らも頂こうか」

「うむ、そうだな」

「っ―…お待ちください秀吉様!半兵衛様!先に毒味を…!」

「家康くんたちが手伝ったんだろう?なら大丈夫さ」

「郷に入れば郷に従うものだ三成。恐れていては何も始まらん」

「恐れてなど!私は、ただ…」

「美味いっすよ三成様!結ちゃんはいい嫁さんになる、賭けてもいいっ」

『あ、ありがとうございますっ』

「……ヒヒッ、」

『え…』




突然、クツリと一番角に座っていた吉継さんが笑う

視線を向ければこっちを見つめていたので思わず肩が跳ねた。その様子に何だ文句あるのかと官兵衛さんがくってかかる




「文句などない、ただ…御狐殿は料理を褒められると実に嬉しそうに笑う」

『っ―…す、すみません…!』

「謝るな結!事実美味いんだから胸張っとけ!」

『い、いえ!自慢できるような手の込んだ料理じゃないので…でも…』

「でも?」




…ここは、喫茶店なんだ


マスターに少しでも近づきたくて料理もコーヒーも紅茶も練習してきた。私なりにこだわって、毛利さんや長曾我部さんに味見をお願いしたり

商売である以上は損得も関わってくる。仕事であるから当たり前のことだ、それでも…




『どんな料理でも、美味しいって言ってもらえるのが…一番嬉しいんですっ』

「っ―……」

『せっかくだから喜んで欲しいじゃないですか、だから、えっと…ありがとうございますっ』



じっと私に集まる視線が恥ずかしくなって、お礼のふりをして頭を下げ顔を隠す私

皆さんがしんと静かになった中…やはりヒヒッと乾いた笑い声を響かせるのは吉継さんだった




「ヒッ…だそうだ三成、御狐殿に感想を言うてやれ」

「っ!!?な、何故私が狐を褒めねばならん!」

「褒めろとは言うておらぬ、率直に味の感想を言うてやればよい」

「おう、そうだぞ三成!嫌がるだけ嫌がって、食い逃げなんざ男らしくないだろっ」

「貴様に言われる筋合いはない官兵衛…!」

『あ、の…』

「っ―………!」




今度は三成さんに集まる視線。グッと言葉を詰まらせた彼は言い出しっぺの吉継さん…次に半兵衛さん、最後に秀吉様へと目線を泳がせた

そして再度…目の前の朝食へ恐る恐る手を伸ばしトーストを、一口




『この時代のもの…お…お口に合いますか?』

「…………」

『…………』

「っ………わ…」






悪くはない、

ボソボソと、でも確かにそう呟いた三成さん

そんな彼を素直じゃないなと笑う家康くん、三成様らしいと苦笑した左近くん、他にないのかと顔をしかめた官兵衛さん


それでも、私は…





『あ、ありがとうございます三成さん!』

「ぐっ……!調子にのるな狐っ!!家康や左近を易々餌付けできたとて、私はそうはいかない!」

『ひぃっ!!?す、すみません!精進します!努めます!すみません!』

「三成くん、食事中に騒ぐものじゃないよ。まずちゃんと座りなさい」

「も、申し訳ありません!」

『っ………あは、』

「笑うな狐ぇえぇえっ!!!」

『すみませんっ!!!』

「…………はぁ、」












『…じゃあ、忠勝さんに朝食届けて来ますね』

「ワシも勝家殿の家に戻るとしよう。結、荷物はワシが持つよ」

『ありがとう、家康くんっ』

「俺も行く!勝家にもう一回、挨拶しときたいし…て、いたたたっ!!?三成様!痛い!痛いっす!」

「また勝手にうろつくな左近!貴様は危機感がないのか…!」

『…左近くんが心配なら、三成さんも来ます?』

「っ、誰が心配するかっ!!私は貴様がこれ以上、豊臣の兵に手を出さないか危惧しているだけだ!」




…と言いつつ、結局はついてきてくれるらしい三成さん

家康くんの見送りと朝食のお届け。店を出ようと準備をする私の隣で、家康くんがボソリと呟く




「…二人も来るのか」

「おや?結君と二人きりじゃなくて残念かい、家康くん」

「っ……!そ、そうではない!断じてない!賑やかなのは楽しいさ、なぁ結?」

『うんっ』

「は、はは…」

「…………」











「…僕はてっきり、家康君の恋人だとばかり思っていたんだけどね、彼女」

「御狐様か?あー…ありゃまだまだ先の話だな」

「先があるのかも解らんがな」

「…秀吉、思いの外辛辣だね」




彼女たちが出ていってしばらく経つ。結君と三成君、そして左近君の帰りを僕たちはぼんやりと待っていた

僕たちが身を置く茶屋。昨日の晩、何か帰る手掛かりはないかと見て回ったが…見るほど奇妙な物ばかりだったよ




「ヒヒッ、見よ。この置物、首がチロチロと揺れよるわ」

「こっちは人形の中にまた人形…あ、また。実に面白いカラクリですねぇ」

「…刑部、又兵衛、今さらだがお前さんらは暢気だな」

「焦ったとてまた風が吹くわけではない。戻る時には戻るであろ」

「官兵衛さんは余裕がないんでしょうよ。それともこっちを満喫ですかねぇ、御狐様にデレッデレですからぁ?」

「おうよ!なんせ小生は御狐様の贄だからなっ」

「…君も暢気だね」




…彼らはなんだかんだ、この奇怪を楽しんでいる節がある

確かにここが本当に未来ならば。僕らの時代にない技術やカラクリがあり、得られるものは山ほどあるはずだ

事実、彼女一人が僕ら全員の食事を半刻もせず作ってしまった。三成君ではないけれど、一瞬騙されたと思ったよ




「半兵衛…お前はこの奇怪をどう見る」

「あの風と柴田結が無関係とは思えない。あの勝家という少年も気になる…僕らが選ばれたのも偶然ではなさそうだ」

「…何者かの謀略か?」

「詳しくは解らない、だけど…」

「うぉおっ!!?なんだ、こいつ目が光ったぞ!」

「目付きが石田に似てますねぇ」

「ヒッ…ヒーッヒヒッ!!確かに、三成にそっくりよ、ソックリ!」

「…彼らに緊張感が足りないのは確かだよ」

「………うむ」








20140304.
順応力が一番高そうな刑部

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