ビタースイーツ ちょっとビターな貴方 『兄さんっ!!』 「っ!!!!きたか雪子っ!!」 『ハッピーバレンタインっ!!私のチョコを受け取ってくれるっ!!?』 「当然だっ!!ありがとうっ!!!」 『嬉しいっ!!こっちこそありがとうっ!!』 …という勢いのやり取りを、朝の玄関で繰り広げる私と兄さん 出勤途中のサラリーマンや登校中の中学生が私たちをチラチラと見る。そんな視線にもなれたバレンタインデー 今年も兄さんに手渡したのは懇親の作、兄さんをイメージしたチョコレートだ! 我ながら年々クオリティが上がってる気がする。前田やタケちゃんには笑われるけどね気にしない。だって兄さんは喜んでくれるもの 「今年も雪子の手作りか。年々上達するからな、楽しみにしていた」 『もちろん妥協は無いもんっ!!去年よりも愛を込めてるよっ』 「そうか、それは安心だ…今年は雪子の思いが、他の者に分散するものと思っていたからな」 『え?』 そう言って少し寂しそうに笑う兄さん。分散なんて、それこそ寂しいことを言われてしまった 私が兄さんを大切に思う気持ちはずっと変わらない。衰えるつもりもなく、年々増していくだろう でも確かに今年は、他にも大切な人ができた 「おはようございます吉郎さん」 『っ−……!』 「ん?ああ、おはよう−…」 元就、 そう彼の名前を呼び振り向いた兄さん。その背中から私も顔を出せば、すっと背筋を伸ばす彼と目が合った いつもの仏頂面。切れ長の目。その視線が兄さんの手元に向けられ、ピクリと眉が小さく動く そして−… 「バレンタインですか、今年も雪子さんからもらえたようですね」 いつもの彼からは想像できない爽やかな笑顔を向けてきた! そう、彼は同じ大学に通う元就さん。兄さんの前でしか見せない猫被りは、バレンタインの今日も絶好調なようです怖いです 「む…はははっ!!見られてしまったか、この年になってバレンタインにはしゃぐとは恥ずかしいな」 「いえ、そんな。男として当然ですよ。羨ましい限りです」 「何を言う、元就ならばさぞ大量のチョコレートを貰っているのだろう?」 「滅相もない…それよりも吉郎さん、そろそろお時間では?」 「おお、そうだな!では雪子、ありがたく食べさせてもらうぞ」 『う、うん、行ってらっしゃーい…』 「お気をつけて」 上機嫌で駅に向かう兄さん。その背中に深々とお辞儀をした元就さんが、すっと身体を起こしこっちを見下ろす その表情にもう笑顔はなくて−… 「…さて雪子、我に渡す物があるのではないか?」 『切り替え早すぎますっ!!え、さっきの爽やか笑顔はどうしたんですかっ!?』 「……こうか?」 『あ、すみませんやっぱり遠慮しときま…ぎゃあっ!!?すみませんすみませんっ!!チョップはやめてくださいっ!!』 私の学習能力が低いのか、単に元就さんの手が早いのか、手刀を振り上げる彼の前で縮こまる だって兄さんをあんな上機嫌にするなんて…何を企んでるですか? 「ふん…ああ言っておけばあの兄も、我がチョコレートを享受したとて咎めはせぬわ」 『あ…元就さんが、チョコレートって、言った』 「…何だ」 『…あはっ、何でもないです』 「………………」 さてさて、ちょっと待ってくださいね。と彼を玄関で待たせ家の中に戻る たくさんたくさん作ったチョコレート。それはもちろん兄さんのだけじゃない。元就さんの言う通り、渡す物があります 『よいしょっ…はい、元就さん!ハッピーバレンタインですっ』 「ふんっ、受け取ってやろう」 『うわ…素直じゃない』 「………………」 『ぎゃっ!!?だ、だってそうじゃないですか!バレンタインですよ、乙女の勝負なんですよ!だから、だからっ…!』 「…三倍返しを期待しておけ」 『………え?』 「二度は言わぬ。我は素直ではない、のだろう?」 そう言って鼻で笑った元就さんが、私の前でチョコレートの箱を揺らす 兄さんのよりは小さい箱。でもバレンタインは見栄えでも、味でもなく、気持ちが大事…ですよね? 『う゛ぅう…!乙女が三倍返しに弱いって知ってて!ズルいです元就さんっ』 「貴様が単純なだけであろ」 『ぐぐっ…!悔しいけど楽しみにしてますっ!!』 「期待しておくがよい」 甘い言葉が聞けないのは、とっくに知っていますから 20160212. ハッピーバレンタイン (3/7) |