迷子犬飼育しました



「じゃあ改めて。俺様は猿飛佐助、こっちが海月ゆの。いたって普通の現代人だよ」

「石田三成、豊臣の左腕だ」

『さわん?左腕なの?右じゃなくて?』

「ゆのは少し待っててね、俺様がちゃんと状況整理するから。石田の旦那は何であの木の下にいたの?」

「半兵衛様の命だ」

「はんべえさま?」




現在私たちは部屋の中央の机を囲み、戦国武将・石田君の話を聞いている。彼の正体に佐助は半信半疑だけど、嘘をついているようには見えない

うーんと唸る佐助に難しい話の全般は任せつつ、私は石田君をじっくり眺めることにした。うん、やっぱりイケメンさん




「半兵衛ってあの竹中半兵衛だろ?豊臣秀吉の軍師の。何て命令だったのさ」

「城下を騒がせる怨霊退治だ」

「は?怨霊?」

「詳しい話は分からん。その怨霊を見た人間は皆、口をきけぬ骸となっているからな」

『いきなりホラーに変わった…その半兵衛様は、そんな危ない仕事を石田君に任せたの?』

「信頼ゆえだ。その調査をしている内に…気づけばあの木の下にいた」

「理由が何であれ、こっちに飛んじゃった原因は分からないんだね」

「………………」




黙ってしまった石田君。そうか、彼が頑なにあの木の下から動かなかったのは果たさなきゃいけない命令があったからか

見るからに真面目そうな石田君だもん。あの時倒れてなかったら、きっと今もあの場所で待ち続けているはず




「しっかしどうするかな。俺様含めアンタが戦国時代からのトリッパーなんて、誰も信じやしないよ」

「とり…?」

『え、私たち以外が信じないと困ることってあるの?』

「いやいやこの人、このままゆのの家に置いとくわけにはいかないだろ?」

『………………』

「………………」

「…置いとくつもり?」

『ん、それ以外にある?』




不思議そうに首を傾げてみせれば、佐助は一瞬ぽかんとした後…頭を抱えて机に突っ伏した

石田君も何故か眉間にシワを寄せている。私、何かおかしなこと言ったかな




『だって他人に説明したり、他の暮らし方考えるの面倒だから…ここに置くのが手っ取り早くない?』

「犬や猫じゃ無いんだよっ!?この人、人間っ!!しかも男っ!!ゆのは女っ!!分かる?」

「…貴様、犬や猫のように私を飼うつもりか。私は秀吉様以外の人間には従わんっ!!」

「ほら本人もご立腹じゃん!その意を汲んで、他に放り投げた方がいいって!」

『別に石田君に奉仕して欲しいとは言わないよ。でも知らない時代で衣食住ないと困るでしょ?』

「それは…」

『石田君は帰る方法探すのに集中したらいいし、私も気が向いたら…たぶん手伝う。何も損なことないよ』

「………………」

『………………』

「………………」

『………………』

「…確かにそうだな」

『ねー』

「ねー、じゃないっ!!アンタもなに納得してんだよっ!!絶対にダメだっ!!俺様は絶対許さないっ!!」

『佐助…』




いつになく感情的に怒鳴る佐助。そりゃそうだ、状況が分からなかったとはいえ石田君は私を襲い怪我をさせた

そんな男と二人で暮らす、そう言い出す方がおかしい。でも私だって誰でも許すわけじゃない




『…佐助、あのさ、』

「なに、俺様が納得できる理由なんてあるの?」

『理由……石田君はあの子に似てるって、思ったから』

「あの子?」

『私たちの友達』

「っ………!」

『あの子が休んでる場所に、私の前に現れた石田君が無関係なんて思えなくて』




あの日石田君に話しかけたのも会いに行ったのも、助けたのも今助けようとしてるのも…きっと全部、それが理由だ

運命とかカッコイイものじゃないけど、幼少期の短い間だけ共に過ごしたあの老犬と石田君を私は重ねている


あの子は犬だ、でも私の大事な…





『佐助、』

「っ、は…?」

『…お願い』





隣に座る佐助の手を取った。目を見開く彼を少し下から見上げる、見つめる


お願いだと頼み込めば、昔から佐助は私のワガママを何でも受け入れてくれた。そして今もこうやって佐助を困らせる

しばらく考え込んでいた彼だけど、はっと軽く息を吐き出すと私の手を少しだけ握り返し…





「ゆの」

『……………』

「もしここでまた、石田の旦那を俺様が捨ててきたら…ゆのは…」






俺様に、大嫌いって言う?



佐助の問いかけが耳をすり抜け私の頭に響く。そして復唱


大嫌い、大嫌い、大嫌い、その言葉を私は…







『言う…かも、しれない』

「………そっか」





嘘、言わない

私はもう二度と大嫌いなんて言うつもりはない。何があっても私は、この幼なじみを嫌いになんかならない


それでもそんな嘘をつけば佐助は、いつも目を閉じて昔を思い返そうとする

そして次に私を見つめて…







「…ほんと、ゆのってダメな女だよね。俺様じゃなきゃダメな女」







嬉しそうに、笑うんだ







「ってわけで石田の旦那!ここに住むのは許すけど、ゆのに手を出したら本気でころすからね」

「待て、どういうわけだ。今の会話が私にはさっぱり分からん」

『いいよ深く考えるの面倒だし。物置にしてる部屋が余ってるから、そこ使ってね』

「服は俺様の持ってくるから…あ、ゆの。とりあえず戦国人に、最低限の未来機器の説明しといて」

『うん』

「じゃ、ささっと取ってくるね!石田の旦那、ゆのに手を出したら本気で…」

「二度も言うなっ!!誰がこのような女に手を出すかっ」

「うんうん、ゆのに手を出すなんて俺様にしか無理だよねーじゃあねっ」

「………………」




言うが早いか早速部屋を飛び出して行った佐助は、ここから徒歩圏内にある自分のアパートに行ったんだろう

佐助を見送り部屋には石田君と私の二人だけ…改めて向き直す。そして挨拶をしよう




『今日からよろしくね、石田君。私のことはゆのでいいよ』

「………………」

『薄々気づいてるだろうけど、ここにはほぼ毎日佐助が通ってるから仲良くしてね。あとは…』

「…あの忍を、今は貴様が飼っているのか?」

『しのび?』

「猿飛佐助だ。あの男は、私の世では真田幸村に仕えているはずだ」

『真田幸村…』




これはまた、すごい偉人の名前が出てきたね。真田幸村ってあの真田幸村か

しかも佐助がその人の忍。確かに動きは軽いけど、佐助は自他共に認める目立ちたがり屋だ




『ううん、あの佐助は忍者じゃないよ。普通のサラリーマン。いや、本人は普通じゃないけど』

「そうか…では先ほどのアレは何だ?何故、貴様をダメな女と呼びながら笑った」

『…気にしなくていいのに』

「…貴様と私の主張がおかしかった自覚はある。だが何故、あの男は突然笑って許可を出した」

『私がダメだと佐助は嬉しいの』

「…………は?」

『私は佐助がいなきゃダメな女だから、それが、佐助は嬉しい。そんな理由だよ』




私のワガママが佐助を満たした。だから彼は笑って受け入れて、その願いを叶えてくれた

そんな説明をすると石田君はやっぱり怪訝な顔になる。分からないよね、私もよく分からない





『佐助がよく分からないんだよ。ずっと一緒にいるのにね』

「…貴様はあの男に捕らえられているのか」

『んーん、私が佐助を捕まえちゃってるの。でも逃がし方も分かんない…考えることもできない』

「……………」

『今はおかしく見えるかもしれないけどすぐ慣れるか、慣れる前に帰れるよ、たぶん』

「…たぶんなのか」

『それも分からない、ごめんね』

「…貴様が謝る理由はない。これから短い間だが、世話になる」

『うん、よろしく』






また短い間だけ


それを口に出し確認する前に、佐助の帰宅を告げるインターホンの音が部屋に響いた






20151101.


×