迷子犬探しました



「ゆのっ!!石田の旦那が病院から逃げ出したっ!!」




朝一番。電話の向こうで佐助が叫ぶのは案の定、石田君逃亡の連絡だった

のそのそ起き上がった私はメイクもせず家を出て、向かう先は彼の消えた病院…から遠く離れたあの公園だ

















『いた…おはよう石田君』

「………………」

『やっぱり帰巣本能あったね。あー…歩いて大丈夫?まだ寝てた方が…』

「刀はどこだ」

『………………』

「貴様が隠したのか」




昨夜の雨の名残が残る早朝。人気のない裏山の公園で、やっぱり彼は昨日までと同じく木の下に立っていた

違うのは病院の患者服を着ていること。そして私に明らかな殺気を向けていること。私が彼を知らない場所へ運び、彼の刀を預かったからだ




『だってこっちの時代じゃ…刀持ってると捕まっちゃうから』

「どこへ隠した…!」

『私の家。でもね石田君、先にちゃんと治療とかすませてから…』

「−……!」

『っ!!!?』




ガンッ


そんな鈍い音と共に背中に痛みが走る。背後でざわざわと木が揺れて葉のこすれる音が聞こえ、目の前では今にも私の首を折ってしまいそうな石田君が睨んでいた

彼は私の首を掴み側の木へと力いっぱい押しつけている。首がギリギリと締まる、これはヤバい、息が苦しい




『ぅっ…ちょっ…と、こ、れは、さすがにっ…!』

「貴様がこの奇怪の元凶か…!私に何をしたっ!!」

『違っ…私、何も知らなっ、い、から…』

「黙れっ!!早急に私を、もとの場所へと帰せっ!!!」

『っ−……』






もとの場所へ、かえせ


血が巡らずボーッとしてきた頭で、確かにその言葉だけは聞き取れた。ずっと昔にも聞いた言葉だ

ただその時、私はもとの場所へ“彼”を返さなかった。今も帰せない。彼に応えられない


目の前が霞み石田君の顔もぼやけて見えなくなるけど、唯一はっきり認識できた−…





『ご、めん…』

「っ!!!!?」





あの子と同じ白へ手を伸ばす





ガンッ!!



「ぐっ−…!」

『っ、げほっ!!!ごほっ、っぅ、あ…』

「…何してんだ、アンタ」




石田君の手が緩んだ次の瞬間。誰かが何かを殴る音が聞こえると同時に石田君の身体が地面に打ちつけられた

そして代わりに目の前に現れた背中。木に沿ってずるずる座り込みながら息を整え彼を見上げる


握り込んだ拳の持ち主、そして私を助けた男は…病院から駆けつけた佐助だ




「ぐっ…貴様、真田のっ…!?」

「は?さなだ?」

「なるほど、すべては忍の妖術か…何が目的だっ!?なぜ私をっ…」

「…何言ってるのか分かんないけど、今の一発だけじゃ俺様の腹の虫が治まらないんだよね。ゆのに、何してくれてんの?」

『あ…佐助っ!!待ったっ!!相手は病人っ!!』

「ダーメ、待ちません」

『いやいや待って!私、平気だからっ』




回復しきってない石田君はすでに立つのもやっとなフラフラ状態

対する佐助は怒りも相まって加減を知らない。昔から喧嘩の強かった佐助、武将とはいえ丸腰な病人が相手できる男ではないだろう




『ほら私、元気、だから拳はしまおう』

「…首、痣になってる」

『え?』

「ころす…!」

『大丈夫だから!石田君もびっくりしただけだよ、人間に警戒してるだけ、こんなの噛まれた程度』

「野良犬かなんかと間違えてない?こいつは人間、そんで恩人のゆのを傷つけた、だから…」

「恩人…?」

「そ、恩人。昨日ぶっ倒れたアンタを助けたんだ、忘れたとか言わせないからな」

「………………」




佐助はまだまだ怒ってるけど、対する石田君は少しずつ冷静になってきて…昨日のことを思い出し始めたらしい

私との会話中に倒れた石田君。大したこと無かった彼の丈夫さ…いや生活習慣にはびっくりだし、倒れた本人が事態を飲み込めないのは仕方ない




「私は…」

『今は深く考えても面倒だよ。とにかく一回、病院戻ろう』

「いや、皆がゆのみたいに考えるの放棄できるわけじゃないからね?それにコイツはゆのを襲ったんだよ?」

『誘拐犯と疑う女を相手に自己防衛…とか』

「またテキトーなこと言って…はぁぁ…石田の旦那、ちょっとは状況分かった?なら大人しくしてよね、あとゆのに近寄るな」

「………………」

『ほら石田君、行こう』




私たちの呼びかけにも黙り込んだままな彼。その真っ白な手が掴んだ草は、昨日の雨のせいか未だ湿っていた
























『1日で退院おめでとう。すごい生命力だね石田君』

「生命力ってより回復力だよね。つか何日飲まず食わずだったの?」

「…分からん」

「いや把握しとけよそこは。数えられない日数でもあるまいし」

『私もよく日付だとか曜日が分からなくなるよ』

「ゆのは休日挟むと昼夜逆転しちゃうからねー…ほら、アンタも荷物持って」

「……………」





結局、その日の夕方には退院してしまった石田君。緊急搬送からの特急退院、そのバタバタに便乗していろいろ誤魔化せた感はある

そして今は佐助も含め、とりあえず我が家に来てもらうことにした。今朝の一件以来、石田君は借りてきた猫のように大人しい




「…アンタ、本当にあの石田三成なの?今さらだけどさ」

「石田三成だ」

「関ヶ原の?」

「…せきがはら?」

「あー…本人は知らないか晩年だし。見たところ俺様と年近そうだしね」

『じゃあ私より年下か、あ、ついたよ』

「………………」




何の変哲もないアパート。慣れたように入ろうとする佐助に対し、石田君は荷物を抱えたまま硬直していた

…まぁ彼が本物の戦国人なら怖いよね、見たことない建物とか四角い家とか窓ガラスとかドアとか




『大丈夫だよ石田君、入って入って』

「………ああ」

『履き物はそこで脱いでね。段差とかそこそこあるから気をつけて、んんー…あとは何かあったかな』

「…失礼する」

『ん……』




開きっぱなしのドアをくぐる…手前で立ち止まった石田君が、深々と頭を下げて挨拶をした

そしてパッと顔を上げると臆することなく部屋へ上がっていく。その様子を眺め私はパチパチとまばたきした




『…やっぱり可愛いな、あの子』




そしてやっぱり白いイケメンくんである




20151101.


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