恋愛ルートが開かない



 

『…てことで、毛利さんに謝りたいんですがどうしたら良いと思いますか?』

「………これはまた、賢人よ。どうするつもりだ?」

「まさかだね…いや、何と言えばいいのか…慶次君、任せたよ」

「俺ぇっ!!?いやいや!はじめは大谷に相談がきたんだろっ!?まずそっちで頑張ってくれよ!」

『うーん、たらい回し』




“私の代わりに怒ったらしい毛利さんと仲直りがしたいです”


そう私が相談を持ちかけたのは、ほぼ日課な晩酌を一緒に楽しんでいた刑部さんに対してだった

直後、さっきまでほろ酔いだったはずの彼は急に顔を青ざめ、健康的な時間帯に寝ていた半兵衛様を叩き起こす

そして話を聞いた半兵衛様もまた渋い顔をして、部屋から慶次を引き摺ってきたのだ大事になりましたね




「元就君がゆの君の代わりに?本当かい?」

『いや、私も疑ってますけど。幸村君がそう言ったまま折れなくて』

「真田が…あの男、感情の機微に対する直感は鋭いからな」

「しかも、毛利がゆのちゃんに対して情が湧いたって話をしたばっかりだからなぁ…」

『ん?ジョーがわいたって…?』

「あ、それはね…」

「ゆのが気にすることではない、今は毛利の話であろう」




慶次が言いかけた何かを刑部さんが食い気味に止めた。それにぽかんとする慶次と、口元に手を当て笑いを堪える半兵衛様

…まあ、関係ないなら気にしませんけども。いつもの返事を返せば刑部さんはちょっと居づらそうに視線を逸らした




「ふ、ふふっ…闘争心と嫉妬心かな大谷君、彼女に元就君を意識されては困るものね」

「賢人よ…われらまで喧嘩を始めればゆのが困ると思うが?やるか?」

「ごめんごめん、それで?元就君に何を謝るんだい?」

『うーん…それが解らなくて。原因らしい幸村君は私が殴ったので、こちらとしてはチャラなんですよねー』

「殴っ…幸村君を?君が?」

「おかし軍ってそんな集まりだったのか…でもゆのちゃんは怒ってないんだろ?それを毛利に言えばいいんじゃないかな」

「いや、彼女が怒らないから怒ったとするなら、それは元就君も承知しているはずだ。意味はないと思うよ」

「しかし、へそを曲げた毛利の機嫌取りならば己の非を認めるのが早かろう。真田とゆののどちらが、となれば悩むが…」




うんうんと一緒に悩んでくれる3人。確かに“怒っている”のなら、こちらが悪かったと伝え謝るのがいい

けど“私の代わりに”となれば話は別。私が怒らないからという理由なら更に複雑だ




「ゆの君がきちんと自分で怒るようになる、のは難しいね」

『怒れませんよ、だって私が考えられない女なのは本当だから…』

「…はぁ、佐助君の長年の成果だよこれは。もちろん悪い意味で」

「やはり、まずは真田が毛利に謝るのはどうだ?毛利が怒っている対象は真田であろ」

『幸村君は幸村君で謝りに行って門前払いです。毛利さんが幸村君に言い返せず終わったので…話にも応じたくないっぽくて』

「…面倒な男よ」

「はは、毛利にもいろいろと譲れないことがあるんだよ、きっと!女の子の前ではカッコつけたいんだって」

「ああ、なるほど。特にお気に入りの相手であれば良く想われたいはずだ、君もそう思うだろう大谷君?」

「…前田、賢人、覚えておけ」

「げっ!?こんな話もダメ?」

『……………』




カッコつけたい、か。周りからの評価とか気にするタイプなのかな毛利さん

刑部さんとか半兵衛様は毛利さんとはもともと付き合いがあったみたいだし。そんなイメージなのかな、意外と




『そっか…毛利さん、分かりやすい人だと思ってたから、気づかなかったな』

「ん?」

『あ…ううん、何も。ごめんなさい、変な相談ばっかりで』

「謝らなくていい、同じ屋根の下で暮らす以上はわだかまりなんて無い方がいいさ。取り除く手伝いはするよ」

「おお、おお、つい最近までそのワダカマリを作っていた男の台詞よ。説得力が違う」

「…大谷君、僕に喧嘩を売っているのかい?」

「はて、売られたものを返品したつもりだが?」

「……………」

「……………」

『…慶次、慶次、この2人って前からこんな喧嘩してたっけ?』

「ゆのちゃんが原因なんだけど気づいてないならいいや…!こら2人とも!ここで喧嘩してどうすんだ、ゆのちゃんからの相談優先だろっ」

「ん?だからこうやって、真夜中に起きて話をしているんじゃないか」

「嗚呼、嗚呼、解決案も出しておる。前田こそ説教だけは一丁前よな」

「いや俺の方こそあんたら2人に叩き起こされて部屋から引き摺り出されたんだけどな!ゆのちゃんのためだから、感謝しろとか謝れとは言わないけど…」

『……………あ、そっか』

「ん?」

「うん?」

「へ?」

『謝られても、困るんだ』



はっと気づいた私の声に、3人は顔を見合わせ首を傾げた。深夜の共有スペース、私は椅子から立ち上がり2階への階段を見つめる

ありがとうございます、正解かは分からないけど1つ答えが出た気がします




「大丈夫かいゆのちゃん?答えが出たってソレ本当に?ちゃんと考えた?」

「なかなか失礼な事を言っているね慶次君…彼女を咎めて、君まで元就君を怒らせてしまっても知らないよ」

「お、俺とゆのちゃんは友達だから!これくらい言い合えるんだよ、なぁゆのちゃん!」

『………………』

「…ゆの?」

『あ…は、はい、もし毛利さんを怒らせてしまったら…』




その時は、私が…










 
『毛利さーんっ』

「は……貴様…」

『おはようございます、今日は早いですね』

「…我はいつもと変わらぬ、だが貴様は何故、この時間に起きている?」

『この時間なら毛利さんと一緒に話せると思っ…ふぁあ、』

「…欠伸をするならば口に手を添えろ」




朝一番。ちょっと広めな庭で顔を合わせた毛利さんに挨拶すると、彼は目を見開き驚いた顔を見せた

それもそのはず。だって今は朝日がやっと目覚めた時間。いつもの私ならまだ夢の中にいるはずで、誰よりも早起きな毛利さんと顔を合わせたのは初めてだったから




「怠惰な貴様が何のつもりだ。我を待ち伏せるなど何を企んでいる」

『んー…えっと…この前、シュークリーム食べてた時のことで』

「…その話は終わったはずだ。貴様にも真田にも、あれ以上は話すことなどない」

『はい、だから私から一方的に。“ありがとうございました”』

「……………は?」

『よし、では眠いので二度寝に戻りますお休みなさい毛利さ…』

「待て、」

『ぶえっ』

「…何のつもりだ」




話すことはないと言うので、一方的に言葉を投げた私は満足し部屋に戻ろうとした

しかし毛利さんにパジャマの襟を掴まれ引き戻される。締まります、首が締まります毛利さん




『ぎ…ギブ…!力強っ…は、話さないって言ったのに…!』

「貴様が妙な事を口走るからよ。何のつもりだ?何の感謝だ?」

『げほっ…いや、だって、私の代わりに毛利さんが言い返してくれたからっ…』

「……………」

『私が何も言わないのに、毛利さんが言い返してくれたから…嬉しかったです、ありがとうございます』





そうだ、謝罪じゃダメ。幸村君の言う通り彼は私のために怒ったのか、頭の良い人にしか分からない他の理由か…

そのどちらであっても、例え私に投げられた言葉が事実であっても、あの場の毛利さんは何も返せない私の代わりに口を開いてくれたんだ


そして私が抱くべき感情も。“謝罪”ではなく"感謝"のはず




「…誰の入れ知恵だ」

『んんー…強いて言うなら刑部さん?』

「チッ…よりにもよって大谷か。貴様も素直に奴の名を出すでないわ」

『でもきっかけだから、刑部さんに自覚はない…かも?私の言葉ですよ、たぶん』

「己の言葉であれば、たぶん、を付けるな」

『あはは…自信ないから。だって私が自分で考えて選んだ言葉ですよ?胸はって言えません』

「…………」




正解でしたか?なんてことは聞けないけど、確かに私が考えて出した答えだった

気づけば口癖のように謝る私が、お礼を言えるようなことをしてくれた貴方に感謝を。ありがとうの一言を




「…そうか、」

『あ…これで考えられない女卒業ですかね、わーい』

「そんな訳があるか。殴れと言われた瞬間、反射的に殴る女など考えられない女そのものではないか」

『うーん、それも…そう、ですね…?』

「だが…我を敬うという答えを出したことは褒めてやろう。次は言葉でなく、物で感謝を伝えよ」

『もの…じゃあ、おかし…つくって…んんー…』

「待て、庭で寝るな。二度寝ならば部屋に戻れ」

『は…い…もし、もどる…前に力つき、たら…はこん…』

「運ばぬわ、我にそのような事をさせる前に戻れ」

『んん…じゃあ、毛利さん、おやすみなさい…』

「…次はくだらぬ理由で早起きなどするな」




くだらなくなんかない、と言ったか言わないかのタイミングで力尽きた私

でも次に目が覚めた時、ちゃんと自分の部屋のベッドの中にいたんだよね










「おや半兵衛様と……え、毛利様の感情ですか?はい!ゆのさんと一緒の時は非常に穏やかですよ、まさかあのような心もお持ちだとはっ」

「ひじょうに、」

「おだやか、」

「…………」


ほんの興味のつもりだった。だがうやむやにするのも気持ち悪いから、と大谷君とついでに慶次君を連れて向かったのは"感情を明白にできる男"のもと

そして聞いてみた。彼女を前にした彼の心とやらを。男は首を少しだけ傾げたが、次の瞬間には笑いながら答えてくれる。返ってきた言葉を復唱する僕と慶次君、黙ったままの大谷君の表情は分からないが恐らく苦虫を噛み潰したような顔をしていると思う



「僕もサビ助も驚きました。いやぁ、もともと接点がなかったとはいえとんだ偏見を。噂では冷徹な将とばかり…」

「いや…偏見というか、いてっ?!」

「噂というか、」

「知りたくはなかったと言うべきか、」

「え?」


僕は隣の慶次君を小突く。恋愛事は百戦錬磨と自称する彼だが、いったいどこがだろう。元就君も「女の子の前ではカッコつけたい」のだと言ったが、それがどうだ。読みは大きく外れた

僕らが噂話として好き勝手言っていた元就君の心情なんて、本当に噂でしかなかった



「いやぁ…まさか幸村が、ほんとに、焚き付けることになるかもね。二人の関係を」

「ヒッ…まだ決まったわけではない。あの毛利よ、あのゆのよ、あの二人よ」

「…好まれるような振る舞いを意識してじゃなく、打算なく、心から、彼女の隣を心地いいと思ってるじゃないか」

「やめろ賢人、言葉にするな」

「あちゃー…これはこれは、なかなかの強敵が来たね。恋は駆け引きも楽しいけど、やっぱり素直な方が伝わりやすいし」

「黙れ前田、頭をカチ割られたいか」

「物騒っ!!!!」

「サビ助…僕は何かよからぬことに巻き込まれ…えっ?!余計なことをするなって?!」



20240125.
BASARA4が10周年と聞いて


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