恋愛偏差値が足りない



 

「お、おぉ…ゆのちゃん、そんな所で寝てちゃ風邪ひくよ」

『んー、慶次…寝てない寝てない…うん、寝て…な…』

「うん寝てないな、寝ようとしてるんだな!ダメだダメ、ほらちゃんと部屋に戻って!」

『ううーん…』

「あ゛ーどうしたもんか。佐助は今日、来ない日だし…俺が寝床まで運ぶ…と怖いな!三成に知られたら何て言われるかっ…!」

「…騒がしい、何をしている」

「え、あっ、毛利っ…!?」




それは皆が風呂を終え、寝支度を整え始めた夜のこと。共用の居間でゴロゴロと寝て…いや、寝ようとしていたゆのちゃんを叱る


いつ誰が来るか分からない場所。そんな所で女の子が寝ちゃいけない、佐助がまた怒っちまう

しかし半ば夢の中な彼女を抱えて寝室まで運べば三成が怒るだろう。前例が山ほどある


さて、どうしたもんかと悩む俺の前に現れたのは…いつもなら真っ先に寝ているはずの毛利だった




「珍しいな、こんな時間までアンタが起きてるなんて」

「…貴様には関係なかろう。貴様こそ何を騒いでいる」

「いや、ゆのちゃんがちょっとな。部屋まで運ぶか否か悩んでて」

「…この女か。悩む余地などない、ふんっ」

『ぶえっ』

「げっ!?」




そう言った毛利はおもむろにゆのちゃんの首根っこを掴み!ズルズルと床を引き摺って、彼女を寝室の方向へ運び出し…って待て待て待て!




「待てよ毛利、持ち方っ!!他にもっとあるだろっ!?」

「前田、貴様が悩んでいるのはこの女を運ぶ方法では無かったのか?」

「え?いや、そうだけど…」

「抱えて運ぶ…または過度の接触に至れば石田の妙な闘争心か嫉妬心に火をつけるかもしれぬと」

「お、仰る通り…」

「故にコレが得策よ」

「首根っこ掴んで引き摺るのがっ!?」

「着物にしか触れておらぬ、これで石田も文句は言えまい。むしろ勘づかれる前に手早く片付ければ良いのだ」



…納得できるような、できないような

顔をしかめる俺を横目に、毛利は再び寝室へと歩き出した。引き摺られながらも眠りに落ちたゆのちゃんは流石だと思う


ああ、だけどやっぱり女の子にあの運び方はダメだろ。物じゃないんだからさ






−−−−−−−−−−






「んー…毛利も、ゆのちゃんには心開いてると思ったのになぁ」

「元就君が?冗談は止めたまえ、ゆの君に落とされるのは三成君と利休君と大谷君だけで十分だよ」

「…賢人よ、われはゆのに落とされた覚えは無いのだが」

「おや無自覚かい?アレほど頻繁に、ゆの君へ身体を明け渡してるじゃあないか」

「言い方に悪意しか感じぬわ。膝枕と言え、膝枕と」

「ひ、膝枕をするのもかなり親密だと思うけど…とりあえず、俺の独り言が飛び火してごめんな…!」





昨晩の毛利を思い出し、ぼそりと呟いてしまった独り言。それを聞いて話しかけてきたのは、居間でこっちの時代の瓦版…新聞?を読んでいた半兵衛と大谷だった

毛利の話だったはずなのに何故か巻き込まれた大谷に半ば同情、半ば自業自得だという視線を向けていると、半兵衛が続きを話し始める




「元就君は彼女に心開いていると言うより、餌付けされている、と言った方がしっくりくると思うよ。似たような意味かもしれないけれど」

「確かに幸村も入れて“おやつ軍”なんて言ってるからな。ゆのちゃん、アレで料理もちゃんとできる子だしっ」

「ヒヒッ、ぬしと前田を和解に持ち込んだのも奴らゆえな。良い組み合わせではないか」

「僕らのは和解じゃない、休戦だ。分かって言ってるね大谷君」

「いやはや、われは賢人の言い回しを真似てみただけであるが?」

「………………」

「………………」

「あ゛ーっ!あ゛ーっ!なんで二人が張り合うんだよ、俺が悪かった!」




俺が言うのはほんっっっとうにアレだけど、乱世において幾人も存在する軍師と呼ばれる将の中…こいつらは頭ひとつふたつは飛び抜けた存在だと思う

その考え方に賛同できるかは別として、だ。そんな賢い二人が子どもみたいな喧嘩をしてるなんて




「はぁ…二人も三成のこと言えないな。ゆのちゃん絡みになると、闘争心やら嫉妬心やら燃やしちまうんだから」

「闘争心と嫉妬心…ふむ、なるほど。慶次君にしては的確に表現するじゃないか僕は違うけれど」

「三成の心情はまさにそれであろうな。われは違うが」

「え?いやいや!これは俺じゃなくて昨日、毛利が言ってたことで…」

「え…元就君が?」

「へ?」




次の瞬間、あの半兵衛が珍しく目を見開いて驚いた。隣の大谷は逆に目を細め黙り込む

あれ?俺、何かまずいこと言っちまったかな。思わぬ反応に焦っていると、半兵衛は軽く首を横に振り苦笑した




「いや…まさか元就君が、三成君の態度をそう表現するとは思わなくて」

「ん?いやぁ、三成のアレは誰がどう見ても嫉妬だろ!恋する男のそれだって!」

「嗚呼、嗚呼、前田、ぬしには解らぬかもしれぬが…ソレを理解できる奴は最低限、心情に機微を持つ者に限りよ」

「そうだね…少なくとも僕は、元就君にソレは無いと思っていた」

「………………」




いやいや、いったい何がおかしいってんだ

ゆのちゃんを前に三成も、他の連中も、みんなが心を動かしてるじゃないか。あの義輝でさえも

なのに毛利だけは当てはまらないと?それは、つまり…





「毛利には、恋心が無いってこと?」

「君が好きな恋だけじゃない。彼には人間に対するあらゆる情が希薄だ…と思う」

「それが謀神を自称する男の強みであり弱点よ。ぬしはあの男に、人心掌握などできると思うか?」

「……無理そうだと、思う」




俺の返事に「そうだろう?」と笑った半兵衛だけど、未だに納得していないって顔

一方で俺は、それはそうだな…と納得しかけている。毛利の三成に対するあの指摘は、人の心情に的確で…確かに意外だ




「って、いやいや!意外ってのは失礼だな!良い事じゃないか!毛利が人の気持ちに寄り添えるようになるって事だろっ」

「ヒヒッ!そうよな、あの毛利がゆのに絆され情でも芽生えたか。良き哉、良き哉」

「暢気だね君たちは…僕には厄介事の種にしか思えないが。彼が誰かと寄り添う、なんて考えに至るとは思えない」

「だ、だから、ゆのちゃんと今から育むって事で…」

「時間が許されればそうだろう、可能性はある、だが今は無理だ。僕たちが元の時代に戻るまでの間だけでは時間が足りない、という意味ではなく…」

「嗚呼…そもそものこと、“二人きりの時間すらない”か。育む機会がなければ、可能性とやらも生まれぬ」

「えーっと…?」

「さっき慶次君が答えを言っただろう?彼と彼女ともう一人、で“おやつ軍”なんだから」

「あ゛ー…なる程?」



…さっきから納得してばかりだな、俺

でもそうだ。仮に毛利が誰かと心を通わせる機会ができそうだとしても、それの障害となる他の誰かがいればすんなり進むとは限らない

特に無自覚であれば尚更だ。焚き付けたところで気づくかどうか…むしろその"もう一人"こそ恋路とは少し無縁な男だ



「うーん、恋路に邪魔者がいるのは定番だし醍醐味だけど…二人とも、それで火がつくところは想像つかないな」

「ふふっ、恋路以外でも厄介だよ。元親君曰わく“誰にも嫌われない男”なんだから"彼"は。こちらの世の佐助君も含めて、ね」

「……………………」





ああ、そうだ。そういえばいたな

あの毛利とは真逆の存在。“感情”から先に生まれたような男が





20190922.
前編


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