同じピースは要らない 『……………』 「…ゆの、何故そのような難しい顔をしている」 『石田君…あのね…』 「………………」 『甘いものと辛いもの、同時に食べたくなったんだけどどうしよう』 「知るか」 この女…ゆのの悩みはいつも唐突であり、なおかつ些細なものだった 今日はこの時代の瓦版…ゆのがちらしと呼んでいるものを前に、食べたいものを選別しているらしい。待て、貴様は今から仕事だろう 「そんなもの、猿に頼めば適当に見繕うだろう」 『この眺める時間が楽しかったり楽しくなかったり』 「それは結局どちらだ…!最後には両方を食らうくせに」 『うん、食べる。石田君に言われたらよけいに食べたくなっちゃった…あ、そうだ』 「ん?」 『石田君、今日、一緒に食べに行こうか』 「………は?」 食に対してのみ発揮されるゆのの行動力。それに巻き込まれた私も、何故か首を横に振ることはなかった 『…よし、会社の休憩時間にお店は絞り込んだから。あとは順番に巡るだけ』 「……………」 『まずは甘いの。美味しいパンケーキ目指してレッツゴー』 「……………」 上機嫌で前を歩くゆの。その数歩後ろをついて行く私なんて気にもとめず、女は目的地を目指していた ゆのが勤めを終えた夕暮れ前。待ち合わせ場所に現れた女は、店の名前がびっしりと書かれた紙を大事そうに持っていた いったい何故、私まで連れ出す必要がある。偶然私が話しかけてしまったからか、それとも他に理由があるのか 「まったく…私はそのぱんけぇきとやらは食わんぞ」 『前に大きいパフェ頼んだ時は、一緒に食べてくれたじゃない』 「あれは仕方なくだ、甘味ならば真田や毛利を誘えば良いものを」 『んんー…それもそうだね、次からはそうする』 「・・・・・・」 『え、なんで睨むのっ!?石田君がそう言ったのに』 「知らんっ!!!」 驚くゆのに妙に腹が立つが、いかんせんその苛立ちの理由が分からない そっぽを向く私を見つめ首を傾げるゆのだが…少しして考えるのを諦めたのか、店の一つを指差し告げる 『ここは、前に直虎…会社の女の子と行ったお店でね』 「…貴様、例の白犬以外にも友がいるのだな」 『失礼な、もちろんいるよ。すごく逞しい女の子と、すごくイヤらしい女の人』 「どのような人間かに興味はない…が、それこそ私でなく、その友と行けばいいだろう」 『いや、実はその時、カップルの修羅場に出くわして。直虎が泣き出した彼女さんの代わりに彼氏さん殴って出禁になっちゃったの』 「…猿といい、虎女といい、何故、ゆのの周りの人間はそうも極端になる」 この女がぼんやりとしている故にそのような者ばかり集まるのか。長曾我部や前田曰わく、こちらの世の片倉もソレに近いらしい …まるで、ゆのの代わりとなるように。ゆのに決定的に足りないものを補うように 「…まさか、な」 『あっ…たいへん石田君!』 「なんだっ!?」 『ドーナツの安売りしてるよ!列ばないと!』 「しねっ!!」 『痛いっ!!え、なんで?ドーナツだよ?食べないの?食べる以外の選択肢ってないよね?』 「私はソレを知っている!甘味ではないかっ!!ぱんけぇきを食いに行くのではなかったのかっ!?」 『えっと…別腹?』 「食えるかっ!!」 突然、ゆのが慌て出すから何かと思えば。奴が指差し寄り道を請うのはどうなつという甘味の店 先日、真田と毛利が話していたが…コレもかなり甘いそうだ。色とりどりのソレを眺め目を輝かせるゆのだが、先の目的は違っていたはずだろう 『パンケーキも食べたいけど、ドーナツもいいし…あ、それならパフェも…』 「ぐっ…!店は決めてきたのではないのかっ!?易々と覆すなっ!!」 『でも…』 「貴様の優柔不断には付き合えんっ!!私は帰るぞ、ゆの一人で行けっ!!」 「だったらオレとデートしようぜ、ゆの?」 「っ!!!!?」 『あっ…』 ぐずぐずと決めかねていたゆのに私が苛立っていると突如、背後から声をかけられた 私の肩越しにゆのが見つめる先。この、腹の底からムカムカとしてくる声の持ち主は−…! 「ほら、アンタの好きなモノを好きなだけ選んでこいよ」 『…端から端まで?』 「OK、落とさねぇように気をつけて持って来い」 『やった!じゃあ石田君も席で待っててね』 「……………」 「おいおい、苦虫噛み潰したような顔してどうしたボーイフレンド?」 「何故、貴様がここにいる伊達政宗…!」 …結局、入店することとなったどうなつの店。その中にて、何故か私は伊達政宗と向かい合って席に着いている 苦虫を噛み潰した顔にもなるだろう。対するゆのは少し離れた先で、目を輝かせながら甘味を物色している…しばらくはこの男と二人きり、だ 「言っておくが待ち伏せはしてないぜ?偶然、アンタら二人を見つけて…口論になってたから声をかけた」 「……………」 「Hm…アンタ、見た目はゆのの好みだが性格はアイツに向かねぇな」 「っ………!」 「さっきの店先の話だ、ゆのが一人じゃ決められねぇ女ってのは解ってるだろ?あんだけ怒鳴ればゆのも嫌になるさ、」 「ぐっ…アレは、あの女がぐずぐずとしていたからであって私は…!」 「あぁ…いや、アンタが悪いとは言わねぇ、むしろ正常だ。そう威嚇するな」 片手を挙げて私を制する男。この他人を理解しきった風な態度も気に食わんが存外、“私らの時代”の伊達政宗より話はできる ゆのとのやり取りを見てもそうだ。この男の方が明らかに年下だが、まるで保護者のような… 「何か難しいこと考えてるな、アンタ…別にオレはゆのの子守りをしてるつもりはねぇさ」 「っ…利休のように考えが読めるのか貴様」 「読めるかバカ、アンタ、顔に出てんだよ。オレだってアイツを何とかしてやりたいが…まだダメだ」 まだ…まだ、か。時すでに遅く、後戻りできないのではないかと言うのは野暮だろう だがあの女を、ゆのを変えなければならないと言う者にこちらの世で初めて会った その興味故か、私は男の左目が何か言いたげに細められたことに気づかない 「何故だ?何故、今ではない」 「オレが何かしてやったところで、周りの狂った奴らがそれを阻止する。その上で余計にゆのの首を絞めるだけさ」 「狂った…私はこちらの片倉に会ったことはないが、それほど、ゆのに深く関わる男なのか」 「…………」 「ん?」 「いや…狂った奴、で猿より先に小十郎の名が出るってことは…アンタ、やっぱりあの日、ゆのの家にいたのか?」 「あの日……っ!!?」 あの日、とは…そうだ!ゆのが熱に倒れた日。看病のためにと現れた伊達政宗 その時、不運にも鉢合わせした長曾我部に対し、右目…こちらの世の片倉には注意しろとこの男は告げた 私たちは部屋の奥に隠れていたのだが。確かに去り際、この男は私たちを振り向いたような気がする 「クッ…アンタ、隠し事できないタイプだな。あの日もバレバレだったぜ」 「黙れ…!あの場に私がいたとして、貴様に不都合があるのかっ」 「あるさ、誰が好んでる女と他の野郎の同居を快く受け入れられる?」 「っ………!」 好んでいる女、今、ゆのをそう呼んだのか? さらりと言ってのけた男は今もなお、恥じるでもなく私へ視線を真っ直ぐに向けてくる だが、ああ、この男もなのか。驚き半分と納得が半分。この感覚をなんと呼べば良いのか、今の私には解らない 「なんだ、叫ぶなり怒るなり、もう少し驚くと思ったぜボーイフレンド」 「ああ…やはりか、と思っただけだ」 「そりゃ、ずいぶんと余裕を見せつけてくれるな。自分がゆのの好みと解ってるからか?」 「……………」 「返事が無いってことは肯定だな。ああ、だが、解るぜ。人間は中身が大事って世間は言うが…」 『お待たせー』 「っ!!!!」 どんっ!!と伊達政宗の言葉を遮るように置かれた器。その上にはこぼれんばかりの…どうなつ それを抱えてきたのはもちろんゆのであって、普段は見せない満面の笑みを浮かべながら私たちの間の席へ着く 「ヒューッ、さすがはゆの。本当に端から端まで持って来やがったな」 『余裕よゆう、別腹べつばら。この後はパンケーキが待ってるからね』 「貴様の腹はいくつあるのだ…!それより、ぱんけぇきも諦めて無かったのかっ!?」 「アンタが諦めろ石田、ゆのなら食えちまうんだ。そんな大食らいなところもCuteだろう?」 「きゅ…何だ?」 『また政宗はそういうこと言って…石田君が真に受けちゃうから、おばさんをからかうのは止めときなよ』 「からかうってのは心外だな。年齢の話もナンセンスだ、ゆのには何度も言ってるだろ。オレは…」 「……………」 …ああ、解った 頬杖をつき、ゆのを見つめるこの男。呆れたように自分を卑下する女。先程から私の奥底でムカムカと居座る苛立ち この感情の呼び名は、そうだ、確か長曾我部がこう呼んでいた 「オレはゆのに一目惚れした、てな」 同属嫌悪、 私は伊達政宗と、同じ位置で女の隙間に埋まろうとしている ああ、そうだ どれだけ変わろうと、アンタがゆのであればいい 20181105. ← ×
|