いつか飲まれる



 


『…で、石田君がもうプンプンで。半兵衛様も助けてくれなかったし』

「ヒヒッ、自業自得よ。これに懲りたら毛利の策には乗らぬことだ」

『じゃあ今後は刑部さんが策ください。私、考えるの、無理なので』

「はて、毛利よりも容赦はないが良いか?」

『それは…遠慮しときます。あ、刑部さん、お酒空っぽ。どうぞどうぞ』

「む、ああ、すまぬな。ぬしも飲め飲め」

『頂きまーす』




先日の一件を酒の肴に、私と刑部さんは今宵も晩酌を共にする

お酒に強い刑部さんは、こっちの時代の洋酒なんかもさらりと飲んでしまう。おつまみも何でもいけるし…飲むのが好き、なんだろうなぁ





『私も弱い方じゃないんですけど。刑部さんと一緒だとペース乱れます』

「ほう、飲みすぎてしまうと言うか…ならば一度酔い潰してみせよう」

『飲み比べですか?確かに限界まで飲んだことないから…試してみるのもいいかも』

「ヒヒッ、話が早い。われも久々に本気で…」

「お、晩酌か?珍しい酒飲んでるなら俺も混ぜてくれや」

「む…」

『あ…なんとかべ君』




カタンと椅子が引かれ、ドカンと勢いよく座ったのは…大きな身体のなんとかべ君だった

ああ、そういや彼も夜更かしする方だね。毛利さんは真っ先に寝るけど。お酒の匂いを嗅ぎつけてきたのかな





『なんとかべ君も飲む?今、珍しくやる気あるから。おつまみも作ってくるよ』

「お、頼むぜ!」

『うん。刑部さんも別の飲みます?』

「いや、コレでよい」

『はーい』




とりあえず先にコレで飲んでて、と缶ビールをなんとかべ君に渡し台所へ向かう

なんとかべ君と飲むなんて珍しいや。お酒強そうなイメージだけど、刑部さんと、どっちが強いのかな


…まあ、飲み比べたら分かるか












「……………」

「……………」

「……大谷はいつも、ゆのと飲んでるんだな」

「ぬしには関係なかろ」

「おいおい、会話ぐらいしてくれよ。ゆのとの晩酌を邪魔したなら悪かったなっ」

「……………」





この男は好かぬ、


初めて二人きりとなり、改めて心の底からこの男…長曾我部を拒んだ

対する男は慣れたように酒の入った容器を開き、中身を別の器へ移し替えた。この飄々とした態度も好かぬ。すべて好かぬ。気に入らぬ


…三成はこれを拒んでおらぬが、いったい何処をどう気に入ったのやら





「しかし…もうずいぶん飲んでるな。あんたも、ゆのも」

「まだまだこれからよ。ゆのもまだ飲み足らぬ様子ゆえ」

「へぇ…よくあんたと飲んでるとは聞いてたが、仲良いんだな」

「……………」

「ゆのもあんたを気に入ってるみたいだしよぉ…あんたはどうだ?」

「長曾我部…ぬしは…」





…こちらの時代に来てから、われを含め、皆が少しずつ変化を見せるようになった

三成も、千利休も、こちらの猿も…先日はついに賢人までも。皆が皆、ゆのの独特の空気に飲まれていく


その中で、長曾我部だけは他とは違う変化を見せる…ような、気がした





「われとゆのは年が近い。ゆえにそう見えるだけであろ」

「そうかぁ?それにしたって…」

「ヒヒッ、ずいぶん駄々をこねる男だな長曾我部。邪魔をしに来たならばそう言え」

「ぁあ?別に俺は…」

「……………」






この男はゆのに、妙な執着を見せ始めた。本人は隠しているつもりだろうが、端から見る方がむず痒い程

だがそれは三成のような子供じみたものでなく、千利休のように純粋でなく、帝のように淡くもない


それはまるで…






「ぬしが…われのようになるとは思わなんだ」

「あ?何か言ったか?」

「いや、何も」

『お待たせ。鳥皮をさくっと炒めてきましたー』

「お?」

「ん?」





ちょうど良い頃合いに、器を手に台所から戻ってきたゆの

われの向かいへと座り皿を机の中央へ、酒を長曾我部の前へ置く。なんとなくであるが、刺々しい雰囲気が緩和した




『何か話してたの?』

「いや、俺が来る前に二人でかなり飲んでるみたいだな、て」

『んんー…刑部さんと飲む時はいつもこんな感じ。ついついお酒進んじゃう』

「……そうか」

「ヒヒヒッ、仕方あるまい。われも酒は好きゆえ、こう見えて楽しんでいるのよ」

「………チッ、」

『あーやっぱり刑部さんお酒大好きなんだ。元親もお酒好き?』

「おう!好きだ…って、ゆの。名前呼ぶのは二人きりの時だって言っただろ?」

『あ、そうだった、つい。なんとかべ君だ、なんとかべ君』

「へへっ…」

「・・・・・・」

『んんー?』




…われと長曾我部が張り合う様子に、さすがのゆのも何か気づいたらしい

われらを見比べ首を傾げる。いや、ぬしは知らんで良い。いつも通り考えることを放棄しておけ





『…刑部さん、何か機嫌悪い?』

「ヒッ…いやそんなことはない。気のせいよ、気のせい」

『なんとかべ君と飲みたいなら私、席外しますよ』

「待て、何故そうなる」

『いや、男同士の話があるんじゃなかろうかと』

「大谷はもう眠いんじゃねぇか?昼間は毛利や竹中、石田や真田の相手もしてるんだ。疲れてんだろ」

『わー刑部さんモテモテ、なんとかべ君じゃ半兵衛様とか毛利さんの高尚なお話についていけないもんね』

「うるせえっ!!」

「………………」




長曾我部の言葉を真に受け関心するゆの。それを前に、眠気ではないと否定する機会を失った

ニヤニヤと笑う長曾我部は…やはり好かぬ。この男、これまで毛利と張り合ってきたからか存外舌も回るらしい





「俺はまだ少ししか飲んでねぇからよ。ゆのの相手は任せてくれ」

「はて、夜はまだこれからというに。せっかくのつまみも増えた、まだまだ飲むつもりよ」

「無理すんなよ、」

「ぬしこそ、見え透いた芝居でわれを追い出そうなど百年早い」

「…他人の厚意は素直に受け取った方がいいぜ」

「厚意と思えぬゆえ論外よ」

「……………」

「……………」

『……………』

「……ゆの?」

「ん?ゆの?」





はて、ゆのの声が聞こえなくなった…?


長曾我部と口論の最中、ふと違和感に気づき共にゆのを見れば…コクリコクリと船をこいでいる

ああ、どうやら、考えるのに飽きて眠ってしまったようだ。まさかの展開に言葉を失うわれら、そして−…





「お、いた!まぁた飲んでやがったのか、酒くせぇな…」

「む…?」

「千利休っ!?」




何の前触れもなく現れたのは…髪をおろし寝仕度を整えた千利休であった

眠るゆのに気づきイライラと頭を掻く。いや、何をしに来たのだぬしは




「いつまで経っても部屋に戻って来ねぇから探しにきた。おらゆの、寝るぞ」

『ぐー』

「ったく、今日は妙に冷えるからな。独り寝はごめ…あ゛ーうるせぇワビ助!添い寝だけだ!添い寝だけっ!!」

「あ゛」

「ああ…」




奴はもう一人の千利休の小言に返事をしながら、すでに寝ているゆのを担ぎ上げ…あっと言う間に部屋に連れ去ってしまった

そして残されたわれらの前には未だ山盛りのつまみと飲みかけの酒、そして気まずさが漂っている




「……とりあえず、片付けるか」

「ああ、これはれーぞーことやらに入れておけ」

「おう…」

「………………」






先程までのあらゆる感情が削がれ、ただ黙々と片付けを始めるわれと長曾我部

酔いが冷めたのか、それとも…いや考えるのも面倒だ


…とにかく次回から晩酌は、茶人と長曾我部が眠ったのを確認してからにしよう





20161010.


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