心の溝に飛び込んだ



「ん?ゆのちゃんと幸村、何してんだい?」

『あ、慶次』

「ぱーりーの準備でござる!」

「ぱーりー?」

『みんなの歓迎会、してなかったから。あと幸村君と佐助の仲直り記念ぱーりーもしたいと思って』

「某は佐助を労うぱーりーのつもりだ!」

『あとは久々に大きなケーキを食べたいと思ったから、その口実』

「あ、はは…つまりいろんな目的がある会なんだね。大半が最後の理由っぽいけど」




一階に降りると、ゆのちゃんと幸村が何やらわいわいと部屋を飾っているところだった

聞けばぱーりーの準備だとか…俺らの時代の独眼竜もよく使う言葉だ。そういえば、どんな意味でどんな場面で使うものなのかよく知らないな




『ぱーりーは楽しんだもん勝ちなんだよ。私も気が向けば好き。準備もたまに好き』

「へぇ、祭りに近いのかもね。よし!それなら俺も手伝う!高い所の飾り付けなら任せてくれっ」

『あー…ううん、飾り付けは、私がするから大丈夫』

「…そうかい?」




そう言ったものの、彼女は今、梯子のようなものに乗って作業をしている。幸村が支えてるけど、見ていて危なっかしい

俺の背の高さなら台なんて無くても届くのに…まあ飾り付けが好きなら、横取りするわけにもいかないな




「慶次殿には、あちらの荷物を運んでいただきたい!」

「ん?よし、荷物持ちなら任せてくれよ!あっち…ってどっちかな?」

「む…ゆの殿!某、慶次殿を案内してくるゆえ。少々手を離すがよいか?」

『平気だよ、よろしくね慶次』

「うん、」




梯子から手を離した幸村が、こっちに来てくれと俺を案内する

それに従いつつ振り向けば、ゆのちゃんは引き続き飾り付けを進めていた。危ないな…そんなに高い訳じゃないけれど




「……………」

「慶次殿?」

「…ううん!何でもないよっ」




















「…これはいったい、何の祭りかな」

『あ、半兵衛様。どうかしました?』

「二階で元親君と元就君が喧嘩を始めてね。うるさいから逃げてきたところさ」

『ご愁傷様です。私はケーキぱーりー…間違えた。歓迎会の準備をしてます』

「そう…まあ、建前にしては君らしい理由だね」

『んんー?』

「どうせ元就君の策だろう?二階の喧嘩も、僕をここに来させるための猿芝居だ」




きらきらしたパーティー用の飾りを取り付けていると、二階から半兵衛様が降りてきた

そして、なんだか呆れたような顔で疑いをかけるのは…私と幸村君、そして毛利さんの極秘計画だ





『何のことですか?』

「とぼけないでくれ。君たちが、僕と慶次君に余計なお世話をけしかけているのは知っている」

『……………』

「これも、余計なお世話の一環なんだろう?」

『私がケーキ食べる口実ですってば。疑ってばかりだと疲れますよ』

「性分だからね。僕は参加しないよ、君たちだけで楽しむといい」

『……………』




作業の手を止めチラリと下を向けば、にこやかに笑う半兵衛様と目が合う

にこやか…だけど目は笑ってない。怒ってる?嫌がってる?いや、これは…





『…半兵衛様って、意地っ張りなんですね』

「意地?」

『意地張ってても疲れるだけですよ。素直になったって、誰も半兵衛様の負けだとか思いませんから』

「っ………!」





私がそう言うと一瞬だけ驚いた目になって…すぐ、キッと睨んできた半兵衛様

あ…美人に睨まれても怖くないや、なんて暢気に考える私に気づいたのか。目を閉じた彼はそっと頭を抱えた




「…君に、僕の何が分かるのかな」

『さあ…』

「はぁぁ…別に僕は意地なんか張ってない。慶次君とは本当に相容れないんだ」

『試してみる価値はあるかと』

「試す?君にしては面倒なことを提案するね、諦めるのは君の得意分野だろう?」

『そうですけど…私だって稀に、急がば回れをする時もありますし。後々後悔することこそ、一番面倒だと思います』

「後悔…」

『あの時、ああしておけば、とか。それが意地のせいなんて、自分以外を責めようがないじゃないですか』

「……………」




銀色のふさふさしたパーティー飾りを結びながら、私自身の後悔を思い返す


私の後悔は…あの白い友達だ

もっと一緒にいたかったのに、遊びたかったのに、名前を…呼んでみたかったのに

半兵衛様と慶次の元の関係は分からないけど、きっと友情に近い何かが関わっている




『私は友達に対して後悔でいっぱいだから…あの日、石田君を助けたんだと思います』

「…君の友人に、三成君は似ているんだったね」

『はい、あ、でも半兵衛様も似てます』

「色が、だろう?」

『色もですけど、目が』

「目?」

『何かを訴えるような目です』

「……………」




伝える術がない、伝えることはできない、でも気づいて欲しい

さっきの半兵衛様の目も、私にはそんな風に見えた。考えるのが苦手な私は、うまく汲み取ることができないけれど




『もしかしたら伝えたいのは、私に対してじゃないかもしれないし』

「君は……」

『……………』

「…よく平気な顔で、そんな話ができるね。怖くないのか?」

『怖い?』

「人の心に、踏み込むことがだよ」

『それは…どう、なんでしょう…聞く限り、私の嫌いな面倒な話…なのに…』

「……………」

『……………』

「…でも君の気持ちは分かったよ」

『ん……?』





半兵衛様が私を見上げる。脚立の上に座る私は、彼を見下ろす

そして…





「半兵衛…?」

「っ………!」

『あ……』




その最中、ちょうど良いタイミングで荷物を抱えた慶次と幸村君が戻ってきた

彼の名を呼ぶ慶次と、ばつが悪そうに視線をそらす半兵衛様。幸村君は二人を見比べ嬉しそうな顔になる、いや、顔に出しすぎだってば




「お、おおー!奇遇でござる竹中殿!某も慶次殿も、今、ぱーりーの準備中ゆえー!」

『ちょ、幸村君、大根すぎ。いつも通りに話し−…あ』

「え……」

「ゆのちゃんっ!!!」




次の瞬間、ぐらりと後ろに傾く私の身体。目の前を長いパーティー飾りが泳ぎ、視界には天井が広がる


振り向いた拍子にバランスを崩し、脚立ごと倒れようとしているんだ

それを見た慶次が私の名を叫ぶ、次に…







「ゆの君っ!!!」







バタンッ!!!

ガタンッ!!!

 






「ゆの殿っ!!竹中殿っ!!!」

『いっ……ん、あれ?』

「ぐっ……まったく、君は、本当に危なっかしいね…!」

『半兵衛様…?』

「だ、大丈夫か、二人とも?」

『慶次…』





脚立から落ちた私を受け止めたのは、華奢に見えてしっかりとした半兵衛様の腕だった

そして床に倒れた私たちを、脚立や落下する飾りから守るように覆い被さる影は…苦笑いする慶次


半兵衛様と慶次が、私を助けてくれたらしい




『あ…ごめんなさい、半兵衛様。下敷きにしちゃった』

「いや、大丈夫だ…むしろ君程度、支えられるはずだったのに。最近怠けているせいかな」

「良かった…半兵衛も無事みたいだなっ」

「慶次君…」

『あ』

「ん?」

『見て半兵衛様、慶次の頭がきらきら綺麗』





見て見て、と床に倒れたまま指差したのは、落下する拍子に振りまいてしまった飾り…を頭から被った慶次

彼の長い髪に飾りが引っかかり、なんだかクリスマスツリーみたい。すぐ隣でそれを見上げた半兵衛様も、彼らしくない笑い声をあげる




「ふっ…はは!よく似合っているよ慶次君、君らしい派手さだね」

「え…ええっ!!?そんなに笑うことないだろ、今、俺、すごい態勢でつらいんだぞ…!」

『あははっ……ありがとう半兵衛様、慶次、助けてくれて』

「……いや、いいさ。僕の方こそ礼を言わせてくれ」

『へ?』

「確かに僕は意地っ張りなのかもしれない。君を見ていると、それが馬鹿らしくなるけどね」

『半兵衛様…』

「君の前だったら僕は……慶次君、少し話があ−…」

「ご、ごめん、もう、限界っ…!」

「え……ぐあっ!!?」

『ぶえっ!!?』

「ゆの殿ーっ!!!竹中殿ーっ!!?だ、誰かーっ!!」





無理な態勢に耐えられなくなった慶次が、私と半兵衛様目掛け倒れ込んできて…潰された

ああ、余計なお世話の罰が当たったのかもね。でも少しだけ二人の距離が近づいた気がするから、いいかな




『も、毛利参謀長に、作戦成功って、伝えて……がくっ』

「ゆの殿ーっ!!?」






その後意識が戻った私は、幸村君と一緒に石田君からものすごい説教を受けることになる

半兵衛様は助けてくれなかった。むしろ楽しそうに私たちを見てたから、彼にはドSの気があるに違いない



















「やあ元就君。今回はよくもやってくれたね」

「竹中…さて、何のことだ?」

「とぼけないでくれ。僕自身の名誉のために言っておくが、君の策は失敗だった。僕に勝ったなんて思わないことだよ」

「ふん…あの女をしっかりと抱いておいて、ずいぶん上から物を言うのだな」

「あれは事故だ。彼女が倒れさえしなければ…ん?」

「……………」

「まさか…彼女が梯子から落下したのも、君の指示だったのか?」

「勘違いをするな。貴様や前田が動かない場合は、真田が助けに入る手筈であった」




夕食後の庭。一人佇む元就君の横顔は、今日の出来事が解せない…と言いたげなものだった

捕まえた元就君に一言物申すだけのはずが、どうやら彼も策の結果に思うところがあるらしい




「…彼女をわざと落とすなんて。三成君が知れば君、どうなるか分からないよ」

「いや…あの女も受け入れた策よ。提案したのは我であったが、真田も我も一度は止めた」

「………………」











『じゃあ幸村君と慶次が戻ったら私、脚立から落ちるね』

「ああ…だが、危険を伴うぞ」

『でも最悪、幸村君が受け止めてくれるんだよね?』

「無論っ!!し、しかし…」

『じゃあ大丈夫、大丈夫。私、落ちる』










「そして躊躇なく、あの女は落ちた…あれに恐怖などない。一歩間違えれば大惨事よ」

「それは…」

「…あの女は、誰かが身を投げろと言えば身を投げる。そんな危うい奴なのかもな」

「……………」






あの時、彼女を抱き止めた腕。それを見つめながら思うのは、





「もしかして彼女は、こうやって誰かに助けられることで…」






自分の存在を確かめているのかもね…命がけで





20160922.


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