今日も雨なんです



『…で、昨日も一昨日もいたの落ち武者。同じ場所にずーっと立ってる』

「なっ…!お、お前、憑かれてるんじゃないのかっ!?よく平気な顔していられるなっ」

『別に家に現れるわけじゃないよ直虎。それに落ち武者って言っても小綺麗だし、むしろイケメン』

「あらそうなの、じゃあ妾も見てみたいわ!」

「そういう問題じゃないだろっ!?あとマリア!受付のお前が何故ここにいるっ!?」

「だって暇なんだもの、ねぇゆの、話を続けて」

『はーい』




机とパソコンがズラリと並んだオフィスの一角。就業中ではあるが息抜きで軽い女子トーク…と呼ぶには色気が足りない怪談話をする私たち


同期の直虎、先輩のマリアさん、そして私は社員から“華の居残り組”と呼ばれていた。それぞれクセが強くなかなか結婚ができない、と

そしてマリアさんに急かされるまま続けるのは、公園で出会った謎の落ち武者について




『髪も肌も白くてイケメンでね、でも前髪が尖ってるイケメンでね、貴様とか去ねとか妙な言葉遣いするイケメンなの』

「とにかく顔は良いんだな…いやいやいやっ!!いくら相手がいないからって幽霊に走るな!」

『別にそんなんじゃ…話しかけても素っ気ないし。昨日は刀を抜かれちゃった』

「会話するのかっ!?動くのかっ!?刀を持ってるのかっ!!?」

「うるさいわよ直虎、少しは落ち着きなさいな…で?その彼はなんて名前なの?」

『名前…』




名前、名前…はて、彼の名前は何というのだろう?

会話をしたことはあるけれど、白い落ち武者の正体は分からない。幽霊?実物?それとも…





「おい、ゆの」

『っ……はい?』

「あら来たわ、うちのイケメンが!」

「また来たな!男が乙女の輪にズケズケとっ!!」

「…井伊、俺は一応先輩だぞ。それよりゆの、今話しかけて大丈夫か?」

『大丈夫ですよ』




あらーっとマリアさんの声が明るくなり、直虎の顔がぐっと険しくなる

そんな彼女たちの視線の先、私に話しかけてきたのは先輩の片倉さん。少し見た目は怖いけど、マリアさんが言うようにカッコ良くて仕事もできる乙女憧れの先輩社員だ


…そして私は彼の大学時代の後輩でもある。それを知ってるのはマリアさんと直虎くらいで、他に言いふらしはしない。乙女に妬まれると厄介だから




「今夜サークルの連中と飲む。お前もどうだ?」

『あー…すみません今日は佐助が来る日なんで』

「…またあいつか」

「あらあら、あの彼氏さんとのデート?」

『佐助は…』

「佐助は、ゆのの彼氏じゃねぇよ」




私よりも先にマリアさんの言葉を否定したのは苦笑を浮かべた片倉さんだった


佐助と呼ばれた男は私の幼なじみ。互いに社会人となった今でも、いや、むしろ今の方が交友が深く毎週私の家に来る仲

決して男女の仲ではない…が、かなり複雑な関係だと思う




「いい加減、区切りはつけた方がいいと思うぞ。テメェらのためにもな」

『もう手遅れだと思いますけど』

「………………」





佐助は私だけがよくて、

私には佐助しかいない



















『…あ、やっぱり今日もいた』

「…また貴様か」

『今日は雨が降ってるよ白いお兄さん。冷たくないの?』

「貴様には関係ない」

『…そっか』




会社からの帰り。今日も立ち寄ったあの木の下に白い落ち武者は立っていた


現代ではご当地イベントや記念館でしか見られない甲冑。いつでも抜けるぞと言いたげに握られた刀。そしてその白い肌と髪は、何度見たって現実味が感じられない

傘を差してずっと立ってる私を気にもしないで、白い落ち武者はじっと一点を見つめている




『今日は貴方の名前を聞きにきたんだけど』

「今さらだな。ならば今までは何をしに来ていた」

『お墓参り』

「…墓?」

『その木の側にね、昔は友達のお墓があったの』

「友…」

『うん、友達』




…初めてだった。私の話にわずかだけど彼が興味を示したのは

振り向いた彼と目が合う。綺麗な色、男の人を見て綺麗だと思うのは初めてかもしれない




「…貴様の友の名は何だ」

『名前はなかった、いや、知らなかっただけかな、私が』

「友の名を知らんのか?」

『知らなくても友達になれたんだよ、短い間だったけど』

「……そうか」




私の答えに納得した彼は視線を私から外し、側の木を見上げる

つられて一緒に眺めてみるけど…何もない。ただの木だ。あの子が眠る場所にある、ただそれだけの木




「…私はここで待っている」

『友達を?』

「違う、あるべき場所に帰る時をだ。奴は私の友ではなくなった。もう待ちはしない」

『………………』

「……石田」

『え?』

「貴様は私の名を尋ねに来たのだろう?石田三成だ」

『石田三成…』

「満足したなら去れ。私に構うな」

『…また来るね』




バイバイと手を振る私に、石田三成君は背中を向けたままだった




















ピンポーンッ

ピンポーンッ




『………………』




ピンポーンッ

ピンポーンッ




『………………』





……ガチャンッ





「ゆのーっ生きてるーっ?」

『生きてるよ、“こんばんは”佐助』

「あ、ほんとだ。“ただいま”ゆの、生きてるなら開けてくれよ焦っちゃうだろ?」

『佐助こそ合い鍵あるなら自分で開けなよ…いちいちインターホン鳴らさずに』

「ダーメ、俺様、ゆのに出迎えられるの好きだから。はいこれ今日の夕飯…の材料!台所借りるねー」

『うん、どうぞ』




忙しなく鳴るインターホンが止めば、ガチャリと玄関の鍵が開けられる音がする

そして短い廊下から足音、次に半開きな扉が全開になれば…そこにはスーパーの袋をさげたイケメンが立っていた


猿飛佐助、噂の幼なじみ




「今日は和食?洋食?どっちもできるよ」

『どっちでもいい…』

「じゃあ洋食で。あ、ゆのはテレビ見ててねこっちは勝手にやっとく」

『うん』

「明日は来れないかもしれないから洗濯もすませちゃうよ…て、そうだ燃えるゴミじゃん。今晩のうちに出しとくかなーっ」

『…うん』




慣れたように台所で動く男に生返事をしながら、私はまたソファへずるずる沈んでいく

佐助は物心ついた頃から一緒にいる幼なじみ。それだけじゃなく、ものぐさな私の世話をする家政夫…みたいな人


付き合ってはいないけど、彼は毎週必ず私の家に来ていた。することと言えば料理に洗濯、掃除まで様々


…私の私生活の大半を、この男が牛耳っている




『佐助…』

「んー?」

『…私、佐助がいないとしんじゃうかな?』




そんなはずない。衣食住の揃った環境で仕事をしているんだ。彼がいなくなったとしても生きていける

ただ、それでも、彼がいない場合。果たして私は普通の生活ができるだろうか?そんな疑問をぶつけると佐助は必ず…





「無理でしょ。だってゆのは俺様がいなきゃダメなんだから」

『…うん、そうだね』

「他の奴にはこんなことできないよ。あの片倉の旦那にだって、どこぞのお坊ちゃんにだってね」

『………………』

「はい、できました俺様特製オムライスーっ」




じゃーんっとお皿を持ってきた佐助が笑う。ニコニコ笑う。みんな佐助のこの笑った顔が可愛いと言う

…私には笑っているように見えないけれど。ならいつから私は、佐助の笑顔を見てなかったっけ?





『あ……』

「ん?」

『……なんでもない』





そうだ私が、佐助に、大嫌いと言ってしまった日からだ






20151101.


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