飼い主と虎



「確かこちらに…ん?いた!佐助ーっ!!」

「………………」

「何があった?去り際、お前の表情が違って見え…」

「邪魔するなら帰れ」

「っ…じゃ、邪魔などせぬっ!!何か探し物だろうか?」

「………………」




ゆの殿の屋敷を飛び出した佐助を見つけたのは、まさに今日、石田殿に突き飛ばされた橋の上だった

地面を睨み、何か探しているような様子。そういえばあの時、佐助の荷物が地面に散らばったような




「もしや…落とし物か?」

「……………」

「…佐助の、大切な物か?」

「…キーホルダー」

「きぃほるだ?」

「…ゆのからもらった、携帯に付けてた飾りだよ」




携帯…とはあの遠くの者と話せるカラクリか

そういえば佐助のそれには、キラキラとした飾りがついていた気がする。あれがゆの殿からの贈り物?




「…ゆのは、旅行とか行かないんだ」

「ん?」

「家族旅行は面倒で、修学旅行は…俺様が嫌がるから。中学になってから全部断ってくれてた」

「う、うむ…?」

「だから…小学校の修学旅行で買ってきてくれたキーホルダーが、ゆのからの唯一の土産なんだ」

「唯一…」




ゆの殿からの贈り物。それが見当たらず、慌てて家を飛び出したのか

無くしたのならば十中八九、俺とぶつかったあの時だろう。焦りを隠せない佐助の表情に、俺は…




「すまぬっ!!某のせいでっ…」

「…あんたのせいじゃない。石田の旦那と竹中の旦那、今日は夕飯抜きにしてやる」

「佐助…」

「…きっと、川にでも落ちたんだろうね。10年以上前のだからいつ壊れてもおかしくなかったし」

「……………」

「はぁぁ……ほんと、あんたたちが来てからろくなことにならないな」

「っ………!」

「……………」




チラリとだけ川を見下ろし、イライラとこの場を去っていく佐助


…去り際の一言。俺の知る佐助ならば口にしないだろう

佐助…お前は…




「……………」























「はぁぁ…最後のあれはさすがに八つ当たりだったかな」

『佐助、用事はすんだの?』

「ん?うん、待たせてゴメンねゆの。お腹すいたでしょ?」

『うん、かなりひもじい』

「先ほどつまみ食いしたばかりではないか」

『刑部さん、しーっ』

「あはー、ゆのってばほんとダメな子。すぐ作るからね、あと大谷の旦那はあっち行け」

「ヒヒッ、未だわれは警戒したままか」




台所まで夕飯の進捗を見にきたゆのに返事をして、その後ろをついて回る大谷の旦那を追い払う

…結局、キーホルダーは見つからなかった。小学生時代のボロボロなやつだ、俺様にしては物持ちした方だと思う


サービスエリアとかでよく見かける、ご当地感もない、なんの変哲もないキーホルダーだった、だけど…




「俺様にとっては…世界に一個しかない物だった」




もう…いいけどさ





「ゆのっ!!刑部っ!!」

『石田君?』

「どうした三成、何かあったか?」

「どうした、ではないっ!!真田が戻らんっ!!」

「は……」

『幸村君が?夕飯までには帰るって言ったのに…』

「…猿、真田はぬしを追いかけた。会わなかったか?」

「……………」




次に台所に飛び込んできたのは、少しだけ慌てた様子の石田の旦那だった

この人なんだかんだ、あの真田の旦那を気にかけてるもんなーって。いつもなら、つまらない馴れ合いを客観的に見れたはず


…でも、今回は少しだけ違った





『でも幸村君のランニングって、いつも一時間くらいで終わるよ』

「もう針が二周を越えた。日も落ち外は暗い」

「何かあったか…あの男、時間を破ることはせぬと思ったが」

「…腹減ったら戻ってくるんじゃない?心配しすぎだってば」

『探してるのかも…』





…………え?





『佐助のこと探してるのかも。佐助を心配してたから、幸村君』

「あ、そっち…」

『…そっち?』

「いや、だって…まさか…」





探してるのかも−…





「っ…………!」

『佐助?』

「ごめんゆの、あとは温めるだけだから食べといて。面倒なら少しだけ待ってて!」

『え、うん、ん?佐助っ!!?』

「待て、猿っ!!」




本日二度目、ゆのの家を飛び出した俺様は走っていた

向かう先は決まってる。正直、ゆの以外のために走るとか、ゆの以外を探すとか、物心ついて以来初めてだ


けど何故か、気づいたら急いでいた。だって−…






「っ!!!!!」

「………………」

「なに、してんだよ、あいつ…!」





薄暗くて冷たい川の中で、小さなキーホルダーを探している姿が安易に想像できたから


夕飯時を過ぎ人気の無くなった町。俺様の予想通り真田の旦那は全身ずぶ濡れで、あの川の中を行ったりきたりしていた

そしてたまに、大きなくしゃみが橋の上まで聞こえてくる。きっと俺様と別れた後、ずっとキーホルダーを探してるんだろう




「馬鹿、だろ…!」




俺様が早々諦めたのに。どんなキーホルダーかぼんやりとしか知らないくせに

俺様は−…





「あったーっ!!!!」

「!?!?!?」

「む?おおっ!!佐助ーっ!!あったぞっ!!見よ!お前の宝物だっ!!」




俺様はあんたの“佐助”じゃないのに、

どうしてここまでできるんだ






「受け取れ!偶然大きな石の間に挟まり、流されずにすんだようだっ」

「……………」

「お前がよく、携帯とやらを使っているのを見ていたゆえ。この宝物にも見覚えがあった!」

「……………」

「よかったな!ゆの殿との思い出、無くさずにすんだぞっ!!」

「…頼んでないだろ」

「ん?」

「俺様はあっさり諦めたのに、こんな時間まで人目も気にせず、何やってんだよ…!」




川から上がった旦那の手には、確かに俺様のキーホルダーが握られていた

ぐしゃぐしゃに水を含んだそれを俺様に手渡しニカッと笑う。そんな旦那に俺は問うた。何のつもりだ、て




「馬鹿みたいにさっ…あんたには関係ないのに」

「関係あるっ!!」

「は……」

「…やはり俺は、お前を他人とは思えぬ。俺の知る佐助と、お前を切り分けて考えられぬのだ」

「…あんたも、しつこいね」

「ああ!佐助の宝物は、俺にとっても大切なものだ!」

「っ………!」

「ゆえに気にするな!お前が頼んだからではない、俺が勝手にやったことだからなっ!!」




そう言って濡れた手で、俺様の肩をバシバシと叩いてくる

未だ理解できないこの男の主張。関係ない、知らないってずっと突っぱねてきたのに


それさえも受け入れた上で、この男はまだ俺様を仲間だと思っている




『佐助っ!!幸村君っ!!』

「っ、ゆの…?」

「おおっ!!ゆの殿っ!!石田殿っ!!」

「真田っ!!貴様、いったい何を……何故、濡れているのだ」

「うむっ!!川での修行を少しっ!!なぁ佐助!」

「え…あ、えっと…」

『んんー?』

「………………」




橋の上から聞こえた声。見上げるとそこには、ゆのと石田の旦那の姿がある

ずぶ濡れな真田の旦那を見て驚く二人に、見え透いた嘘をつくこの男…なんで隠すんだよ。俺様に気を遣ったつもり?




『早く帰ってお風呂にしよう、風邪引いちゃうよ』

「なんのこれしきっ!!そのような柔な身では…ぶぇっくしょんっ!!!」

『ほら、もう引きかけ。川で遊ぶのはもう少し暖かくなってからね』

「ずびっ…も、申し訳ありませぬ。佐助もすまぬ、厄介な洗濯物を増やしてしまった」

「……………」

『佐助?』

「…別に今更だから気にしなくていいよ。さっさと帰ろう、夕飯、まだだし」

「う、うむっ!!」

『……………』




ゆのに見えないようキーホルダーをポケットに突っ込んで、俺様はさっさと家へ向かう

石田の旦那が何か言ってるみたいだけど、それは無視。そして…





「よし!では某らも−…」

『幸村君、』

「ん?」

『ありがとう』

「っ………!」

『んんー…なんか、言わなきゃいけない気がしたの。佐助は素直にお礼言わないかな、て。だから代わりに』

「ゆの殿…心配ないっ!!」

『え?』

「…さっきの佐助は、某のよく知る佐助であった。それに礼を言われることをしたわけではないっ」

『………そっか』

「さあ戻ろうっ!!某、腹が減ってしまったっ!!」

『私も私も、早く帰って夕飯にしよー』

「おーっ!!」




その日の夕飯、幸村君のお茶碗だけ山盛りでした




20160521.
真田主従


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