飼い主の飼い主



 
“大嫌い”



それは俺様が、この世で最も嫌いな言葉だった











『おおー…今晩のハンバーグはまた分厚いね。拳だ、拳』

「あっはー、どうどう?この分厚さで均一に焼き上げる俺様の腕すごいでしょ」

『流石は佐助。伊達に十数年、私の好きなもの作り続けてないね』

「もっと褒めて褒めて。ゆの、ハンバーグ大好きだもんね?」

『うん、大好き』

「エビフライは?」

『大好き』

「グラタンとオムライスは?」

『もちろん大好き』

「…ほんと、ゆののお子ちゃまな舌を満足させられるのは俺様だけだよねー」



俺様の幼なじみは、基本的にやる気の低い子だ


俺様より先に生まれたのに、俺様よりできることが少ない

だから代わりにしてやるんだって、小さい頃はそれぐらいの気持ちだったかもしれない




「さて、冷めないうちに食べて。じゃあねっ」

『あれ、今日も何か用事?』

「うん。社長の紹介で会った女の子とさ、ご飯行かなきゃいけないの。胸がこーんな子」

『…佐助、相変わらず大変だね』

「まぁねーでもお仕事と思えば平気。じゃあまた明日っ」

『ばいばい佐助、』





そう言ってゆのの家を出て携帯を見ると、そこには知らない番号からの着信がいっぱい

…誰だっけ?




「あー…俺様、仕事関係とゆの以外、登録してないもんなぁ」





…どの子だったかな?

今じゃ顔も思い出せない




















「おい、佐助はいるか?」

「ん?…あー、アンタか」

「…話がある、面貸せ」




ある日、会社の喫煙所で休憩していると…俺様がこの世で最も嫌いな男が現れた










「普通、恋敵の会社まで乗り込んで来る?やだねアラサーは見境なくてさ」

「うるせぇ、そんな話をしに来たんじゃねぇよ」

「でもゆののことでしょ、片倉の旦那?」

「…テメェと見合いしたって女がうちの会社に乗り込んで来て、ゆのをひっ叩きやがった」

「は?っ…はぁぁ、だから嫌なんだよね社長の紹介とか。俺様、お見合いのつもりなんて毛頭無かったんだけど」




わざわざ他社にまでやってきた男は、ゆのの大学時代と会社の先輩・片倉小十郎

初めて会った日から「あ、こいつとは合わない」って思っていたら案の定。ゆのは大学を卒業して、この男と同じ会社に就職した




「つか、見てたなら助けに入ってよ」

「いきなりだったんだ、もちろん2発目は止めた」

「うわ、2発目?気が強そうとは思ったけどさ…ゆの、怪我は?」

「無い。いや、それよりも心配するなら自重しろ」

「だから俺様に悪気は無いんだってば。ゆの一途なの、片倉の旦那も知ってるだろ?」

「そういうことじゃねぇっ!!」

「怒鳴らないでよ…分かった。ちゃんと説明しとくから」

「………………」




俺様を睨む旦那はしばらく何も言わず、ただ目線で咎め続けながらさっさと帰っていった

…言い足りないんだろうな。でも自分が何を言っても無駄だって知ってるから




「…俺様たちの関係、そう易々壊されてたまるかっての」




…いつかあの男の化けの皮、引っ剥がしてやるんだ














俺様の幼なじみは最近、たくさん犬を飼い始めた





「………………」

「三成君、苛立ちをもう少し隠せるよう練習しようか」

「っ、も、申し訳ありません半兵衛様っ!!しかし、ゆのはいつまで支度に時間をかけるつもりだ…!」

「仕方ねぇだろ、女は身支度に時間がかかる生き物なんだよっ」

「いや、ゆのはたぶん化粧に飽きてテレビ見てるんじゃない?」

「なっ…!ゆのーっ!!貴様、半兵衛様をお待たせするなっ!!」

「…僕らとの外出を完全に忘れたみたいだね」

「あー…ゆのらしいな」

「………………」




片倉の旦那だけでも厄介だったのに、先日からゆのは戦国武将たちとルームシェアを始めた

中でもゆののお気に入り…長曾我部、竹中、そして石田の旦那のお三方は、どれも綺麗な銀髪だった




「ふむ…仕方ない、彼女は三成君に任せて僕らはゆっくり待つとしよう」

「だな。しかし化粧に飽きるとは、」

「そこがゆのの良いとこだよ。もちろん俺様だけにとってね」

「はいはい、君がゆの君を大好きなのは知っているから」

「えー、聞いてよ俺様の話。ゆのも女の子だから人並みには着飾るんだけどー」




嫌がる二人なんて無視して、俺様はゆのの話を続けた

…癪なんだよね。こいつら、見た目からいきなりゆのに好かれてる。何もしてないのに、ゆのはこいつらが好きだ




「見た目で判断されても困るだけだね。そして僕に八つ当たりしないでくれ」

「えー、卑怯者」

「まぁ俺は慣れちまったし、まんざらでもねぇけどなっ」

「元親君も、わざわざ佐助君に喧嘩を売らない」

「いやいや大丈夫だよ。見た目だけでゆのを盗られる気なんかしないし」




確かに綺麗な白銀を持つこいつらは、ゆののお気に入りかもしれない

でもそれは、昔、ゆのの前からいなくなった友達と重ねてるだけなんだ。あくまで友達。だから心配ない



俺様が心配するのは…





「佐助っ!!!」

「っ…………」

「っ、で、出かけるならば…某も共に…!」

「…嫌だって言ったらついて来ない?」

「え…あ、す、すまぬっ!!」

「おい猿飛っ!!!」

「元親君、落ち着いて…君も一緒に来るといいよ、幸村君」

「まことか竹中殿っ!!」

「………………」






放っておけない奴

可哀想で捨てられない奴

見捨てることができない奴


そんな…俺様みたいな奴がゆのに近づくのが、何よりも心配だった





20160512.


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