酔いを舐める



「千利休っ!!今日という今日は貴様の侵入を阻止してみせるぞ、この駄犬が…!」

「はっ!!御前自身がお邪魔虫ってことにいいかげん気づけよ負け犬っ!!」

『んんー…』

「今日も今日とて三成は騒がしいな」

「ここのところ毎日だ。ワビ助君にも、そろそろサビ助君を制御してもらいたいものだね」

「…左様か」




…あの女を間に挟み、今宵も三成と千利休は吠えあっていた

それを諦めたように見守る賢人と、逃げ出す気力も失せている女。やれ、これはまた誰も彼もが怠惰よな




「ヒヒッ…さてはて、これは前田あたりを呼び出し沈めてもらうか」

「…僕の前で彼の名を出すなんて、君もずいぶん性格が悪い」

「すまぬ深い意味はない…が、あの男とぬしはこちらに来てから一言も言葉を交えていないのでは?」

「お互い避けてるんだろう。この緊急事態において、私情の諍いは起こさないに限る」

「…それを三成と千利休に言うてやれ」

「無駄だと思うよ…あ、ゆの君が倒れた」

「限界がきたか」




騒がしいのが苦手だという女。喧しい二人の間でのぼせたのか、ぱたりと倒れる

それに大慌てな三成と千利休。やれやれと言いながらも駆け寄る賢人。その輪を横目にこの場を立ち去るわれ

いや、それにしても…





「やはりなぁ…どうも、あの女は好かぬ」






あれは随分と恵まれた人間らしい

























「………………」

『あ…こんばんは、刑部さん』

「…まだ起きていたか。今宵も晩酌とは、ぬしは随分と酒飲みらしい」

『布団、利休先生に陣取られちゃってるんで。起こすのもアレだから、とりあえず』

「はて…?」




その日の夜中

今日は“眠れぬ日”であった。しんと静まり返った部屋を出て、水でも飲むかとふらふら降りた一階

そこには先客がいて、独り寂しく酒を飲む女と鉢合わせる。夜更かしの理由を問えばあの茶人らしい




『いつもみたいにサビ助先生が私の部屋に侵入して…そのまま寝落ちちゃったみたいで』

「なるほどな。奴が布団で寝ておるゆえ、ぬしは寝場所がないと言うか」

『サビ助先生、私の部屋、寝やすいって言ってたし。別に隣で寝てもいいけど…石田君が怖いから』

「…左様か」




もし、この女が自ら茶人と寝たとなれば三成は怒り狂うだろうか?それとも…

そこまで考えたわれは、ふっと首を横に振り意識を戻す。やめておこう、われの知ったことではない




『あ、刑部さんも飲みます?この時代のお酒、口に合うか分からないけど』

「…ぬしと晩酌か」




女からの誘い。そういえば先日も同じように問われたが、その時は断った

今宵はどうするか。断る理由はない、いや、しかし…




『…悩んでます?』

「………………」

『無理にとは言いませんよ。私もそろそろサビ助先生起こして−…』

「いや、たまには飼い主様とゆるりと話すもよかろ」

『んんー?』

「ヒヒッ、」




ちと、この女を探ってみるか


















『あ、刑部さんの下の名前って吉継さんでしたっけ』

「ああ…初めにそう名乗ったはずだが?」

『私、名前とか忘れっぽいので。石田君は刑部って呼ぶし、半兵衛様とか他の人は名字で呼ぶし』

「…まぁな」

『あー…そういえば刑部さんって私を名前で呼んでないかも。もしかして覚えてなかったりします?』

「そういうわけではない」

『そうですか、なら良かった』

「………………」




…女は、存外よく喋った

お喋りというよりは、自分勝手に話しているという印象。日頃は猿や三成が一方的に口うるさいゆえ、気づかなかっただけだろうか


女の前に座り、飲み慣れぬ酒に口をつける。ちらりと窺い見た女は、酔っているようには見えないが…




『…刑部さん、けっこう飲みますね』

「そうか?あまり他人と飲まぬゆえ、基準とやらは分からぬが」

『飲んでます飲んでます、少なくとも佐助よりは』

「…左様か。あの猿とは、晩酌も共にするか」

『ほんとたまにですけど。佐助、あまり飲まないし。会社の飲み会とかばっかりで』

「…ヒヒッ、その代わりとしてわれに白羽の矢か」

『代わりって、そういうわけじゃ…いや、どうなのかなぁ…飲み仲間…とか…』

「…はっきりとせぬ。ここに猿はおらぬゆえ、ぬしが話さねばならぬぞ」

『………………』

「む……」




パチリと目を見開いた女が、われをじっと見つめてくる

…しまった、きつく言い過ぎたか。賢人も言っていたではないか、私情の諍いなど御法度と


これで女がへそを曲げてしまえば厄介なことに−…




『んんー…』

「っ………」

『…やっぱり刑部さん、毛利さんぐらい辛辣ですね。良い勝負』

「は?」

『はい?』

「いや…怒らぬか、余計なお世話だと」

『ん…だって、その通りだから。私、返事するのもとろいので』

「それは…」

『あー、でも刑部さん、石田君とか半兵衛様とは茶目っ気ある話し方するので。なんだろ、素が出てるのかな』

「………………」




ヘラヘラ笑いながらそう話す女は怒る様子もなく、むしろ…話をそらした

それは賢人と同じく避けたように見える。厄介な諍いから。己の身を守るために




『毛利さんは図らずも刃物を突きつけてきますけど、刑部さんは何だろ…えーっと…』

「…身を守らずともよかろう」

『ん?』

「ぬしが何もせずとも、嫌なもの辛いものは全て他人が引き受けよう」

『………………』

「綺麗なものしか知らぬぬしが、われのような者をツマミに酒を飲むか?物珍しかろう、愉しかろう」

『刑部さん…?』





…嗚呼、酔ったか

先ほどまで五月蠅かった女が黙り、次はわれが煩わしい。吐き出す言葉の何と面倒なことか

驚いたような顔になる女。これが、出会った頃から女を好かぬ理由か




『別に…刑部さんが綺麗じゃないとか、言ってないですよ』

「口には出さぬが本音はどうだ?」

『本音…』

「ぬしは三成や、賢人や、長曾我部のような美しい白銀が好きという。それでもわれが美しいと言うか?」

『………………』

「………………」




…しばし、答えを待つ。今すぐ茶人が起きてきて、この女を連れ出してくれたらいいものを

しかしそう上手くはいかぬ。珍しく、しばらく考えた女は答えた




『確かに…昔から嫌なことは佐助が全部してくれたから。私は何もしてないし』

「………………」

『好きなもの、綺麗なものしか私は見たことないかもしれない』

「左様か…」

『だから、その理屈からしたら…』

「っ…………」




女の顔が、ずいっと迫る

われの目を見つめへらりと笑えば−…





『私が今、見てる刑部さんも綺麗ってことですね』

「ヒッ……何を…」

『私、綺麗なものしか見たことないですから』

「…屁理屈を」

『まぁまぁ、深く悩まないで。でもほんと、素顔見たことないですけど刑部さんも…あ』

「ん?」

『悩まないついでに。私、刑部さんに頼んでみたいことがありました』

「っ…待て、何を…」

『こっち、座ってみてください』




何を思ったか、女はわれの手を引きどこかへと連れ出す

引かれるがまま向かった先は、大きく柔らかな椅子が鎮座する居間。そこへわれを座らせる


そして−…





「……何をしている」

『膝枕』

「いや、それは分かるが…」

『刑部さんの膝、きっと寝やすいなと思って』

「………………」




椅子に座るわれの膝へ、おもむろに頭を乗せてきた

されるがままのわれに対し、具合の良い位置を探る頭。いや、待て、待ちやれ




「何がどうしてこうなった、酔っ払い」

『んんー…あんまり酔ってないですよ。せっかく刑部さんと話せたから、ついでに』

「何がついでだ、酔っておろう。部屋で茶人が待っておる、行け」

『この膝の高さが良い気がします』

「………………」

『…諦めました?』

「半分な…ぬしと話していると、考えるわれが馬鹿らしくなってくる」

『あは…よく…言われます…』

「………………」

『考えても嫌になるだけだから…私、もう、考えるの…やめましたし…』

「…ぬしは器用なのか、不器用なのか分からぬな」

『………………』




やれ、困った、コマッタ

寝落ちた女がわれの膝で寝息をたてる。酒のニオイはもう遠い…夜更けだ

もしも三成に見つかったならばどうなる?われも敵視するか?それとも…




「…いや、やめよう」





考えるだけで馬鹿らしくなる。この女を前にすればな

しかし、今の…




「はて、われは…」

『……………』

「……………」





何故、甘んじて目を閉じた





20160430.


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