この世界での存在感



「おいゆの、外行くぞ外。見てみろ散歩日和だぜ」

『んんー…今日は私、家でゴロゴロしたい日なんだけどなサビ助先生』

「昨日も一昨日もゴロゴロしてただろ。ワビ助の入れた茶持って花見でもどうだ?」

『あ、揺らぐ…利休先生のお茶とか心揺らぐけど…私の休日が…ゴロゴロが…』







「大谷の旦那、利休大先生がゆのにめちゃくちゃ懐いてるんだけど何があったの?」

「いやなに警戒していた狂犬が、何故だかあの女に心許し散歩をねだっているだけよ」

「…じゃあ竹中の旦那、利休大先生イメチェンしてない?あんなオラオラ系じゃなかったでしょ」

「はぁ…サビ助君め。佐助君が来た時はワビ助君に変わると約束したのに…」

「いやワビとかサビとか知らないから。あと石田の旦那、利休大先生がゆのにベタベタ触ってんだけど」

「利休ぅうぅうっ!!!ゆのから離れろこの駄犬がっ!!」

「はっ!!合意の上だって言ってんだろ負け犬っ!!」

『合意違う』





…あの日を境に、何故か利休先生に懐かれてしまった


特にこれまで表に出たがらなかったサビ助先生が、暇さえあれば私に構って攻撃を仕掛けてくる

大型犬の散歩アピールはとにかくしつこい。それに石田君や佐助も混ざってくるから大変だ




「ゆの、あの二人なんて相手にしなくていいよ。躾は竹中の旦那に任せとけばいいから」

「僕に任せられても困るんだが…まぁ、ある程度は仕方ないか」

『でも、拾ったからには私も散歩の面倒ぐらい見なきゃ…』

「本物の犬じゃないんだから。ゆののゴロゴロタイムを犠牲にする程じゃないだろ?」

『……でも、』

「ほう…いつになく猿に抵抗するではないか。何か理由でもあるのか?」

『…刑部さん、お手を拝借』

「ん?」





むにっ




「ヒッ…」

「おや、」

「なっ…!」

『最近、太ってきた気がするんです』

「っ、ぎょ、刑部に何をさせているっ!?手を離せっ!!」




隣でふよふよ浮いていた刑部さんの手を拝借し、自分のお腹に押し付けた

どうですかこの感触。実は最近気にしていたんだ、お腹や二の腕のお肉とか




「………………」

「大丈夫かい大谷君?ゆの君、そういうのは感心しないよ。君は一応…」

「おー…確かにぶよぶよしてんな。抱き枕にはちょうど良いけど」

『サビ助先生ってデブ専?でもお腹まわりに余分なお肉は必要ないかな』

「サビ助君、君も率先して触らないでくれ。仮にも相手は女性なんだから」




手を宙に浮かせたまま固まる刑部さん。それを後目に、サビ助先生は遠慮なく私のお腹を触ってくる

その手を払う半兵衛様だけど、ほんと、ここ最近は彼に心労をかけ過ぎてる気がする




「ぐっ…しかし、ゆのがそのようなことを気にしているとは思わなかったな」

『んんー、確かに今までは気にしてなかったんだけど…』

「体格なんてどうでもいいだろ?今さらだってば、ね?」

『でも最近は特に佐助のご飯美味しくて、つい食べ過ぎちゃうから』

「…あはー、なにそれ可愛いこと言ってくれるね、ゆの!」

「確信犯だね」

「確信犯よな」




いつの間にか隣にいた佐助が、私の二の腕を摘みながらニコニコ笑っている

それを見て確信犯だと断言した半兵衛様と刑部さん。私の私生活の大半を牛耳るのはこの佐助だ…え、確信犯?




「あ、心配しないでゆの。俺様、ゆのがどんなにぶよぶよでもお世話するからっ」

『いや、それは分かってるけど。なんでわざわざ太らせるの?』

「あれだろ、どうせ食うなら太らせてからの方がいいってやつ」

『サビ助先生が言うと意味深…』

「食わないよ。でも、ぷにぷになゆのを愛でられるのは俺様ぐらいだよねーっ」

「…相変わらずだな貴様は」

「当たり前だよ。アンタたちがいようといまいと、俺様とゆのは変わらない」

「……………」

「むしろ俺様が作った食事を食べて、この世界を占めるゆのの割合が増えるって実感できたよね!あはー、最高っ」

「…大谷君、幸村君は?」

「安心せよ、長曾我部たちと部屋で遊んでおる。しばらく出てこぬわ」

「…しかしゆの、貴様は痩せたいのだろう?」

『えーっと…うん、まぁ』




…散歩したら多少は運動になるかな、と思って

体を動かすこととは無縁でやる気のない私だけど、彼らの散歩…もとい元の時代に帰るお手伝いなら長く続く気がした




「ゆのは頑張らなくていいよ。絶対に続かないってば、ゆののことよく知ってる俺様が言うんだから間違いない」

『んんー…』

「猿、ゆのが動くと言っている。貴様が決めることではない」

「石田の旦那こそ関係ないだろ、むしろアンタなら少しは分かるんじゃない?ゆのの性質」

「……………」

『……………』




佐助の声と表情は自信満々だった。彼が断言する通り、私は飽きっぽい

絶対に続かない、そう言われるとそんな気しかしなくなってきた


そこに追い討ちをかける佐助の言葉が続く




「太ったところで、ゆのに不都合なんてある?」

『……ない、かな?』

「だろ?むしろ俺様は幸せいっぱい!ゆのも美味しいもの食べれて幸せ!」

『うん、そうだね』

「ほら何の問題もない!あ、今日はゆのの好きなハンバーグとエビフライいっぱい作るからねっ」

『うん、』

「うん!はい、この話は終わり!あとゆののお腹を触った大谷の旦那と利休大先生はちょっとツラ貸してね」

「これこそ合意の上だろ」

「我は被害者のはずだが…」

『……………』





…あ、やっぱり、私は変わらないんだ
























『……はぁ、』

「…ため息とは何様か。ぬしのお陰で我は猿の鳴き声を延々聞かされたわ」

『あ、刑部さん。今日はすみません、不快なものを触らせちゃって』

「自覚はあるか…三成にも睨まれた、今日はわれの厄日よ」

『じゃあ明日は吉日ですかね』

「…まこと呑気な」




夕飯後。共用スペースで一人飲んでいた私の前に刑部さんが現れた

あの後、佐助にグチグチ文句を言われたらしい刑部さん。寝る前に私に言い返しに来たようだ。甘んじて聞きましょう




『いや、なんか、分かってもらうにはアレかなって。百聞は一見にしかず』

「見ているゆえ触らずともよかろ…賢人ではないが感心せぬ」

『…不快なもの触らせちゃってすみません』

「二度も言うな。まぁぬしの頭では、繰り返さねば理解できぬであろう」

『………………』

「……何だ?」

『…刑部さんって、毛利さんぐらい辛辣だったんですね。ちゃんと話したの初めてかも』

「………………」




刑部さんと話す時は、必ず石田君か半兵衛様を交えてだったから。少し新鮮に感じる

そして今、私に投げかける言葉は毛利さんに似ている気がした




「ヒッ…すまぬが優しい言葉など選べぬ身の上ゆえ、勘弁してくれ」

『いえ、言われ慣れてるから大丈夫ですよ。会社でもよく言われたり言われなかったり』

「………………」

『あ、刑部さんも飲みます?』

「いや遠慮しよう。どこぞの茶人のように口説き落とされては困る」

『口説く…』

「ほれ、三成が来る前に部屋へ戻るがよい。その茶人にまた襲われるではないか」

『あ、はいすみません。じゃあおやすみなさい』

「………………」




…結局、大した文句も言わず刑部さんはふよふよ自室に戻っていった

彼は私に何を言いたかったんだろう、彼が消えた階段を眺めつつ自分のお腹を撫でてみた


…うん、ぷにぷに




『…これ、このまま増え続けるのかな』

「ああ、言い忘れていたが、」

『きゃっ!!?』

「っ−……!」

『え、うわ、ビックリした…刑部さん戻ってきたんですね。忘れ物ですか?』

「いや…今日の話。散歩ならば茶人ではなく三成を連れ出してやれ」

『はい?』

「あれも猿や茶人や帝を前に、いろいろと溜まっておるゆえ。たまには外出させるとよい、ではな」

『…おやすみなさい』





今度こそ部屋に戻った刑部さん。彼が言いたかったのは、どうやら石田君のことらしい

ストレスのケアしてあげろって。確かに利休先生の件は、彼にも迷惑かけちゃったし




『…うん、明日、忘れてなかったらちょっと考えてみよう』




せっかく刑部さんともまともな会話できたんだから。ここは言われた通りにしよう

そして…





『…できればさっきの、口止めしなきゃ』





刑部さんの再登場にビックリして、きゃっなんて私らしくない悲鳴をあげてしまった

今日の痩せたい願望とかも女々しくて…今までの私じゃ考えられない




『少なからず、男の人との共同生活を意識し始めてるのかな…』





それに気づいた佐助が軌道修正に動き始めた。そんな気がしている

そんな中、私は…私は…




『…駄目だ、考えるの疲れた』





きっと、今のところは変われないんだろう





20160410.


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